新しい力で切り拓き、古い価値観に阻まれる

 数日ほどで真の被害が明らかとなった。

 ……それも遠くは東ガリアの王都から、なんと伝書バトによって。

 すでに説明したように伝書バトは、ひじょうに高価かつ貴重だ。

 なにより敵地の首都へ、それも潜伏している人員の元へと運び、さらには秘匿の必要もある。

 育成、運搬、保持、運用と……もう全てが最難関だ。

 つまり、東ガリア王都から鳩が戻ったという時点で、すでに大事件といえる。


フィリップ東ガリア王が挙兵だと!? 解読間違いではないのか!?」

「……東ガリア王都へ派遣したのは、儂が最も信頼をおく者。彼奴であれば、そのような手抜かりをするはずがない」

 激昂するロッシ老を、ため息交じりにソヌア老人が切り捨てる。

 ……なるほど。誤報という希望は潰えたらしい。……もう駄目か?

「フィリップの立場であれば……動くのは今しかない。陛下の策が成就しておれば、情勢は悪くなる一方だったからな。

 しかし、だからこそ挙兵が叶わなかったのではないか?」

 いつものように青白い顔のフィクス侯アンバトゥスは首を捻るけれど――

「忌々しい噴火のせいに決っている! あれでフィリップの王宮は治まってしまったのだ!」

 憤懣やるかたの無いといった様子のスペリティオ侯ベリエが、顔を真っ赤にして断じる。



 実のところ人類は、古代の頃から既に「天変地異の時に戦争なんてとんでもない。控えるべき」な見識を閃いていた。

 西洋でも古代ギリシアの哲人――ヒポクラテスやプラトン、アリストテレスなどの大御所も著しているから、一般的といってもいいだろう。

 が、ほとんど全ての主張には、真逆なものが存在し得る。

 天変地異とは天や神々の怒りであり、その原因は天子や王――時の施政者に責任があるという考えだ。

 つまり、今回の場合、僕の施政が悪いとか、僕自身に王たる資質がないと解釈される。

 もちろん、その結論というか――最終的に求められるのは、北王国デュノーの解体を含む廃朝だ。


 ベリエ以外は遠回しな批判になってしまうと、直接的な言及は避けていたけれど……それほど奇妙には考えてないだろう。

 なにより人類が神秘を――神々という概念を想起してから約五万年、ずっと天変地異は神意と考えられ続けていた。

 現代人であれば火山噴火の原因を「マグマ活動がどうの」、「マントル対流がうんぬん」のと説明できるけれど、そうなって前世史ですら百年経ってないし……今生では、あと千年以上を要する。

 さすがに無知蒙昧と誹るのは、不公平だろう。


 でも!

 だからって、このタイミングとか!

 東ガリアは、仲間へ引き入れたフン族――アッチラに蚕食されかけていたのに、不利な開戦へも踏み切れないでいた。

 ……将来的には泣き付いてきたフィリップ東ガリア王を、逆にアッチラの土地アッチリアへ嗾けようと考えていたほどだ。

 なのにドゥリトル山の噴火が大義名分に!

 いましかないタイミングで、都合よく天変地異が背中を押してくれるとか――

 さすがに悪意の介在を疑わざるを得ない!

 戦争開始に一番重要な『味方の説得』をスキップした上、一般兵を奮い立たせる大義名分まで!?



「密使によればヴェル――東部の田舎に至るまで徴兵するらしい。

 間違いなくフィリップは本気だ。いまや権勢はガリア全土に及ばないといっても、この兵数は侮れない。フン族も協調するだろうしね」

 宰相たる父上の見立ては、残念なことに僕と同じだった。

 これだと南部に援軍を頼み、やっと五分か? ……問題なく動いてくれたとして。

 さらに決まり悪い顔でシスモンドが挙手したのを、仕方なしに目で許可する。正直、悪い予感しかしない。

「東の王様は、ガリア中部を奪いに来るでしょう。

 そうすりゃ俺ら北部と南部の連携を断てますし、元々の版図を、かなり復旧ともなります。

 でも、だからって阻止しなきゃいけない決まりもないですぜ?」

 ……専門家らしく時期の問題を取り沙汰してきた。

 確かに『何時』に『何処』で戦うかは、戦争の基本にして奥義だし――

 開戦するにしても仲間を説得からと、立場を逆にされちゃったようだ。

「受けて立つのであれば、我らも徴兵を開始せねばなりません。それも大規模なものを。

 わk――陛下、それほど日数的猶予は御座いませぬぞ?」

 もう一人の実務専門家――騎士ライダーウルスが念を押してくる。

 歴戦のウルスがいうのなら、そうなんだろうなぁ。シスモンドも困り顔で頷いているし。

 ……また大戦争か決断を迫られる羽目となった。




 王都は、やっと大通りの降灰を対処できたかどうかで、まだ路地裏などに火山灰が残っていた。

 この分だと復旧には一ヵ月やそこいら……いや細かなところまで考慮したら、一年は掛かるかもしれない。

 それでも街を行く人々の顔には、笑顔があった。

 前世史で未体験なのだけれど、これは景気の良い国に特有とされる雰囲気だろうか?

 ちょっとした天災の被害より、順調な経済こそが人々の心を上向きにする……らしい。

 踏まえると僕は、まあまあ良好な治世ができてる?


 しかし、北王リュカにあらせられては、承認欲求を満たしに御城下へ赴かれた訳ではなかった。

 例によって遠巻きな金鵞きんが兵に護衛され、御供に女官のエステル様を御連れしているけれど――

 まあ一行のリーダーというか真の主人は、御察しの通りエステルだ。

 不機嫌な義妹に御供を強請られたら命じられたら、王冠なんぞ役に立たない。唯々諾々と従うまでだ。

 ……義姉さんやエステルに尻へ敷かれている自覚あるし、それは一生変わらないと思うけど、何か?

 

「征かれるんでしょ、義兄さん?」

 暢気に御上りさんの気分で街を眺めていたら、突然にエステルが切り出してきた。

 反射的に否定しかけ、しかし、気付いてしまう。

 どうやら僕は、自分でも分からない内に心を決めていたらしい。

「戦えば負けることもある。今回は、相手も準備万端みたいだしね。

 でも、負けるのが嫌だからって、戦わなかったら……何の為に戦うのか見失ってしまう」

 自分へ言い聞かせるような口上を、黙ってエステルは聞いていた。

 ……何を考えているのか分からない。でも、向こうは御見通し。少しズルくないだろうか?

「義兄さん! 水飴よ!」

 そう唐突にエステルは露店を指さした。

 確かに水飴らしきものを売っているけれど、どうしちゃったんだ? 子供返りでも起こしたか!?

 が、とにかくエステルの顔が険悪となる前に走る。……『君子危うきに近寄らず』とは、先人の残してくれた偉大な英知だ。



「お前なぁ……ガリア広しといえど、僕を使い走らせるなんてステラぐらいだぞ?」

「クラウディア様と母さん、それに義姉さんもでしょ。……いまは御義姉さま方も?」

 悪いが僕と奥さん達の力関係には、口を挟まないでもらいたい。

 が、そんな憮然とした僕の様子など意にも介さないとばかりエステルは、はしたなくも水飴を食べ始める。

「行儀良くないぞ」

「いいでしょ、偶には。私、水飴には目が無いの。一番好き。一樽も捧げてくれたら、その人のところへ嫁いでも良いくらい」

 さすがに叱ろうかと思ったけれど、ご機嫌な笑顔を見たら……どうでもよくなってきた。

 それこそ偶には良いか。


「あの人が――ノワールが、どう動くのか聞きたいんでしょ?」

 自分から言いだしたくせに、すごく寂しげな表情だった。

 確かに聞きたい。この局面での王太子――西部の動向は、死命すら分かつ。

「……べつに聞きたくはないな」

「嘘ばっかり! 義兄さんは、いつもそう!」

 そ、それほどエステルに嘘は吐いてない……と思う。少なくとも悪質なのはない……はずだ?

 が、もの凄く深い溜息を吐かれたりで、かなり拙いようだった。

「きっとノワールは、義兄さんの邪魔をしない。でも、傍観で済まさずに、介入もしてくる。

 それはガリア王が――あの人の御父上が決して見逃せない仇で――

 義兄さんを一番の脅威と考えているから」

 なるほど。仇と強敵を一網打尽の好機であれば、当然に介入してくるだろう。でも、なぜ僕を強敵と?

「安心して、その理由も教えてあげるから」

 ……僕は義妹に何をやらせているのだろう? なんであろうと、これはエステルの幸せにつながらないような――

「馬鹿ね、義兄さん。私は、これが一番好きだから。いまさっき、そう教えてあげたでしょ?」

 そういうなりエステルは、手に持った水飴の木べらを振り回す。

 ……忘れない内に一樽の水飴を用意しておこう。

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