天災
霧雨のように灰が降っていた。
それらが薄明をも遮り、払暁を阻む。
降り積もっていく灰だけが例外で、他の全ては時が止まってしまったかのようだ。
……静かな終わり。これが僕の定めとでも?
それは違うとばかり
なんと
健気にも僕を守ろうと、周囲をグルグルと回りながら唸っている。そして最期には――
ドゥリトル山に向かって吠えた!
まるで子供の癇癪だ。火山に文句を言ったところで、何も変わりはしない。
それでも必死に自分を奮い立たせる
さらに落ち着いて中庭を見渡してみれば、武官も文官も下知待ちとばかり集まってきている。
……弟子のゲイルを連れたジュゼッペが、もの問いたげなのは、
まだ終わっていない。いや、ここから挽回せねば!
とにかく落ち着くよう
まだまだ修行が足りない、二代目守り犬殿は。……いや、それは僕もか。
「誰か山の様子は?」
「まだだぜ、リュカ様。先に知りたいのか?」
「うん。最初の一回以来、噴火の音は途絶えてるけど……マグマが――あー……――溶けた熱い岩が流れ出していたら拙いんだ。
その時には王城を捨てて全員で非難しないと――」
「溶けた熱い岩? よく分からないけれど危なそうだな……よし、俺が行ってくる。ジナダン、一人借りるぜ? ノシノル! ついてこい!」
そういうなりルーバンは勝手に決めてしまった。もの凄く危険な任務なのに!
「うん? そう心配するなって、兄弟! 自慢じゃないけど俺は、『盾の兄弟』でも一番に臆病なんだぜ? ちゃんと逃げ帰ってこれるさ」
「兄か私めか――どちらかは必ず任務を果たして戻りましょう」
「……
王城の普請をした
それに僕らを――暫定処置で叙任されたルーバンを同僚の
「へ、陛下! お、奥に御差配を頂きとうございます」
そう恐怖で顔を真っ青にしたダイ義姉さんが、声と身体を震わせながら進み出てきた。
すぐにでも安心させるべく近くへいってあげたかったけれど、心を鬼にして堪える。
「聞いての通り、いま城を放棄するかどうかを決めます。どちらにせよ一時的避難も考えなきゃだから、王妃達には出立の準備をするように。
誰かダイアナ女官長の手伝いを――」
「手隙なのは妾や妹御くらいであろう?」
心強いことにブリュンヒルダ姫が名乗り出てくれた。
べつに荒事が控えているという訳でもないけれど、この女丈夫がなら卒なく取り纏めてくれるだろう。
頼むとばかり頷き返し、義姉さんとエステルの三人が奥へ向かうのを見送る。
……奥さん達は、心細い思いをしているはずだ。
それでも彼女達の元へはいけない。ここに残って王国がバラバラになってしまわぬよう頑張らねばならなかった。
しかし、どうすると思いかけたところで――
「うちの野郎どもは、いつでも動けます、陛下」
「城下の
とシスモンド千人長と
なるほど。二人ともに軍を動かす準備をしてくれていたのか。
「まだ王都を捨てるかどうかの判断が出来ていません。王都を捨てる場合、民衆が惑って混乱せぬように――」
「了解しました。
――ジンクウ百人長! 十人長の何名かを、市街地へ走らせよ! 陛下の下知を待てと!」
「御座船の出港準備を進めさせております。……ちょっとした騒ぎはありましたが」
また悪い顔をしながらティグレは報告してくる。危なくなったら船で逃げろってこと!?
それに乗船の権利を巡って、やはり騒動も起きているらしい。
「大丈夫だよ、リュカ。いざとなったら俺と師匠で血路を――」
「あー、違う。違うよ、義兄さん。そっちの心配じゃない。というか――
――シスモンド! 港の混乱も治めるよう兵士の派遣を! ……落ち着いた性格で中年の経験豊富な隊長に!
――そもそも、これって王都を捨てなきゃ駄目なの? 誰か二回目の噴火音を聞いた人いる?」
「爺めも同じことを考えておりました。やはり怠け者な御山のことですし、もう煙の吹きだしに飽きてしまったのでは?」
同じように高齢な者ほど腑に落ちるのか、それぞれ頷いてもいる。
……ドゥリトル出身ではないソヌア老人やロッシ老は、この世の終わりかとばかりに白い顔だけど。
しかしながら火山なんてものは、人知の及ぶ存在ではない。計算したり、推測したりは、もはや烏滸がましいぐらいだ。
が、コロコロと性質を変えることもなかった。
そもそもドゥリトルの者が先祖代々に渡り「怠け者な山」と呼び習わすくらいで、あまり活発な山ではない。
というか火山が性格を変えるのには――活動状況が激変するのには、百年単位から千年単位の時間を要する。
今回が大噴火とかなら契機と見做せもしようけれど、どうやら言い伝えの範囲内に収まるようだし。
……もしかして百年に一度とかの不運に見舞われて?
確かに困る。
この降灰を遠因にした死者――餓死者の増加は避けきれない。今年の収穫は絶望的でもないけれど、もう期待は不可能だ。
しかし、硫化水素ナトリウムで土壌被害を抑える――どころかプラスへすら転化もできる。
火山灰というのは、酸性の中和さえできれば、肥料の一種と見做せるからだ。
また濃く空を舞う灰を透かし見てみれば、幸運なことに雨雲が確認できた。
風へ乗る前に一雨きてくれれば、思ったより被害範囲は広がらないかもしれない。……本日の貴重な幸運か?
それに流石の
つまり、火山に隣接した都市だの城だのは、それほどレアでもない。……万が一の噴火対策すら伝承される程度には。
また一夜にして噴火で潰える都市なども、実は片手で数えられるかどうか……だったはずだ。
なにより火山による恩恵――温泉や硫黄を利用している以上、そうそう文句ばかりも言えないというか――
いま中庭へ集まってくれた人達の顔を見てたら、凄く自信が沸いてきた。
仮に王都を捨てるような結果になろうと、きっと僕らは立て直せる。
そんな良い意味で開き直れそうだったのに――
噴火がもたらした真の被害に、思い違いを厳しく正されることとなった。
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