婚礼

 色々と落ち着いてきた今でも、結婚式当日の記憶は朧気だったりする。

 とにかく緊張してたし、最期までやらかしてしまった感を拭えなかった。

 それは傍で見ていた人達らにも伝わってしまったようで――

「あの北王ですら、結婚ともなれば緊張する」

 とネタにされ続けているとか。

 でも、よく考えてみて欲しい。五人と同時に共同の結婚式なんて、この時代ですら前代未聞といえる。

 念の為に断っておくと、五組の新郎新婦が、じゃない。一人の新郎と五人の新婦が、一度に婚姻だ。

 もう前世史も含めて、かなり稀なケースではなかろうか。

 しかし、かといって順番に結婚式を挙げ続けるというもの、それはそれで意味不明だろう。

 なにより何といって、奥さん達に待ってもらえば?


 ただローマ・ガリア様式なので、かなり助かってはいる。

 ……一神教アブラハムの宗教のような神前で宣誓だと、僕の横へ五人の花嫁が並ばねばならない!

 比べてローマ・ガリア様式は指輪の交換と祝宴だけで、比較的シンプルといえ楽な方だろう。

 ……それが王の婚礼でなければ。


 支配者階級の婚礼ともなれば、ただでさえ人が多くなるというのに、それが五倍だ。

 そんな大勢の参列者を収容できる広間なんてないから、必然的に野外――王宮の庭が会場となった。

 しかし、規模が大きくなれば警備や裏方の人員も雪だるま式に増えていくし――

 準備段階での大騒ぎが、さらなる参列希望者を呼び寄せ――

 そして増えたゲストに対応するべくスタッフの増員が不可避となり――

 さらに前評判が高まり、さらにさらにと希望者が押し掛け――

 参列客だけで、最終的に四桁を数えた。

 警備の名目で潜り込んだ騎士ライダーや軍関係者なんかもいたようだから……裏方まで数えたら余裕で五桁へ?

 そんな一万人をも超える好奇の目に曝されていたと知れば、ずっと僕が蛸のように赤くなっていたのにも、御容赦いただけると思う。


 え? それは奥さん達も条件が同じはず?

 そんなことはない。当日の僕は、御誕生日席よろしく独りだった。

 ……独り主席で曝されるか、その横へ五人の花嫁を並んで座らせるか選ぶのなら、僕は前者を選ぶ。それくらいの甲斐性は持ち合わせているつもりだ。

 なので奥さん達には、それぞれの離宮へ見立てた華やかな席を用意した。つまり、彼女達には好奇の目も五等分で済んだ……と思う。


 ただ、それで式の時間が長引いたのは、思わぬ誤算だった。

 古式のローマ・ガリア様式に則って花嫁は、輿に乗って入場となったのだけど――

 それが五回だ。

 まあ奥さん達はしょうがない。一生に一度のことだし、結婚式なんて花嫁が主役とも聞く。

 でも止せばいいのにダイ義姉さんやエステル、ブリュンヒルダ姫、ジョセフィーヌさん達は、求婚の使者まで派手な装いに!

 さすがに義兄さんとポンピオヌス君は、抗弁の権利がなかったし――

 ランボやジナダンは、立場からか堪えてくれたけれど――

 我が盾の兄弟たるルーバンは、不平タラタラだった。

 ……まあ面倒な役目を引き受けてくれた上に、あのように着せ替え人形扱いされれば、僕でも不満を覚えただろう。ルーバンの主張は妥当といえる。


 ちなみに求婚の使者とは、この奇妙な婚礼用にでっち上げられた役職だ。

 ローマ・ガリア様式だと婚礼に先駆け、花嫁の父親と結納金で折り合う必要があった。

 これは時代的に娘であろうと労働力であり、嫁に出してしまったら生産力低下を招くからか。

 家という観点だと、ひたすら分の悪いトレードといえて、自然発生的に保障が当たり前となったのだろう。

 しかし、時代的に当たり前の手順――求婚の儀式といえど、五人と同時はできない。交渉相手の父親達を王都まで招いていようともだ。

 ……というか父親たちの方こそ、順番だとか他家との差だとかが気になるようだったし。

 そこで王たる僕の代理人として、五人の公達に白羽の矢が立った。

 彼らは同日同刻、それぞれ奥さん達に割り当て予定な離宮一軒家へ赴き、僕に代わって求婚の意思を伝え、責任を持って結納も済ませてくれている。

 さらに式当日は、花嫁の露払いとして先導すら!

 ……ただ求婚の儀でも、婚礼でも、五人は義姉さん達が満足するまで着飾る羽目となった。

 どうやら観衆の評判は良かったそうだけど……その支払いツケは僕に圧し掛かってきている。

 全くを持って、酷い悪ふざけだ! 全部、義姉さん達が悪い!


 記憶は朧気という割に、細かいところまで覚えている?

 そんなことはない。なぜなら全ては、事前準備からの知識だ。さすがの僕でも、当日以外のことは記憶にある。

 また後日に問題が起きていないのなら、それは予定通りに物事の進んだ証拠……だと思う。

 とにかく当日はドキドキしすぎて頭が茹だり……もう思い出せるのは、疲れた身体を寝台へ投げ出したところからだし。

 婚礼の夜に独りで就寝なんて、理解に苦しむ?

 そりゃ奥さん達全員の寝所を訪問したからに他ならない。……御期待に添わず、清く正しい感じに。

 いや、文句を言う前に考えてもみて欲しい。

 婚礼の夜だというのに、夫が渡らなかった奥さん達の気持ちを!

 あるいは合理的に五人の所へ、一晩で通う方法を!

 ……真に夫婦となったのは翌日から一人ずつ順番にだったし、それを余人へ漏らす趣味もないので、この話はここまでとする。




「なんど拝見しても、大きくて立派と思いませんこと、陛下?」

 結納品の軍艦を前に、ネヴァン姫は御満悦だった。

 ただ、さすがに僕でも首を捻らざるを得ない。

 この船は北王国デュノーの正式採用軍艦の先行試作品――ようするにテスト艦だ。

 河川と海――ドゥリトル川とライン川の両方、そしてドーバーカレー海峡をも航行可能な公用船を模索するべく作られた。

 結果、河川用としては限界ギリギリな大きさなのに、海洋船としては中途半端な規格となっている。

 さらに名義がネヴァン姫となってはいても、その艦長は北王国デュノーで唯一人の海軍士官なランボだ。

 当面は発足したばかりの北王国デュノー海軍で使い倒す予定でもある。

 しかし、それでも自ら『光の船』と名付けたオーナーは満足の様だった。……女の子の――女性の感性は、いまだによく分からない。

「ネヴァン姫が満足してくれていて、なにより――」

「もう王妃レーヌ・コンソートですわ、陛下」

 ……拙い。ちょっと怒っている。

「あー……失言だったよ、ネヴァン王妃レーヌ

 返答に誠意のあるなしを窺うかのようだったし、王妃レーヌ呼びにも意見があるようだったけれど――

 さすがに場を考えてくれたのか、では呑み込んでくれた。……夜に御説教される流れか。

「うちらも王配コンソートを付けて呼ばれるべきやろか?」

 嗚呼! ポンドールにまで火が!

「でしたら王配な王の妻エプーズ・デュ・ロワ・コンソートと?」

 人の好いグリムさんは受け合うも、さすがに目を白黒させている。

「お、御姉さま方……その……私たち王の妻エプーズ・デュ・ロワには、そもそも継承権がありませんから……」

 やんわりとイフィ姫――いや、いまはイフィ夫人エプーズ・デュ・ロワか――が勘違いを正す。



 日本では馴染みのない表現だけど、ヨーロッパでは王族の称号に王配コンソートを付けることがあった。

 単に王妃レーヌだと女王の意味――自らが君主である女性の意味も兼ねてしまうので、君主の嫁という意味で継承権の無いコンソートをつけ、王配な王妃レーヌ・コンソートと呼称される。

 ……まあネヴァンのことだから、政治的な配慮もしているのだろう。婚姻時の約束で王妃よめへ継承権を与えるケースも散見されるし。



 しかし、奥さん達が仲良しなのを、どう受け取れば?

 おそらく彼女達は、僕を独占できないのなら全員で分かち合うしかないと考えたのだと思う。

 つまり、僕はハーレムを囲う専制者などではなく、彼女達に共有され従う立場?

 目に見えない緊張で日に日に胃が痛くなるし、ちょっとずつ彼女達の瞳が濁っていくような錯覚にも陥ってしまうけれど――

 その代わり新婚旅行の出立に、他の奥さん達が総出で見送りに来てくれたりもする。

 ……奥さん達が諍いあうより、ずっとマシ? ずっとずっとマシ?

「どうやら吾子には、結婚が向いていたようですね。一安心です」

 やはり桟橋にまで見送りに来てくださった母上が、頓狂な見立てをされた!? いや、でも……そうなの!?

 でも、おそらく僕以外の誰にも理解できないと思うけど、ありのままの感想をいえば――


 結婚も悪くなかった。もしかしたら良い結末を迎えるかもしれない。


 だったりするし!? なら、この胃の痛みは思い込みフラシーボの類!?

 奥さん達を幸せにするためにも、頑張ろうとか考えちゃってもいるし!?

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