ガリアで『若い男性の人生の埋葬』と呼ばれる宴

 なおも逡巡するバァフェル奥さんをタールムは、一喝するかのように吠え追い払ってしまう。

 そんな可哀そうな彼女を、やはり戸口で心配そうなエステルが呼び寄せる。

「いこう、バァフェル。今夜は女人禁制なんだって。にいさん達もいるし――

 ああ、ジュニアちびすけもだね」

 親父の介護は任されたとばかり、二代目守り犬ちびすけが胸を張る。その発育具合は、もう両親と遜色ない。

 息子の様子にタールムは鼻を鳴らすことで応え、しかし、よたよたと僕の膝へ顎を乗せに来る。

 一つしか残っていない目も不自由となってしまい、いまは周りのことを臭いや振動だけで判断しているからだろう。誰かに――僕達きょうだいに触れていないと落ち着かなくなったのは。

 そんなタールムへ、ただ感謝を込めて頭を撫で返す。



 狼は群れを作り、さらに一夫一妻制なことで有名だけど、当然に後継たる犬も変わらない。

 多頭飼いすれば自然と番や群れを作るし、まるで人間と同じような社会をも構築する。

 そして犬は群れの弱った個体を見捨てない。介護でもするかのように面倒を見る。

 なので足下の覚束無くなったタールムは、新しい群れ長と成りつつあるジュニア息子や、まだまだ元気なバァフェル奥さんに世話を焼かれていた。……はなはだ納得がいかない様子ではあったけれど。


 ちなみに人間も同じく群れを作り、一夫一妻制だったと、考古学で推理されている。

 というのも原始の人間は『獲物が疲労困憊するまで走って追い詰める狩猟』をしていたらしく、それには大人数が必要だ。

 これが理由で二足歩行が助長されたとか、全身が無毛かつ汗腺の発達など、進化論的な変化も推察されるのだけど――


 必然的に一夫一妻制が要求されるようになった。

 なぜなら原始的な追い込み狩猟は、獲物の確保地点が群れから遠く離れてしまう。

 つまり、現地で解体し、持ち帰らねばならないが――

 まともな道具なんか当然になくて、男の両手で運べる量が全てだ。

 しかし、そんな量でハーレムなんて養えるわけもなかった。かといって乱婚制が通るような楽園でもない。

 消去法で一夫一妻制が唯一の選択となる。


 ちなみに「男の両手は何のためにある?」の答えともいえた。

 男の手は「妻子へ食料を持ち帰るため」にある。何百万年も、それが最も重要な使い方だった。

 足の速い男子がモテるのは、原始の血が女子を騒がせるからだ。あの個体は追い込み狩猟が上手いだろうと。

 そして女性に手フェチが多いのも――

「この節くれだってゴツゴツした大きな手なら、さぞかし多くの獲物を持ち帰られるに違いない」

 と遺伝子へ訴えかけるからだろう。

 これの逆説的な証左でもないけれど、『足の速い女子』や『手が大きくて丈夫そうな女性』は、とくに持て囃されたりしない。

 それらは男のみが問われる資質だ。



 そんな誰とも分かち合えない雑談ゴリゴリの現代知識を思い出していたら、なぜか本犬タールムがもぞもぞと落ち着かない。

 どうしたのだろう? なにかが気に? エステルなら、すぐに――

「サムソン殿が風上に居ないからでありましょう」

 僕らの様子を見ていたのか、ポンピオヌス君が教えてくれた。……僕の独身最後の夜に相応しく、片手には酒杯で。

「あ、そうか! じゃあ俺は、席をそっちに」

 応じて義兄さんは、僕とでタールムを挟む風上へ移るも……その左手へ嵌めた鉄の指輪が目立つ。



 婚約の証として鉄の髪輪や指輪を送るのは、なんと古代ローマの頃に成立している。

 ただ、ここで鉄だから安価と考えるのは間違いだ。

 中世初期の今現在ですら、同じ重さの銀に匹敵する。より貴重だった古代ともなれば、もう黄金より高い。一財産だ。

 さらに結婚指輪、それも定位置が薬指なのは、紀元前五〇〇〇年前後からと推察される。

 ようするにローマ・ガリア様式としか言いようのない北王国デュノーでは、当たり前すぎる風習か。



「こ、これは! リュカがブリュンを嗾けたからだろ! それにポンピオヌス殿だって!」

「なっ! ポンピオヌスめとて、サムソン殿達を羨んだジョセフィーヌ様に強請られ、致し方なく!」

 顔を真っ赤にしあった義兄さんとポンピオヌス君は、珍しくも口論を始めかけ――

「なら、断れば良かったんじゃないか? 二人とも?」

 という呆れ顔なルーバンの指摘に黙った。

 ここで言い返さない当り、満更でもなかったのだろう。ただ――

「あ、明日からは! リュカだって同じなんだからな! 材質が違うだけで!」

 やられっぱなしは癪だとばかり、僕へと混ぜっ返してきた。「そうだ、そうだ」とポンピオヌス君まで尻馬に乗ってるし!

「金は鉄より重いんだよ! 二重の意味で! というか、思い出した!

 どうして一ダースも指輪を作っちゃうの、ジュゼッペ!」

 部屋の隅でフォコンの相伴をしていたジュゼッペは、突然の矛先に驚きの声を上げる。

「いや!? でも!? その……――

 後で足りなくなったら事かと思いやして」

「そんな!? それって奥さん増やす時用って意味!?」

 ……これはいけない。なぜか僕が暴論を言った感じに!? なんで!?

 もう一ダースで良かったと考えるべき!? 二十個だったら、愛しい感じになりかねないし!

「とにかく半分の六個は使わないから――いや、都合よくあるから、これは盾の兄弟で使って!」

 この天から降ってきたようなナイスアイデアに――

「おお、兄弟ブラザーリュカ! 心温まる御厚情なれど、しかし! 俺には渡す相手がおらぬのです、我が王よ!」

「いや、リュカ様? 金無垢の指輪なんぞ、たいした手間なく作れて――」

「違うって! そうじゃないの! いま考えるべきは、この余計な六個の活用方法でしょ!」

 そこでナルド――バックギャモンの祖先な双六ゲーム――に興じていたランボとジナダンも会話へ入ってきた。

「俺は親方シェフジュゼッペの配慮を支持する」

「私めも、同じ考えで」

 ……そりゃ二人の立場なら、僕のお嫁さんが増えるの歓迎かもだけど!

「また王様らしくない失敗したな。いつものように珍しい石でも用立てておけば、師匠が作る数を制限できたんだ」

 負けたら交代のルールなのかランボと席を代りながら、不良少年ゲイルが皮肉ってきた。

 もう青年で少年とは呼べないし……ジュゼッペのことも師匠呼び!? それに掛け金なのか、懐から貨幣も!?

 いつの間にかボーの年季が開け、そのまま徒弟として働いていたらしい。

 となると、あの一件から五年以上経過となるし……ジュゼッペと知り合ってからも十年の計算となる。

 そりゃ僕の身体だって大人になるはずだし、ジュゼッペの髪にも白いものが混じろうというものか。

「まあ、まあ……今宵はめでたき婚礼の前夜、細かいことは後日でも間に合いましょう?

 ――それにルーバン! 幼子が如く口を尖らせず、こちらで一杯やるといい」

 しかし、せっかくの先輩騎士ライダーの取り成しに、ルーバンは及び腰だった。

「ま、まだ自分は若輩過ぎて、そちらへ加わるは……」

 そりゃそうだろう。ルーバンが遠慮する気持ちは、僕にでも分かる。

 フォコンやジュゼッペが占める一角は、独身は独身でも、それを生涯貫く定めの猛者達ばかりだ。面構えが違う。



 明日は婚礼だというのに、独身男が集まって何をしているのかといえば――

 なんとバチェラー・パーティーだ。

 そんな訳あるかと御疑いになられるかもしれないが、実のところ起源は紀元前五世紀頃のスパルタだったりする。

 これは試練を控えた新郎をリラックスさせる為とか――

 互いに生活習慣は変われど、これからも友誼は続けると確かめ合うとか――

 裏の意味など無く友人を祝うとかいわれてるけれど――

 単純に新郎の逃亡阻止が起源の習慣では!?

 なぜなら僕に同情し共感を持つであろう既婚男性が排除されている! さらに僕の逃亡を幇助しそうな女性も!


 ……まあ、なんにせよ僕にとって、これが最初で最後の『若い男性の人生の埋葬バチェラー・パーティー』か。

 明日には、その参加資格を失ってしまうのだから。


 ――――


※ ポリコレ的に必要と思われる捕捉小ネタ

 対となる「女の両手は何のためにある?」の答え

 女の手は「子供を抱きかかえるため」にあります。何百万年も、それが最も重要な使い方でした。

 人類は全身無毛へ進化したので、子供が母親にしがみつけられなくなりました。

 そこで子供が落ちてしまわないよう、母親が子供を抱きかかえるように。


 あとジェンダー問題は無関係で、たんなる考古学的な観点です。

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