ガリアの女達
切り札は、ここ一番に備えて温存するべき。そんな風潮がある。
語弊を恐れずにいうのならば、おおきな勘違いだ。あくまでも理想論に過ぎず、もはや物語的とすらいえる。
なぜなら才能や運に恵まれてない場合、まず使うことを強く意識せねばならない。
避けるべきは、使わずじまいでの抱え死に。そう戒め、やっと凡人でも切り札を使いこなせる。
あるいは「序盤の五点リードと、終盤で四点差未満を逆転は同じ」と認識するべきか。
しかし、これで切り札――インチキ臭い
また使うのには、数年の再貯蓄が必要だろうか?
だが、それで構わなかった。
これで数年は誰も動けない。その間に
そう、エンドレス! これをエンドレスに続ける!
相手が降参するまで、僕は三竦み維持を止めない!
これが僕の詰ませ
が、そんな考えがあろうと、ライン南岸諸城は窮地で変わりなかった。
「事後承諾の形になって済まない、ウシュリバン」
「いえ、いえ! 臣などめに、そのような御心遣いは無用と! なにより火急の際でありましたし!」
ライン南岸の監督官なウシュリバンは、そう畏まってしまった。
臨時の軍議へ出席できなかったのを埋め合わすべく、場を設けたのだけど――
予想より当りが柔らかく? てっきり文句を山ほど言われると思っていたのに?
「もしや何か閃かれたか、監督官殿は? 親父殿からの報せは、あまり芳しく無かったのだが?」
同じく軍議へ出席し損ねた
「まさか。ただ陛下の策は、臣ごときでは想定外の――まさに王に相応しいものだった。さすがに色々と考えずにはおられぬよ」
「しかし、その……申し上げ難くはあるが……――
これでは荒れてしまわぬだろうか? ライン南岸が? それも酷く?」
それはライン沿岸の統治者として、妥当過ぎるほどな言い分だった。
大規模に傭兵を投入してしまうと、その地は酷く荒れる。すでに帝国が実証済みだ。
どのくらいな大問題かといえば――
解雇したら帰りがけの駄賃とばかり襲われかねない。
帰ってくれるのならマシな方で、女房子供を呼び寄せて住みつくことも。
最悪、敵方へ寝返る。
などを警戒せねばならなかった。
まあ南下を目論むゲルマン達と、部族単位で傭兵家業に精を出す者達とで、どこが違うといわれたら困ってしまうし――
「逆に考えるんだ、ヒルデブラント殿。これからライン南岸諸城は――
陛下の給金を懐へ入れた、働き盛りの、それも独り身な男で溢れかえる。
この好機を女達が見逃すはずがない。我らが思うより――
ガリアの女は強かだ」
さすがに僕とヒルデブラントは、唖然としてしまった。
確かに『平和な村々に荒くれどもを駐屯させる』でなく『人手不足の村々に婿候補を送り込む』と考えたら全く違うけれど――
少し飛躍し過ぎてやしないだろうか!?
でもウシュリバンが納得してくれたのなら、よしとするべき!? 現場の仕切り役なんだし!?
……このウシュリバンの言葉を僕は、真摯な忠告として受け取るべきだった。
すぐに身を以って思い知ることになるのだから。
珍しく義姉さんに呼び出され、王宮の裏手――まだ設営途中な庭園へ顔を出すことになった。
どうしてか予め人払いが為されていて、儀仗兵――
代わりとばかり
そして建てられ始めたばかりな東屋の一つへ向かうと、そこには――
華のように着飾ったシャーロットが待っていた。
……どうして女の子は突然、大人に? もう、どこへ出しても恥ずかしくない一人前の淑女だ。
しかし、僕を待ってシャーロットも着席し、それで義姉さんも何やら支度に取り掛かるも……一向に話は始まらない。
ただ義姉さんの煎れる珈琲の物音と香りが庭園を占めるばかりだった。
「アキテヌ家の奥方様にあられましては、御子様ともどもに御産の難に見舞われたとのことです」
不意に義姉さんが口を開くも、それは点けっぱなしにしていたテレビが、たまたまにニュースを流したかのようで――
もう会話というより、まるで備え付けの家具か何かが音を立てたかのようだった。
……なるほど。今日の自分は、いない人だと――黒子だとの主張か。
しかし、公人の訃報を、なぜ僕より先に義姉さんが? いや、そもそも公式の情報ルートに乗る類の話? つまり、入手は閨閥経由?
「直系の御世継がおられないアキテヌ家には、不都合すぎる凶事かと」
誰にいうともなく義姉さんは続ける。
それはそうだろう。ドゥリトル家で例えれば僕を出産の時に、母上ともども死亡だ。
時代的によくある話とはいえ、やりきれない出来事に――
「アキテヌ侯キャストー様が、後添えへ誰を迎え入れられるのか噂に」
……判らないでもない。僕らのような立場にあれば、それは仕方のない話か。
しかし、さすがに悪趣味だと目で咎めるも、知らん振りをされた。どうしてか
ようやく僕にも判った。ここまでは、まだ話の枕か。
さらに女官として義姉さんが黒子へ徹しているのだから、この場で話すべき相手はシャーロットだろう。
ただ当のシャーロット自身は、優し気に微笑むばかりで――
おそらく僕の言葉を待っている。でも、なにを?
政治家としては、アキテヌ侯キャストーの後妻に無関心でいられなかった。
なぜならガリア南部は、キャストーに治めて貰いたいからだ。……それこそ建国すら視野に入れて。
だからこそ戦力や資金の提供もしているし、ゴート族のタカ派――グンテルや大叔父上にも助力を要請している。
なのに敵対的勢力から後妻を娶られては、話がややこしくなるどころか、南部での計画が破綻まであった。
つまり、少なくとも協力的な勢力出身の女性が――
……そういうことか。
たしかに妙手ではある。
ドゥリトルの姫君であれば家格的に問題ないし、両家の同盟も堅くなろう。
そして大叔父上には人質の返還も同然で恩を売れるし……領主の岳父となれば、アキテヌ家での立場を強化できる。
キャストーを中心とした体制に配慮しつつ、それなりにドゥリトルの勢力も根付けるから……総合的に悪くない。
むしろゴート系の姫君が嫁いでしまう前に、こちらで埋めてしまうまで?
だが、それにはシャーロットへ嫁ぐよう命じなければならない。この話が僕の所へ来たということは……他ならぬ僕自身の口から。
きっと父上も母上も、僕に一任して下さったのだろう。……実際は選択の余地など無いとしても。
そして真正面から僕を見据えたシャーロットが、ようやくに口を開く。
「陛下が御望みなら、ドゥリトルの女として、何処へでも嫁ぎます」
ずっと結婚してあげるが口癖だった女の子が――
ただ一人、僕を天使ちゃんと砕けた呼び方をしていた女の子が――
僕の命なら、何処へでも嫁ぐと。僕を助け……そして困らせる為に。
……さすがに分からさせられた。
王に成りたいなどと望む者は、きっと狂っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます