出自に由来する魔球

 こんな時は、分業な選王侯に助けられたりする。ロッシ老やソヌア老人は、所用がなければ王都に詰めてくれてるからだ。

 寸暇も惜しい今、重要な軍議といえど各位の列席を待ってはいられない。この時間は命で購われている。

 が、なにかと理由をつけて王都に居浸りなスペリティオ侯ベリエは、さすがに疑問だ。

 国家運営に重きを置きたければ、領主家業は代を譲ってしまえばいいのに……どちらも管理下でなくては落ち着かないらしい。

 実に困った大人といえるけれど……終の棲家を王都に定めてしまったかのようなフィクス侯アンバトゥスだって、どっこいどっこいか。一向に地元へ返る様子がないし。

 対して父上は領主と宰相の二足の草鞋で、ドゥリトルと北王国デュノーを往復の日々だ。

 おそらくは今頃、ドゥリトル川を下って王都を目指しているところだろうけど――

 父上は、おズルい!

 いくら父親だからって、二日に一日はエリティエの様子を! 僕なんて週に一回も戻れないのに!

 そりゃ確かに僕だって六つになるまでは、城の外へ出して貰えなかった。まだエリティエを王都へ招く訳にはいかない。

 でも! 僕にだって愛弟との触れ合いの時間を! 可愛らしい赤ん坊からしか摂取できない栄養素があるのに!

 ……まてよ?

 前のように僕がドゥリトルへ居候は、どうだろ? ほんの数年程を?

 いまや王都は北王国デュノーで政治と軍事の中心へ育ちつつある。確かに大事な時期だけど、しかし――

 そんなのは可愛いエリティエを愛でられる権利と比べれば!

 いまなら建都監督を誰かに任せるだけで、エリティエを推せる権利が無料で――


「残念ながら、忌々しき事態といわねばならぬ、陛下」

 不機嫌そうに卓上の北方地図を睨むソヌア老人が、僕を素晴らしい着想から引き戻す。……ドゥリトルに遷都は、あとで考えるか。

 卓上の地図にはライン川を越えた北側に数か所ほど、ゲルマンの予想集結地点が記されていた。

 どの侵攻ルートだろうと矢面に立つ城は、堪えられそうにない。

「……そうでしょうか? しょ、小官が思いますに、幾つか対処法が無くもないですぜ? おそらく陛下は、戦力を温存したいでしょうから――

 少しの間だけゲルマンの奴らに、城を預けちまったらどうです? まだ護るより取り返す方が簡単なはずですぜ?」

 珍しく控えめな態度でシスモンドが反対意見を述べる。

 想定外の出世な上、軍議へ参加を求められたり、格付けの差はあれどとして選王侯へ意見せねばならなかったり――

 舌禍のシスモンドといえど、まるで借りてきた猫の如くだった。……それでも職務を果たそうとしただけ評価するべき?

「……儂は千人長殿ほど軍事に明るくはないが、それでも断言できるぞ?

 貴殿の方針は論外じゃ」

「惚けたか、ソヌア? お主ともあろうものが、新人イビリもあるまい?

 儂は千人長殿を支持する。まず相手に攻めさせてしまえば、どこへ兵を差し向けるべきか判るしの」

 ロッシ老が公正な感じで助かるけれど……実はソヌア老人が正しかったりする。



 それは出城戦略の欠点というか――前提的に違えられない約束だった。

 君主側は、どんな理由があろうと出城を見捨ててはならない。

 出城側は、なにがあろうと侵攻に抗い戦う。

 これが両者に守られてこそ、システムは成立する。この前提に無ければ出城戦術とはいえない。

 もちろん救援が間に合わないこともある。そんな場合は敵から城を取り返し、正当な後継者へ返してやらねばならない。

 そして出城側も損得計算に基づいての降伏――特に無血開城などは絶対のタブーとなる。

 基本、敵を退けるか、城を枕に討ち死がだ。

 なればこそ君主も、配下が死守している前提で動かねばならない。

 そしての積み重ねが、全ての出城をも守る。

 どの城であろうと手を出さば、北王国デュノーが相手であると。例え一時的に負けようと、必ず報復を果たすと。



「……なるほど。信義の問題か。それでは違えられぬな。

 信を喪えば、陛下の……あー……『ライン川防衛構想』か?も、瓦解しかねんぞ」

「それは困る! 我らは、ライン南岸はもちろんのこと、北部の開拓にも着手しているのだぞ!」

 簡単な説明に納得の様子で頷くアンバトゥスへ、ベリエは言葉を荒げる。……もう頼もしいくらい、蓄財に余念がない人だ。

 しかし、それは北王国デュノーが建国へ至った理由の一つでもある。けっして軽んじられることではない。

「つまり、救援を送るは決定事項よ。ライン南岸の諸城とて、そうそうは遅れをとるまいが――

 全くを以ってゲルマンの奴ばらは、忌々しい時期を見計らったものよ。

 これで我らは南部の情勢から手を引かざるを得んし、西部や東部の国境沿いでも譲歩せねばならぬ」

 そうソヌア老人は愚痴るけれど、むしろロッシ老やシスモンドは腑に落ちたらしい。



 戦術とも戦略とも見做せたが――

 これは将棋の『叩き』、チェスでいうところの『サクリファイス』な作戦に違いなかった。

 つまり、自分の駒を犠牲に相手へ対応を迫り、後の状況有利を狙う。

 ここでいう駒とはライン南岸へ嗾けられたゲルマンで、この侵攻も誰かが裏で糸を引いているに違いない。

 ゲルマニアで強い発言権を持ったであろうアッチラの仕業? あるいは大穴で王太子、対抗にガリア王か。

 誰だったにせよ戦力の捻出を強いられた北王国デュノーは、数手ほど後れをとらされる。大打撃だ。



「だが、王よ? これは逆に好機と見すべきだ。思うに我らだけが、向かい風を受けさせられておる。

 しかし、それが我らの本懐ではあるまい?

 いまは雌伏と心得、誰ぞ別の者を先頭へ立たせておけばよかろう」

 ベリエの意外な提案は、さすがに人物像を見直さざるを得なかった。

 ……これだけ聡明なところがあるのに、どうして目の前の損得勘定で判断しがちなのだろう、この人は?

「それも良策ではありますが――

 此度は兵を雇って当てましょう。さすれば他所から戦力を間引かずとも済みますし、各地での方針に変更も要らぬでしょう」

「ですが、リュカs――陛下! そのような財源は国庫に――」

 思わずといった感じに異議を唱えるセバストじいやを手で制す。

「リュカめの私財から大金貨十万枚を。そして同額を朱鷺しゅろ屋と――

 フン族の商人達から融資を受けます」

 さすがに全員が吃驚していた。

 それは現代の価値へ直すと三百億円にも相当したし、北王国デュノーが本気で一年ほど外征の予算にも匹敵する。

 もう現有戦力の五十パーセント近くを雇い増すといったにも等しい。

「あれらが――馬賊の輩が、そのような大金を貸すであろうか?」

「必ずや融通してくれることでしょう、このリュカめなら返せると思えるうちは」

 商人を味方にする最も簡単な方法は、借金してしまうことだ。

 それだけで親身となって貰える。……債権を売り飛ばされるまでは。

「用立てられたとしても、必要なだけ雇い入れられるであろうか?」

「まず問題ありませぬ。なにより帝国が傍観しますゆえ」

 ローマ市返還を目前に控えた帝国は、ガリアで何が起きようと干渉してこないはずだ。むしろ僕に助力して、世界情勢の安定すら?



 そう都合よく傭兵がいるのかと、疑問に思われるもしれない。

 だが、前世史だと三世紀から六世紀にかけての西ヨーロッパは、傭兵が多かった時代の一つだ。

 そして西ローマ帝国を舞台にローマの三派閥、ガリア人、ゴート人、ゲルマン人、フン族で群雄割拠な戦国時代バトルロイヤルをしていたのだけれど――

 ローマの軍団兵以外は、全員が傭兵と見做せた。

 部族などの集う理由を他に持っていても、兼業で営んでいたのは確実だし、一般的なイメージの傭兵軍団も組織されている。

 なんと各部族が統廃合を経てでなく、寄せ集めの傭兵団から王国化した例すらある程で、それも決して珍しくない。

 ……実は『戦士』から『騎士』へと時代の主人公が変わる前に、『傭兵』を挟んでいたとも?


 まあ、さすがに今生はガリア系の傭兵集団こそ少なかったけれど、それでも集めるのに困りはしないし――

 今回に限り、なんの問題もなくローマ系の傭兵をも呼び寄せられた。

 どころかカルロスやアスチュアに話を通せば、イベリア系やブリタニア系だって雇用可能だし――

 身元調査さえすればフン族系やゲルマン系すら雇える。


 ただ、個人的に思うところがなくもなかった。

 前世史でライン川沿いは、激戦区の一つだったはずだ。

 つまり、西ヨーロッパ中から傭兵が集まっていたはずで――

 どうしても歴史の復元力とかいうオカルトを疑ってしまう!

 本当に僕は、理性的な判断を下せている? 人知の及ばないナニカに影響されてやしない?

 もしかしたら前世史におけるローマ三派閥の立場を、僕やガリア王、王太子が代って?

 そして歴史の必然とばかり傭兵が集う状況へ――

 西ヨーロッパを、ありとあらゆる勢力の坩堝へと!?

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