想定内の出来事

 どうして女の子は、分ってくれないのだろう?

 いや僕とて心は決めている。

 ネヴァン姫とも、ポンドールとも、グリムさんとも――全員との責任を取る覚悟を。

 政治的な観点、経済的な事情、化学的な――現代科学チートの秘匿と……もう彼女達を手放すなんて考えられない。

 もし嫌だといわれようと、一生、傍にいて貰う。


 こんな結論を下す僕は、最悪のか。

 なにより一夫多妻宣言なんて、我がことながら正気の沙汰と思えない。きっと何時か報いを受けるし……女の子達に恨まれる日だって来る。

 そして許されることもないのだろうけど、しかし、それすら覚悟の上だ。全ての罪科は、僕が背負おう。


 でもね?

 だからといって人前でイチャイチャとか、それは話が違う!


 どうして女の子は、なの!?

 ある時点までは「噂とかされると恥ずかしいし」とかなんとか言う癖に――

 なぜか突然!? いつの日からか!? どうしてか恥じらいが無くなって!? もう露出癖めいてすら!?

 下手をするとを目撃されようと、この状態の女の子達はノーダメージじゃ!?

 でも、残念ながら――


 男の子的感性だと、まったく違う!


 というか、あの悪戯者なミミとヴィヴィが覗いてるかもしれないとか――

 いつ誰が部屋に入ってきても変じゃないとか――

 どういえば伝わるのか――

 そういう時は……誰にも邪魔されず自由で……なんというか……落ち着けてなきゃ……二人きりで……静かで……豊満なのを――


 さらに順番を間違えてるし、それを公表する羽目にでもなったら!?

 いや僕は、確かに全てが許される至高の身分だ。武家的にも順番より、その成果――子宝の方が評価されるだろう。

 でも! だからこそ! そういうのは、いけないと思います! 僕が彼女達の外聞や名誉を守らなかったら、それは誰が!?

 なので僕はヘタれじゃない! ヘタれだとしても、ヘタれという名の人格者だ!



 この前の出来事を、そんな風に思い出しながら、指示通り食卓へ並べられた貝料理を口へ運ぶ。

 なんという名前だったかな? すぐ忘れてしまうのだけど、これは貝紫の語源ともなった貝――シリアツブリガイに見た目が似ている……らしい。

 まあ特別に美味しくもないけれど、だからといって腹が立つほど不味くもなく……まあ、ようするに普通の食材か。

「……これは、また……風変りな海の幸で――

 北王国デュノーでは、よく獲れるのですか?」

 さりげなくフン族のラクタが探りを入れてきた。……上手く騙せるかな?

「確かに天上の美味とはいかぬでしょうが……北王国デュノーに富を齎せてくれますからね。その忠勤に応え、無駄とせず食べてやらねば」

 食べて供養なんていう日本人的感性が通じるか疑問だったけれど、それでも目論見通りに勘違いをさせられた。

 同じく食事へ招いたアスクム商人のダウウドは、さりげなく料理に添えられた貝殻を懐へ入れているし。

 この貝から紫の染料を入手と推理したのだろう。上手く引っ掛けられた……かな?

「陛下! こちらの皿の方が、美味しゅうございます! なんでもレディ・レトが腕に縒りを掛けられたとか!」

 絶妙のタイミングでネヴァン姫が、さらなる情報をと考えた二人の機先を封じる。

 ……さすがだ。もしかしたら話術は、母上より上手いんじゃなかろうか?

 やはり言質を取られるのは拙い。……二人と敵対はしてないからだ。

 つまり、勝手に勘違いして自爆なら、僕に道義的責任はない。だけど虚言を弄して誤誘導したら、それは禍根となり得る。

「なんだか落ち着かない様子だね? 二人を心配させてしまったかな?

 ――誰か! 褒美の布を、ここへ!」

 それで手筈通りに紫へ染め直された絹が、なんひきも運ばれてくる。……けっこうな財産だ。

 さすがの海千山千な二人も、欲望に歪む表情を隠しきれてない。

 まあ。それはそうだろう。

 いま北王に無垢の絹を献上すると、数こそ減るものの紫に染められて返して貰える。

 もう利に聡い商人が逃す訳がないビッグウェーブといえた。



 しかし、その交換レートは無垢の絹四疋に対し、紫に染めた絹二疋と……やはり紫へ染めた一疋だったりする。

 なぜに手の込んだ方法を、と胡乱に思われるかもしれない。

 だが絹にしろ、紫の染料にしろ――どちらも人工的に作れると知れ渡ったら、大騒ぎとなってしまう。

 そこで交換を偽装し、その出どころや総取引規模を分からなくした。

 これなら見慣れぬ絹――人絹が混じっても、どこかで作られたと勘違いしてくれるだろうし――

 紫に染める方法も、貝の種類が違うだけで似たような技術と誤魔化せる。


 ……これこそ現代科学チートとしては、人絹や合成染料が弱い証か。

 凄いのは間違いないのだけど、革新的過ぎて世界を変え過ぎてしまう。

 そして量産が容易かろうと、いざ換金となれば難し過ぎた。

 安売りしてしまったら意味が無くなるし、高額のままだと買い手に不自由してしまう。

 が、この方法なら資産力のある交易商人を――商業に力を入れてるフン族をも新北王国デュノーへ引き込める。

 つまり、フン族から現代の価値にして億単位な資金を引っ張りつつ、反アッチラ派とでもいうべき勢力を育てられた。

 なぜならフン族も、ガリアやゲルマンと同じく一枚岩ではない。

 どころか各集団で独立独歩の精神を持ち、その広い見識から考え方も多角的だ。

 ようするに故あれば――損得勘定を意識させれば、フン族は割れる。

 そしてアッチラにフン族の全てを統べられる前に、分断を図るのは当然の策だろう。

 武力だけが解決手段ではない。これこそ兵を動かす前の戦争だ。



 上手くいったと内心ほくそ笑む僕へ、共犯とばかりネヴァン姫も微笑む。

 おそらく彼女は、僕の目論見に――目の前で、なんらかの企みが進行中と気付いている。

 さすが僕と同じくを授けられただけのことはあった。

 本人も志望はしているようだけど、やはり支配者の配偶ついに相応しい才覚持ちだ。もしかしなくても僕より向いてる。

 ……むこう数年は、この可愛らしい顔に騙される者も多いだろうし。



 まあネヴァン姫を愛でるのは、いつでもできる……というか、の方へ意識を取られ過ぎは拙い。

 というのも、これで前世と合算して五十年ぐらい男の子をやっている。その勘が囁くのだけれど――

 僕は、そろそろヤバい。限界だ。そろそろ体裁を取り繕っとかなきゃに成り兼ねない!



 ……と、とりあえず! い、いまは! さきにラクタとダウウドだ!

 仕事が中途半端なままは良くないし、より多くの資金を集めるべく――

 気を取り直しかけたところで、いまや昇進し上級百人長となったジナダンが、見覚えのある人物を伴って駈け込んできた。

 ……名前は、たしか……ドニだったかな? 元金鵞きんが兵だけど、いまは北方――ライン南岸の住人なはずだ。

 となると――


 ライン近辺で有事? つまりはゲルマンの南征?

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