仮面武道会の後始末
もちろん部外者である僕は、参加していない。
それでも翌日に召集した私的な会談の場へ、誰一人として欠けることなく顔を見せているあたり、すべては予定通りだ。
……後世にも、この非公式な協議は伝わるのだろうか? だとしたら、どのような名称で?
当事者意識が希薄になっていくのを感じつつも、錚々たる参席者を見回してしまう。
まずゴートからは穏健派の代表かつ代弁者としてテオドリック。
同じく武闘派からはグンテルが。
そして期せずしてキャスティングボートを握ったギーゼル族の長ゴルタンも列席している。……落ち着かないらしく、なんというか挙動不審だけど。
そして帝国からは
さらに
その支持者が呼ばれてなくても、しれっと顔を見せるあたり……やはり
さらにガリアからは、西部の王太子の名代として
北部の代表は、もちろん発起人たる僕だ。
特筆すべきは暫定的な南部代表のアキテヌ侯キャストーに加え、ギョーム大叔父上も名を連ねていることか。
……それを強烈に推して捻じ込んだのは、僕自身だけれど。
そして呼ばなかったのにフン族のラクタは、勝手に押し掛けてきた。
行動力の権化というべきか、乱入はフン族の十八番というべきか。
ただ、会議や会談への無許可で乗り込みは、西洋人も特技としている。……むしろ日本人だけが奇妙に感じて?
この一ダース近い雑多な勢力を前に、もう知識からでなく視覚で理解させられた。
前世史でいう西ローマ帝国の崩壊は必然だろう。
これほどまでに互いで掛け離れた特徴をもつ勢力が、せーので
……もちろん、続く乱世もで。
「陛下は間違わられたのだ! これではゴートが三つに分裂しただけ! そして不満を蓄えただけだ!」
勇敢にもグンテルは、真っ向勝負を挑んできた。
武道会での顛末から敗者と見做されかねないというのに、勇気と責任感がある。
……そもそもがゴートの未来を憂う若者であり、そう無下に扱うものでもないか。
「確かに。この地へ留まる者、ローマ市の返還に伴い帝国へ恭順する者――
最期に御身ら、いまだ剣を収めようとせぬ者と、三つにゴートは分かれてしまいました」
それに東ゴートであろうと、ローマ版図であろうと――どこであろうとゴート人から不平不満は上がる。
もう問題の先送りどころか武闘派は先鋭化し、その支持基盤も弱まり、結果として暴発しかねない。……グンテルのコントロールからも外れて。
見方を変えれば僕は、わざわざ手間暇かけて爆発のタイミングを遅らせただけ。それでいて肝心の解体には失敗だ。
しかし、
あれと比べれば一定の成果と見做せるのだけど……地域の一指導者な立場では不可能か。
「ならば南部へ――ガリア南部へ攻め入ればよいではありませぬか」
僕の発言で場は静まり返る。……やや想定外だ。
「陛下! ――いやさ、盟友がリュカ殿! それは非道な振る舞いで――」
堪らずといった様子で非難するアキテヌ侯キャストーを、股肱の臣とでもいうべき
難しそうに――そして怖い顔で考えている。
「ここは落ち着いて考えるんだ、キャストー。
南部は諸侯が相争う酷い有様で、残念ながらガリア王の仲裁も望めない。
でも、そろそろ誰かが平定せねば民草は困るし……それが君でも、問題はないんだ。誰か
――嗚呼、なるほど。それで王の代官殿がいらっしゃられないのか」
ずっと僕の様子を窺っていた
「確かに南部の混乱は、誰かが治めねばならぬし……火の粉が及ばぬのであれば我が君も、大抵のことを看過されるであろう」
自ら南部を焼き払っておきながらと思わなくもないけれど、まあ賛成票と考えていいだろう。
ただ、何を考えたのか卓上へ広げられていた地図へ、線を描き加え始める。
……王太子の版図を主張――そこへ攻め入らねば容認といったところ?
なぜかニヤニヤ笑いのフォコンが許可を求めてきたので、鷹揚に肯いておく。ま、任せて大丈夫だよね!?
そしてフォコンも羽ペンをとって線を描き加え始める。
なんと
不満げなルーへ、フォコンは満面の笑みを返す。……性格悪いなぁ。
ただ僕は内心、愕然としていた。
目の前の地図へ南部と東部の境界線を付け加えると、
しかし、それはフランク王国黎明期の勢力図に酷似していた!
前世史だと西ローマ崩壊後に群雄割拠の後、フランク王国のカール大帝が統一するまでの約三百年間、いわば三国志ならぬ四国志というべき戦乱期を経ている。
今生でも東西南北に分れたけれど――それぞれがアウストラシア、アクィタニア、ブルグンディア、ネウストリアと対応しなくもないし!
歴史の復元力とやらが、どう足掻こうとも本道へ戻すべく? それとも地政学的な必然!?
黙っていたのが良くなかったのか、なぜか全員から畏怖の目で見られていた。……失敬じゃなかろうか。
おそらくは戦乱を引き起こさんとする覇王か何かに思えたのだろうけど――
実のところ、まったく違う。
一の犠牲と一〇の犠牲で、より少なく済む方を選んでいるに過ぎない。
つまり、ガリア全土で歴史的な大混乱を容認するか、それをコントロールして南部だけに止めるか。
もはや戦乱を避け得ぬのなら、簡単な二択に過ぎない。
……吐き気を催す邪悪と誹られようと、これで九の命を救えるのだから。
「友人が困っていると聞けば、助けるのが一角の男であろう?」
ずっと傍観者の立場を崩さなかったフン族のラクタが、ここにきて賛意を示す。
どれだけ発言力のある男か判らないが、これで味方のフン族も確保できた?
できることなら武装勢力としては関りたくなかったけれど、まあ背に腹は代えられないか。
あとは帝国の代理人達だが、さすがに言質をとらせはしないだろう。
しかし、彼らは反対さえせねば念願な『ローマ市返還』と『ゴートの弱体化』を果たせる。沈黙は容認と見做していい。
「ではガリアに平穏を齎しましょう」
そう御題目で締め、『天下三分の計』ならぬ『ガリア四分の計』は為された。
「素晴らしいですな!
これで陛下は古くからの盟約家を傀儡に南部を手中へ収め、その監視監督にも御一族を――ギョーム殿を据えられる。
しかも、それを為すにあたり国外からゴート人やフン族を招き入れて!
ですが、御存じに御座いましょうか? 南ガリアはフィリップ陛下の版図であると?
御身は筋違いの反逆をされた上、外患をも誘致しようとしておられる!」
夜になって呼びつけた王の代官――ソルミは、なかなかの人物だった。
この期に及んで面と向かって僕を非難できるなら、それなりに肝が据わっている。
「そう邪険な態度をとらなくても良いだろ?
まず命の保障をする。その為に呼んだつもりはないし、どちらかというと王へのメッセンジャーに――ここでの顛末を正しく伝えて欲しいぐらいなんだから」
「……逆賊共が陰謀を企んでいると?」
思わず笑ってしまった。意外と
「ずっと謎だったんだけど、どうして王に仕えてるの?」
「……これは異なことを。
我が主君は御不得手なことも数多く、北王陛下や王太子殿下ほど才に恵まれておらぬかもしれません。
しかし、だとしても帝国の侵攻を退けし、稀代の名君ですぞ?
我らこそ武官らの不平不満を、まったく理解できかねまする」
なるほど。ある意味で説得力に溢れている。
また本当にガリア王が『無能な働き者のラッキーマン』なんていうオカルトだったとしても、それは決して数値化されない。
もしかしたらと感じられるのは、実際に災厄を被ったり、近しかったりする人だけだ。
なので書類や伝聞から評価の文官であれば、オカルトに思い悩むことすらない訳か。
……それって無辜の人々ほど評価は高いということで、思っていたより厄介かもしれなかった。
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