マスキアテル・カンプフヴェットベルブ(一)

 エステルが教えてくれた部族会議ウォーダの勝利条件だけど、実は、もっと簡単な方法論があったりする。

 雑多な外野なんて無視し、当事者で最大派閥となればよかった。

 部族を一つに纏め上げてしまえば、なにかと口を挟んでくる資金提供者スポンサーだの義理がある相手コネクションなども無視してしまえる。

 なにより一つに纏まられたら多数派工作も何もなく、ただ部外者は受け入れる他がない。

 踏まえるとレヴ族のグンテルは、ごく妥当な選択をしていた。

 レヴ族とサリ族が大同を為せば、ゴートの最大派閥となるらしいし……その暁には泡沫勢力も押し並べて従う。諦めなくても試合終了だ。

 それを達成させる手段も婚姻であり、この時代にあっては平和的で文句のつけようもない。

 さらに都合悪くブリュンヒルダ姫自身が「自分より弱い男に嫁がない」と明言しちゃってる!

 それって裏を返さばブリュンヒルダ姫よりグンテルが強かったらエンゲージ成立だし!


 劣勢と焦る僕に義兄さんは――

「ブリュンはグンテルに負けやしないさ。一つ壁を乗り越えれたし」

 と請け合ってくれたけど、いつのまに姫を「ブリュン」と愛称呼びで!?

 ……じゃなかった。

 グンテルはいざとなったら『魔法で変装したジーフリート』に代打を頼んじゃうんだよ!?

 中世の「王侯貴族は決闘やプロポーズすら外注OK」な理屈を先取りして!

 おそらく剣士グンテルは、僕と大差ない。それが僕にでも判るレベルだ。

 義兄さんは僕より強い。それは明確に判る。でも、まだ推測可能な範疇だ。

 しかし、ティグレなんて、どれくらい強いのか想像もつかないし……本気の本気、その強さの底を見せたことがあるのかすら謎だ。

 そして憎たらしいことにジーフリートは、ティグレと同次元に思える。どうみても到達者の類だろう。

 ……むしろティグレを大英雄『竜殺しのジークフリート』に比肩と褒め称えるべき?


 話を戻せば――

 グンテルより、ちょっと強い程度のブリュンヒルダ姫では、逆立ちしてもジーフリートに勝てそうもない。

 つまり、腕比べが始まって――それもジーフリートが代打として立ったら、このゴート問題も解決されてしまう。

 いや、物語の『魔法で変装した』なんて不可能だから、尋常にグンテルとブリュンヒルダ姫が立ち会う?

 いま現時点の常識だと、決闘や腕比べに代理を立てるなんて認められないだろうし?

 ならば僕にも一縷の希望が……あるといいなぁ。



 とにかく「いま出来ることを」と政治工作に励むも、大した成果も得られぬまま夜を迎えてしまった。

 テオドリックと現皇帝の娘に婚姻を――ゴート穏健派を帝国の外戚とする下準備を進められたぐらいか。

 ……彼が――というか未来のゴート王国が親帝国の気風で、皇帝との姻戚関係を歓迎と知っていた転生者ぼくならではの策略だ。

 これなら現皇帝派へ利益を提示でき、帝国の三派閥に助勢か傍観を迫れる。……ゴートの穏健派は、ローマ市返還にも同意するだろうし。

 そして騎士ライダールーは――王太子は「材料を示せ」と求めてきたけど――

 北王国、王太子、帝国の三派閥、ゴート穏健派と多数派での協力が成れば、十二分な根拠となる。

 また他のゴート派閥も状況を理解するはずで、ほどなくテオドリックら穏健派が実権を握るはずだ。

 ……あと数日ほど余裕があれば。

 いや! まだ今夜の神事でレヴ族とサリ族が大同しない可能性も残っている!

 ……例えば大雨が降って、神事が中止になるとかで。

 だけど僕の必死な祈りも空しく、憎たらしい程に星空は冴え渡っていた。

 この分だと明日も晴れか。……今夜は、もちろんのことで。



 天幕街の中央広場を囲み神事は始まった。

 ドル教の神官が呪い――どうやら聖別の儀式らしい――をしてから、居並ぶ観衆へ説明をしている。

 ……当然にゲルマン古ドイツ語で、僕にはサッパリだ。

 が、小声で騎士ライダーヒルデブラントが通訳を買って出てくれた。

「ウォーダに御加護を賜り――いえ、これから正しき道を御示し下さるよう、ゴートで一番の強者が剣の舞いを奉納せよ、と神官は申しております。

 ……ゴートの慣例なのでしょうか? 各氏族は代表者を立てるようにと」

 なるほど。代表者で腕比べか何かをし、ゴートで一番の勇者を選出――とかだろう、きっと。

 全員が固唾を呑んで見守る中、堂々とブリュンヒルダ姫が進み出てきた。……なぜか仮面を被っている。

「姫君は権利を主張しておられています。自分は氏族で唯一人の跡取りであり、いまだ負け知らずの戦士でもあると」

「これは既定路線だった……のかな? 姫が代表者なのは。でも、なぜ仮面を?」

 首を捻る僕へ、案内役として付けられっぱなしのテオドリックが解説してくれた。

「グンテルが根回しをしたようで、邪魔をする無謀な者はおらぬかと。あの仮面はサリ族が祖霊の仮面です」

「……嗚呼! 神事の仮面か!」



 古来より仮面は色々な理由で使われてきたけれど、そもそもは呪術的な意味合いが強い。

 つまり、「神々の仮面を被ることで、荒ぶる神の力を借りる」だとか「祖霊の仮面を被ることで、一時的に現世へ舞い戻らせる」などのだ。

 そしてサリ族の仮面を被るブリュンヒルダ姫は、氏族の代表であり……この場では儀礼的にも、さらには権威的にも祖霊自身といえる。

 だけど、拙い! これだと魔法が――



 危惧する暇すら与えられず、おそらくはレヴ族が祖霊の仮面を被ったが広場へ進み出ていく!

「……自分を差し置いて最強を名乗るは烏滸がましいと……レヴ族の祖霊は異議を申し立てています」

 ヒルデブラントの通訳を聞いて、思わずテオドリックに不平をぶつけてしまった。

「あ、あんなの通るの!?」

「そ、祖霊の仮面を被っている以上、例え女性にょしょうであろうと、その者は祖霊と……」

 いや確かに仮面とは、その素性を上書きする為の呪具だけど! 

 だからって魔法でグンルに変装するシグルズジークフリートの逸話を、目の前で披露されるとは!?

 このままだとジーフリートの代打は認められて!?

 か、完敗だ……いまから介入の手段なんて……――



「サムソン? お主は、異議を申し立てぬのか?」

「ま、師匠マスター! 俺は……リュカの騎士ライダーで……それに……ブリュンが諦めない内に、手助けも……」

 こんなにも悔しそうな義兄さんは、初めて見たかもしれない。

 でも、確かに下手な手助けは「お前では勝てない」と告げるも同然で、おいそれとできそうにない。それではブリュンヒルダ姫を侮辱してしまう。

 しかし、そんな歯噛みして堪える義兄さんをティグレは叱った。

「お主は頭が固くていかん。何度も指摘したはずだぞ? もっと柔らかく考える様に、と。

 が、まあ此度は順番の問題もある。お主は控えておれ。

 ――テオドリック殿、御身が氏族の仮面を。先の御話を引き受けよう。

 ――騎士ライダーヒルデブラント! ちと通訳を頼む」

 そしてテオドリックから仮面を受け取り、ニヤリと嗤ってティグレは――

 自ら広場へと進み出る!

「我こそはガリア随一の武士もののふ! ここにおわすリュカ王が一の剣! 最強を名乗るは、俺を倒してからにして貰おうか!」

 だがヒルデブラントがゲルマン古ドイツ語へ訳するより先に、観衆は騒めきだす。

 ……そういえばティグレの武勇は、ゲルマン系にも鳴り響いているのだった。


 誰かが足踏みを鳴らした。強く。

 それへ「俺もだ」と別の誰かが応じ……――

 「然り、然り」と、さらに呼応され……――

 神事を司る神官が裁定を下すより先に、地鳴りのような大合唱となった。

 嗚呼、ティグレの挑戦は認められて!

 おそらくジーフリートは最強を名乗るに相応しき戦士なのだろう。

 しかし、ティグレとて負け知らずだし、それはゲルマンやゴートも身を以って分からさせられている。

 そして両雄譲らぬとあれば、もう決着をつけるしかない。

 さらに止めようもなかった。本人達はもちろん、誰もが真の強者を知りたがっている。……僕ですら血が滾ってしまうほどだし!

 でも、いくらティグレが強いといっても――


 竜殺しの大英雄にして歴史の特異点であろうジークフリートを?

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