前途多難の様相
「この辺りに我が花嫁殿がおわすと聞いてきたのだが――
見かけなかったか、テオドリック?」
「……そうと決まった訳でもあるまい。なによりブリュンヒルダ姫は、いまだ翻心しておらぬだろう」
その話題は二人の貴公子の間で、長らく取り沙汰されてる……のかな?
「だが、我らの婚姻を言祝いではくれるのだろう?
レヴ族とサリ族が一体となれば、ゴートに新たな時代が訪れようぞ!」
恐れていた通りグンテルは、ブリュンヒルダに関心があるようだけど、色恋沙汰ではなく政略の観点かららしい。
「ブリュンヒルダ姫も、念願を満たすであろうよ」
さらにジーフリートも、任せろとばかりに請けあう。……マジか。
「考え直せ、グンテル! 我らが選ぶべきは、この豊かな北部に根差す生き方であって……剣にて斬り拓く覇道ではない!
民草を見てみろ! 野盗に成り下がらねばならぬ程、困窮しておるのだそ!」
「だからこそだ、テオドリック! だからこそ我らが先陣となりて、剣をとらねばならぬ!」
どちらが正しいともいえない、難しい問題といえた。
手中へ収めたイタリア北部を中心に守るか、それとも世界が相手になろうと打って出るか。
ちなみに前世史のゴート人は、短くとも時代を勝ち得ている。決して不可能な話ではない。
もちろん、僕としてはテオドリックの方がマシだ。ゴート人とフン族、ガリア王の大連合軍なんて興されたら――
前世史で起きた西ローマ滅亡後の大混乱を追体験となる。
とにかくグンテル達一行を追い払って、渋々に事情を確認しておく。
「あー……ブリュンヒルダ姫は……うー……変わり者なの?」
「その……申し上げ難いことながら……彼の姫君は……――
自分より弱い殿方には従わない、嫁がないと明言を」
……そこは伝説通りなのか。察してはいたけれど、厄介な宣言を。
やはり伊達に女丈夫の
ちなみにブリュンヒルドの物語は何パターンかの試練――火を越えるとか、勇気を示せだとか、本人と直接対決など色々だ――があるけれど、全てグン
……透明になる魔法で手伝ったとか、グン
さらにいうとグン
……なんだろう? グン
ただ本人との武勇比べならば、大半の伝説よりは地に足が着いている。少なくとも虚構と現実の境界線に悩まないで済む。
おそらくグンテルに変装したジーフリートが、女戦士ブリュンヒルダを「分らせ」させるのだろう。
やはり事実ならぬ史実は、巷説より奇抜にならない。本当に助かる。
でも結局は、何度か脚色されて伝説へ!? 元を辿れば、一人の御転婆姫がいただけなのに!?
そして対応は舞台から取り除くしかなかったり? 伝説を成されたら不都合だからと、まだ罪を犯していない
だが、そう心を鬼にしたところで、彼の傍らに立つは英雄ジークフリートだ。
かの英雄は盟友の身に危険が迫れば、必ずや阻止すべく立ち塞がる。
……倒せるだろうか? 歴史の特異点ともいえる人物を?
「こ、この天幕を訪れるは、やや冒険が過ぎると思わんか、リュカ? いやさ北王陛下?」
ひきつった顔で大叔父上が問うは、王太子の天幕を前にしてだった。
「紆余曲折があったとしても、大叔父上が不義理を為したのは事実でございましょう? やはり、ここはギーゼル族や王太子に筋を通しておくべきかと」
諭す僕の表情から大叔父上も察した様だった。この上なく僕は本気と。
でも、まあ当たり前な話だろう。
このままではウォーダの多数派工作に負け、ガリア中にゴート人とフン族が溢れかえる。形振りなんて構っちゃいられなかった。
部族会議のキャスティングボードを握る為なら、仇敵との停戦なんぞ些事でしかない。
「それに不戦の誓いがあるといいますか――
神事を前に、流血は禁じられていましょう? たとえ不首尾に終わろうと、命まではとられますまい。
――聞いたよね、いまの説明? 特にフォコンと義兄さん!」
珍しく義兄さんは年相応に口を尖らせ、その師匠たるフォコンも詰まらなそうに肩を竦めてみせる。
僕らを前に王太子の兵士達は、開いた口が塞がらない様子だというのに、うちの人達ときたら――
絶対、ドゥリトルの教育プログラムには重大な瑕疵がある! 賭けてもいいくらいだ!
「そのように軒先で騒がれては、迷惑千万! 話があるというのなら、中へ入られよ!」
同じような感想を覚えたのか、天幕から呆れた様子の声を掛けられる。なんと
意外にというべきか当然にというべきか
……立場が上のはずなギーゼル族の長ゴルタンは、借りてきた猫の様だったし。
まあ僕らの方だって当事者のはずな大叔父上は、冷や汗をダラダラと流し固まっちゃってたりするが。
「俺は本来、このような御役目を命じられぬのだがな。御身らに
その誰に言うとでもないルーの言葉に、ルーバンが獰猛な笑顔を返す。
……あれは精一杯だろう。安い挑発に怒りそうなものだけど、我が盾の兄弟も成長している。
そして調略に長けた人材は、王太子陣営で貴重なようだから……いまもリゥパーは、僕を助けてくれてるのかもしれなかった。
「時が移る。腹を割って話そう、
用件を伝えながら、されげなく出された飲み物を脇へ退ける。
毒殺なんて狙ってこないと思うけど、腹痛ぐらいなら可能性がある。……僕なら
「てっきり俺は、親族の不始末に北王が頭を下げに来たのかと」
しかし、ルーの嫌味へは――
「抜かせ、
気概を見せて大叔父上が応じた。
いわれてみるとルーとランボの師弟関係は、大叔父上に対する人質とも見做せたし……そう考えると腑に落ちることも多い。
「……確かに。我らはドゥリトル一門を――その血に潜む狂気を量り損ねた」
気狂いの一族と誹られたのを怒るべきか、それとも鼻を明かしてやったと誇るべきか。
でも、土壇場で大叔父上が下した決断には、僕も吃驚した。あれは正気を疑わられても、仕方ないか?
……とりあえず不敵に笑って誤魔化しておく。これから、どうしよう?
「雲行きは怪しく、足元も心許なかろう。だが、我らで手を結み、なんとなる?」
さすが本性は武将なだけあって、現実的だった。
確かに負けそうなプレイヤーが組むだけで勝てるのなら、勝負事に苦労はない。なにか別に説得の材料が必要だ。
しかし、そうだとしても交渉の場で、こうも開けっ広げに
「なれば……それを示し、王太子殿に休戦と共闘を御約束して頂く」
もちろんブラフの類だけど、空手形で約束を取り付けたとも見做せる。この場は僕の勝ちといっても過言ではなかろう。
「嗚呼あァ!? どうやってルーを納得させればッ!?」
自分の天幕へ戻った僕は、頭を掻き毟る羽目になった。やはり、白紙の小切手での買い物は良くない。
「大声で、なにを騒いでいるの、義兄さん? お願いだから、王様らしくして?」
「ステラも義姉さんみたいな御説教を始めるのかよ! それで? ブリュンヒルダ姫は、とんな御方だった?」
だがエステルは、難しい顔で首を捻るばかりだった。
そんな護衛対象を心配したのか、珍しくブーデリカが僕らの会話に口を挟む。
「あの娘は、なかなかに見所がございました!」
どうやら女
「だけどブリュンヒルダ姫は、自分より弱い男に嫁がないとか――」
「そ、それはッ! お、乙女心の表れでッ!」
なるほど。姉弟子も同じ派閥だったのか。未だ浮いた話一つすら聞かない理由が分ってしまった。
しかし、疑う余地なく年下趣味の癖に、自分より強い男を希望なんて……少し業が深すぎやしないだろうか?
「でも、たしかに話していて気持ちの良い方よ。さっぱりした御気性だし」
そう答えながらエステルは、なぜか反物を身体に宛がっていた。そこそこ上物だ。
「どうしたんだ、それ? ブリュンヒルダ姫に頂いたのか?」
もしそうなら、なんらかの御返しが要る。それぐらいの高級品だ。
「違うわ、義兄さん。帰りがけにアスクム商人のダウウドと会ったから――
貢がせたのよ」
……鼻歌混じりだけど、冗談じゃないんだろうなぁ。可哀そうに妹弟子の従士ベロヌは、申し訳なさそうに縮こまってるし。
それに危うく忘れるところだったけど、こんなところで何をしているのかダウウドを問い詰めておかねばならない。
……どうせ何れかの陣営に与し、太平楽に冒険気分なんだろうし。
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