ゴート人のボードゲーム

 やっとガイウスが帰ったかと思えば、一息つく間もなくザール族のグノリクスが押し掛けてきた。

 ……ウォーダの最中は僕の身元保証人にあたるから、そう無下にもできない。

「さぞかし楽しいのでありましょうな、他所の国で巡らすはかりごとは!」

 ド直球な嫌味で、ぐうの音も出ない程やり込めたいのだろうけど……それは如何なものか。

 千年前はともかく、ここイタリア北部が帝国の版図というガイウスの主張は、客観的に見ても正しかった。

 そしてゴート人は帝国の庇を借りて母屋を乗っ取った訳だし、何食わぬ顔で被害者の振りは厚かまし過ぎる。

「ガリアに帝国、それとフン族ですか……いささか込み入っている御様子で」

「なにを他人事のように! ガリアとて王と王太子が争い、さらには御身が北王として立ったではないか! 他所の政争を持ち込むのは、帝国だけで沢山だというのに!」

 ……それぞれ大雑把に推しているゴート人の派閥があるのだろうか?

 だが王の代理人らしきソルミは、グノリクスに「フン族の犬」と誹られていた。

 もしかしたら王とフン族は親交を深めていて、さらに同じゴート人を――レヴ族とかいうのを?

 ……それにガイウスの見立てでは、現皇帝派ユリアヌスがガリア王へ干渉している。

 すでに代理戦争は始まっていて、もう大勢力が? そして僕やガイウスは孤軍奮闘を強いられて?

 ……拙い。どうみても敗勢だ。安全な今の内に逃げ出すまである。


「するとゴート人は、フン族と仲良くできるのですか?」

 それは安全圏からの、まだ様子見でしかない問い掛けだったというのに――

 グノリクスは僕を探るような長い沈黙の末、意外な答えを口にした。

「無理であろうな。あれらと我らは違い過ぎる。

 御身ら――ガリア人の方が我らと近しいほどじゃし……奴らと比べれば、まだ帝国と折り合いをつける方がマシじゃろう。

 おそらくフン族に――ガリア王に与すれば、ゴートはガリア王と共に滅ぶ」

 だが現状、もっとも勢力を持っていそうなのは、ガリア王と現皇帝派、フン族が共に推すゴート人の派閥じゃ?

「そこまでの脅威ですか、フン族は?」

「いや、そんなことはない。そんなことはないのじゃが――

 それなのに儂は、フン族が恐ろしいのだ。あの野蛮な馬賊共が。

 アルプスアルプを仰ぎ見た時のような……人の身には抗えぬ力を感じたのよ」

 言語化できなくとも老人は、フン族の潜在能力ポテンシャルを感じ取ったのだろう。

 ……世界制覇すらしかねない彼らの隠し持つ力を。



 そして深夜に、やっと寝床を確保したと思ったところで――

「このままだと負けるわよ、義兄さん」

 と寝酒ならぬ寝コーヒーを給仕中なエステルに忠告されてしまった。

 時間も遅いし惚けてしまおうかと思ったのだけれど、母上の薫陶を受けたと触れ込みな義妹の言い分は気になる。

「なんで判るのさ? ステラだって、僕と大差ないだろ、知ってることは?」

「単純な話じゃない! 卓上にはプレイヤーが七人。そのうち三人が結託しているのだから――」

「なるほど。そう考えればいいのか」

 七人とはガリア王、王太子、僕、皇帝派、門閥派、民衆派、フン族のことだろう。

「――もう一人篭絡されたら、詰み。もしくは義兄さんが、残る四人を纏め上げられなくても手詰まりよ」

 敗北条件、あるいは勝利条件の定義といったところか。

「そもそも、なぜゴート人は……あー……困っているんです?」

 寝台を椅子代わりにルーバンは首を捻る。

「帝国にとってゴート人は、自ら招いたとはいえ、無遠慮が過ぎる居候なんだよ。

 それでもガリアとの戦争に帝国の傭兵として、多くのゴート部族が加わったし、見かけ上は友好関係にあるともいえたけど――

 帝国が僕らとの戦争から抜けてゴート人は、経済的にも政治的にも困ってしまったんだろうな。

 一応、一部の参戦したゴート部族とガリア王国は、まだ戦争中の扱いだろうし――

 そろそろ帝国もゴート人にを要求するだろうしね、ローマ市占拠の」

 帝国にしてみればガリアに勝てても良し、劣勢になろうとゴートを磨り潰せると――どちらへ転んでも構わなかったのだろう。さすがの老獪さだ。

「まてよ? 帝国もローマ市の返還だけは――イタリア半島の奪還だけは譲らないよな?

 嗚呼! つまり、ゴートにも派閥が――イタリア北部と半島で意見は違うのか!」

「ですが……イタリア半島を根城とするゴート人も、困り果ててしまうのでは? 領地を帝国へ返してしまっては、根無し草になりまする」

 なにやら手紙――おそらく許嫁のジョセフィーヌ様にだろう。あとでせねば!――を書いていたポンピオヌス君が顔をあげた。

「かといってゴート人だけで帝国と戦争は厳しいのじゃないか?」

 どこかで見つけてきた鳥の足を振り回しながら、義兄さんが妥当な見解を口にする。もちろん鶏肉もで。

「帝国が本腰を入れたら危ういね。でも、味方にフン族がいて、さらには裏でガリアが――ガリア王が援助したら?」

「勝てないまでも、負けない程度には張り合えるんじゃ? ゴートの奴ら、けっこう強いそうですし?」

 義兄さんの鶏肉を横から毟りながらもルーバンは、賛意を示した。

「……そう考えるとフィリップ王も、意外とね。

 ようするに反帝国なゴート勢力を作り、ガリアとの緩衝国にするつもりなんじゃないかな?」

「じゃあ、王と共闘するの? 義兄さんは」

「いや、だからってフン族とは手を結びたくない。

 それに南部の協力者へ顔向けできなくなる。大きなゴート勢力を容認すれば、必ず南部にも侵攻するだろうし」

 でも王は、そこまで折り込み済み? ガリア南部を見捨ててまで?

 あるいは歴史の強制力とやらが、なんとしてでもゴート人の時代――ゴート人による地中海北岸支配を?

 ……違う。そんなのはオカルトに過ぎない。そんな言葉を持ち出すようでは、戦わずして負けを認めるも同然だ。

 しかし、現皇帝派は、どうしてガリア王の動きを容認しているのだろう?

 それとも絶対条件なはずの『ローマ市返還』を抜きに、自らの派閥を納得させられる?



 だが翌朝、夜通しで考えた色々は、すべて頭の中から飛び去ってしまった。

「倅のテオドリックですじゃ」

 こんなの朝飯前とばかりにグノリクスが長男を紹介してきたからだ。

 いや実際に朝食に呼ばれ、まだ食べ始める前だったけれども! そういう意味じゃなくて!?

「お、御目にかかれて……こ、光栄です」

「こちらこそ! リュカ王は、御冗談も嗜まられるのですね!」

 あからさまに奇妙な返答だったのに、さわやかな笑顔と共に卒なく応じてきた。

 年の頃は二十代前半といったところか? 幾つも前世史との違いがありそうだけど――


 なぜ若きテオドリック大王が、こんなところに!?


 たしか十歳にもならない内に東ローマへ人質に出され、ほとんどローマ人として育てられるはずなんだけど――

 まだゴートとローマの講和が済んでない弊害? それで歴史が歪んで?

 そう考えれば逆に有力ゴート族の子弟として、東ゴートに居て当然?

 誰かが彼について言及していた気もするから、いまさら驚くのは迂闊すぎる?


 それとも歴史の特異点と呼ぶに相応しき人物は、なにがあろうと生まれてくるのだろうか?

 しかし、それだと他のオカルトも正しい可能性が!?

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