ウォーダ
ジナダンの号令一下、
我が手勢ながら惚れぼれしてしまう。
この鍛え抜かれた動きは、精兵の証に他ならない。
そして統一された軍服や兵装は、
対照的に騎兵達は――
むしろ一人として同じではないのが逆に、その実力を表しているかのようだ。
……当然、髭に干し肉が絡まっていたり、服やマントにエールを溢した跡などない! 予め厳命しておいたのだから、そうに決まっている!
華々しい益荒男達に守られた
……着飾る為に
が、それでも天幕の街へ入るや否や、責任者らしき老人が道を塞ぐようにして誰何してきた。
「主神ウォーダの祭事へ赴きたるは、何者ぞ!」
とにかくティグレへ、否やと首を振る。揉め事を起こして欲しいわけじゃない。
そんな僕らの様子を危ぶんだのか、冷や汗を隠しつつも大叔父上が進み出てくれた。
「我が名はギヨーム。近隣にて戦士を率いしガリア人なれど、盟友ギーゼル族が長ゴルタンの要請に応じ馳せ参じた」
「これは御丁寧な御名乗り、ありがたく! 儂はザール族のグノリクスよ。
しかし、他にも御同行者がおられるようだが?」
「こちらはガリアのアキテヌを治めしキャストー殿と、その盟友
あちらは儂の主家筋にして、
皆様方共にウォーダの祭事へ、表敬とのこと。畏まりて、道を開けられよ」
……なるほど。さすが父上に留守を任されただけのことはある。
うちの
しかし、そんな楽勝ムードに待ったをかける者が。
「ギヨーム殿とゴルタン殿の盟約は、打ち破られたものと聞き及ぶが?」
声のした方を見てみれば、ゴートの偉そうな人を先頭に――
ガリア人だろうか?
絶対にゲルマン系ではなかったし、かといって帝国系でも、それらの混血でもない。
西洋人の肌色が強い感じで……ようするに
「――リュカ様、彼奴めはソルミと申しまして、
そしてフォコンの囁きで、その正体も判明した。
すると先頭の偉そうな人は、ガリア王の息が掛かったゴート人?
「レヴ族のハイル! お主の客人は、僭越であろう! これは我が責務ぞ!」
どうやら間違いなさそうだし、グノリクスが不興を覚えたあたり……ゴート人同士でも意見の食い違いが?
さらには
「ギーゼル族の意見は、ギーゼル族に訊くのが筋ではないか?」
と取り成す者まで現れる。
誰かと思ってみてみれば、なんと
同じように先頭へ偉そうなのを押し立ててるあたり、やはり王太子の息が掛かったゴート部族だったり?
拙い。完全に出遅れている! 僕だけ傀儡にすr――協力を求める部族がいない!
「ギ、ギーゼル族は、ギ、ギヨームに……も、申し開きを聞く用意がある!」
言わされてる感はあったけれど、彼がギーゼル族のゴルタンか?
おそらくは先の戦争で大叔父上と一緒に、ガリア王の領土へ――東部へ攻め込む手はずだった部族だろう。
「ゴルタン! ここはゴートの新しき土地! ガリアではない! 我らが主だ!
そしてハイル! お主が客人と呼ぶフン族の犬に言っておけ! ゴートは、お前らの指図は受けぬと!」
どうやら僕らは、ゴート人の間にガリア人の揉め事を持ち込んだと思われているようだった。……その見解は、間違ってもいないか?
しかし、このままだと僕らは門前払いを――
「……
まずは不戦の誓いを立てられよ。それなくば、ここを通す訳にはいきませぬ。神聖なるウォーダの祭事に血が流れては為りませぬゆえ。
さすれば我が客人として、貴殿らを迎え入れましょうぞ」
それは同国人への面当てにも思えたけれど、僕にすれば渡りに船といえる。
「ザール族のグノリクス殿。貴殿の御厚意に甘えましょうぞ。
そして我が母の名に懸けて不戦の誓いを」
上手いこと枷を掛けられた感はある。
しかし、そもそも武力行使などしたら全ゴートを敵に回すも同然で、最初から「ない」選択肢だろう。
だが、武力を使わず知力で、王や王太子の上手を取らねばならない?
そもそも何を目的でウォーダへ? 僕みたいにコネ目的の訳ないだろうし?
「ここはローマだ! ゴート人のものでも、ガリア人のものでもない!
一体全体、御身は何をしに参ったのだ、北王リュカ!」
そして指定された場所へ天幕を設営するや否や、意外な人物が押し掛けてきた。なんとローマ商人のガイウスだ。
……
ここまで政治的な催しに商機はないだろう。もしかしたら非公式な帝国の外交官なんじゃ?
「もちろんゴート人の――イタリアに留まったゴート人達の動向を探りに、です。
それはガイウス殿も――帝国も同じでありましょう?」
「情報が欲しいだけなら、あとで儂が教えてやらんでもない! この件からは、すぐに手を引かれよ!」
「……リュカめとて、これまでに友誼を育んだ方々と仲違いをしたくありませぬ。
そちらの御希望を伺えれば、その意に沿えなくも?」
当然にガイウスは、カマかけに引っかからなかった。
しかし、沈黙こそが答えで、帝国も何か政治的干渉を試みている証拠か。
「……帝国は協力者を手厚く遇する。それが現地人だろうと、乱入者だろうとだ」
やはりガイウスは友人でもありつつ、非公式な帝国の
でも、そういった個人の多面性とか、ローマ人以外に理解できるのだろうか? この単純な時代の西欧で?
また、このままでは埒が開きそうにない。少しだけ
「リュカめはローマ市に興味がありませぬ。
しかし、いまイタリア北部に帝国へ帰順されては困りまする。やっと終結した戦争が再開され兼ねませんから」
聞いてガリウスは、無表情になった。
真意を咀嚼しつつ、値踏みもしているのだろう。……僕が敵か味方か。
「実のところ、単純な三竦みでもないのだ。なにより、ここいらの地を喪った者達がいるからな。そして当然に、その者達は、それぞれの派閥に与している。
よって政略一辺倒ともゆかぬ」
三竦みとは皇帝派、門閥派、民衆派の政争か。
となると政略的に帝国は、いまイタリア再征服へ力を割きたくない? 中東帝国との戦争が思わしくないのだろうか?
「しかし、ローマ市の現状を看過はできぬと?」
「当然であろう? いまや帝都でなかろうと彼の地は、我らの精神的な故郷だ。
感情的にも、政治的にも、実利的にも……ありとあらゆる理由で、ローマ市が占領下にあるを認められぬ。それこそ派閥の垣根すら超えてな。
我らはゴートを擦り減らすのに、何十年もかけたのだぞ?」
それを石臼扱いされてた
ゴート人もゴート人で、ローマ人と喧嘩してみたり、連れ立ってガリアへ攻め込んでみたり……仲が良いんだか悪いんだか。
なんというかローマ人は複雑すぎるし、ゴート人もローマ化が進み過ぎてやしないだろうか?
「よろしければローマ市の奪還を、リュカめが手伝いましょうぞ?」
「貴殿の版図はガリア北部で――」
「我が身は『西海の主』でもありまする。接舷の叶う地であれば、どこであろうと版図も同然かと」
もちろん、嘘八百だ。
確かに再び連合国軍を興せば都市の一つや二つ、どこだろうと解放できる。
しかし、あれは諸条件の調整が難し過ぎて、いつの時代も主流と成り得なかった。……枚挙の暇がないだろう、参戦後に同盟国から手を引かれた例は。
ただ、それでもハッタリには十二分だった。
「……少なくともローマ市奪還の邪魔はせぬと受け取ってよいのだな?」
「家門の名に懸けて誓いましょうぞ」
おそらく御先祖様達は、僕が二枚舌を使っても御怒りになるまい。
「ただでさえ厄介な案件だというのに……――
そうだ! あのアスクム人! ダウウドとかいった商人は、御身の密偵か!?」
……ダウウドまで居るの!? あの
なんだろう……この味方ではない諜報網って、維持や管理だけで一苦労だ。
まだ本命たる敵方の事情すら分かってないのに! なぜ情報網の調整で手一杯に!?
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