和解

 大叔父上の居城は……公平かつ客観的に評価して、つまるところ小砦という他がなかった。

 規模は違えど運用も金鵞きんが城に近く、全住人を収容してしまえる。それほど非戦闘員がいなさそうなところも、そっくりだし。

 おそらくは近隣の村を一つ二つ勢力圏としていて、ポンピオヌス君の領地だったプチマレより細やかというか――

「どこぞの山賊が、近隣の村々を脅かす凡例」

 なんて言葉が脳裏へ浮かんだりもする。

 いままで幸運にも目にせず済んでいた、ある意味で忠実にリアリスティックな中世の姿か。


 そして平屋に階上なんて無いぞとばかりグランドフロア土間へ通され、まあ辛うじてアッパーテーブル上座だったけど――

 どうみても蛮族の宴です。本当にありがとうございました!?

 さらに倣いとなっていたのか、それとも歓迎の印なのか、まあ控えめに表現して酌婦のお姉さんが僕の給仕を買って出たところで――

 エステルに追い払われてしまう! な、なにをするだぁ!?

 よくよく考えたら僕は前世も通じ、いわゆる『夜の蝶』からの接待を受けたことが――

 ……はい。大人しく珈琲を飲みます。今日は禁酒の日ですね。理解しました。


「使者といっても……まさか御身自ら御越し下さるとは、思いもよらなんだぞ、リュカ――いやさ北王陛下」

「どうぞリュカと御呼びください、大叔父上。いまや互いに王冠を戴く身の上なのですから」

「残念ながら、それは間違いよ。なんせ儂は、まだ王冠を購っておらぬからな」

 気に入りの冗談なのか、大叔父上の配下から追従笑いが起きる。驚くべきことに、この状況下でも忠誠を勝ち得ているらしかった。

 ちなみに半分以上は元ドゥリトル所属で、眼下の広間は微妙な雰囲気だったりする。

 ……ようするに彼らは離反者――裏切者だ。僕ら一行に知り合いがいるからと、旧交を懐かしむともいかない。

「これで色々と含みがあるのです、大叔父上。期待していることもありますしね」

 いまこそ政略の好機だろう。おそらく来年は、誰かが軍を動かす。

「なんにせよ、リュカが――リュカ殿が望むままに。儂とて、これ以上に晩年を汚したくないからな」

 どうやら自虐ネタを十八番としたようだけれど、なんというか人が変わっていた。

 息子ランボの変化を連想させつつ、なぜか無邪気さをも感じさせる。親子なればこその相似であり、しかし、紛れもなく別の人間か。

「シャーロットがと。ランボは遠い異国な故か、まだ書状が届いておりませぬ」

 ……もちろん嘘だ。

 どうしてかランボとシャーロットの兄妹は、頑なに父親との関係修復を拒んでいる。

 あの二人なりな忠節の証かもしれないが、親族には仲良くしていて欲しいんだけどなぁ。

「……難しい年頃というやつであろう」

 そして大叔父上もランボへ手紙を出したりしているのに、寂しげに自嘲するばかりだ。

「リュカめに赦しは与えられませぬ。それは家長たる父上に御判断を仰がねば。

 しかし、もう分ってはおるのです、大叔父上も苦渋の末に決断されたと」

 王家の内乱に巻き込まれた大叔父上は、なんにせよ一族の存続を優先させている。

 野心が全くなかったはずないし、僕なら違う対応をしただろうけど……全否定せねばならぬほど酷い選択でもなかった。

 なぜなら王太子のクーデターが成功していた場合、大叔父上の行動は大金星といえる。……まあ、あくまでもドゥリトル一族として、だけど。


「そうですね……リュカめの名に措いて、この砦の者へ一ヵ月の猶予を。その期限内であれば、誰であろうと北王国デュノーおよびドゥリトル領への立ち入りを許しましょう。

 嗚呼! それと大叔父上に懸けられたイギリスブリタニアでの手配も、取り下げるよう頼んでおきましたよ」

 僕にすれば手土産程度の配慮だったのに、感極まってしまったのか大叔父上は立ち上がった。

 ……吃驚した護衛のノシノルとレネを、手で押し止めねばならなかったほどだ。

「リュカ殿! 御厚意に感謝する! この恩は、必ずや!」

 なんと頭まで下げるという大袈裟な反応で、やっと気付くことができた。

 大叔父上を筆頭に、砦の者達は全員が出奔者であるから、二度とドゥリトルへ――故郷へ戻れない身の上だ。

 それが期限を設けられようと叶うのであるから、僕の申し出は望外とすらいえる。

 ……こちらとしては、その一ヵ月で父上から恩赦を勝ち取って欲しかっただけなのだけど。


「いや、儂は構わぬのよ。そもそもが覚悟の上だ。

 しかし、あやつらは――ここまで付き従ってくれた者達は、ただ忠義を尽くしてくれただけなのだ。

 それへ報いるに戦士もののふとしての死に様しか用意できぬとあっては……」

 なるほど。下剋上も大変らしい。……失敗したら尚更で。

 そして剣の主が最後に賜えられるのは、相応しい死に場所か。それを信じて貰えたからこそ、いまだ大叔父上の下に騎士ライダーが居残っているのだろう。しかし――

「大叔父上! そのような弱腰では困りまする!

 いまやリュカめは北王国デュノーの王。

 至らぬことながら敵も多く、武運拙く敗れることもありましょう!

 いや、リュカめとて武人の端くれ、覚悟は決めてまする。

 しかし、一族の女子供が落ち延び先にすら事欠くは――

 大叔父上は、ドゥリトルと袂を分かつ御つもりか?」

「いや、しかし……このような砦を頼られても――」

「ならば版図を広げればよいではありませんか」

 もちろん、分っている。これは『パンがなければ御菓子を食べれば良いじゃない』級の暴言だ。

 しかし、再び遊軍としてガリア情勢へ参陣されたら困ってしまうし、ドゥリトル一族的に分家も悪い選択ではない。

「なにを考えている、リュカ殿――いやさ北王!」

「これでも平和を願っているのですよ、リュカめは。

 ところで『子羊の丸焼き』は、まだですか? いささか時間が掛かり過ぎでは?」

 この一言にアッパーテーブル上座の周辺だけでなく、広間に至るまでざわついた。

 当然に料理を強請った訳ではない。盟約を結ぼうと意思表示をしたからだ。

「そ、そのようなこと! 家長のレオンを差し置いては、不遜であろう!」

「もちろんです。ドゥリトルとして盟約を求めれば、父上に叱られましょう。

 ですが北王として盟約を求るのは、なにも差し障りはありませぬ」

「我らと――無頼の輩と盟約を結べば、北王国デュノーの沽券に係わろう!」

「ならば体面を保てる程度に、版図を広げて頂きたいのですが?」

 作法としてアッパーテーブル上座に席を用意され、やはり礼儀に則って黙っていたアキテヌ侯キャストーは目を輝かせ――

 その隣の騎士ライダーマティアスは顔を青ざめさせていた。

 ……失敗した。二人を巻き込む気はなかったのに。



「見事な御点前だったわ、義兄さん」

 宴も一段落な頃合いに、エステルが珈琲の御代わりを持ってきてくれた。

 しかし、その表情は……危険信号がともっている! 僕には分る! 僕は詳しいんだ!

「……御機嫌斜めだな、ステラ? 酔っ払いに絡まれでもしたか? どいつだ?」

「そんな人がいる訳ないでしょ、ここにはドゥリトルの人ばかりなのに!

 焼肉よ! 焼肉の臭い! 義兄さんが変なものを頼むから、髪に臭いが付いちゃったじゃない!」

 僕のせいだとばかりに顔を顰めてみせるけど、お年頃だなぁ。

「仕来りなんだから、仕方がないだろ。それに――

 ここだけの話、僕は子羊の丸焼きが苦手になりそうだよ」

「それくらい我慢なされたら、陛下? 私やソヌア老人おじいちゃんじゃ何か月も掛かりそうなことを、一晩で解決しちゃったんだから」

 なるほど。それで面白くなかったらしい。

「そう怒るなよ。これが君主外交の長所なんだから。

 やっぱり君主が出張れば、相手も手ぶらじゃ帰せない。でも、反対に……僕だって手ぶらじゃ駄目なんだぜ? それ相応の手土産が要る。

 荷物にスプレーシャンプーがあるから、それを使うといい。髪の臭いを落せる」

 僕の説明をエステルは難しい顔で吟味し始めちゃったけど……本当にびっくりだ。まさか義妹に外交の才があるなんて。

「……そんなものなの? ところでスプレーシャンプーって?」

「こう……霧吹きで髪へかけて……簡易に汚れを落としたり、臭いを取ったり。洗う程ではないけど、スッキリもするよ?」

 ようするに中濃度アルコールへ石鹸と香料を混ぜるだけだから、実は死ぬほど簡単に作れたりする。

 ……戦場で頭が痒くて気が狂いそうになってから思いだせたのは、内緒だ。

「そんな便利なものを隠しているなんて……本当に義兄さんは、、気が利かないんだから!」

 ……賭けてもいい。多分、もう僕のシャンプースプレーは戻ってこない!

 嗚呼! なんと義姉や義妹は猛なるか! かくも惜しみなく奪うとは!


 しかし、エステル女山賊は僕の荷物へ略奪に向かう寸前、振り返って問い掛けてきた。

「義兄さん、ウォーダって判る? たしかドル教の神様よね? でも、ここの人達はウォーダが開かけれる、開かれるって――

 正直、私には珍紛漢紛なんだけど?」

 ウォーダが! それは千載一遇の好機に他ならない! やっと風が向いてきたか!?

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