国境付近のありふれた出来事
その軍勢――というよりも集団は、近隣に住む農民のようだった。……あからさまに武器を誇示していたけれど。
しかし、武装といっても、その内訳は貧相という他がない。
基本的には棍棒か先を尖らせた木製の槍、あとは投石用の石ぐらいだ。金属の剣や槍などを持つ者は、数えられるほどしかない。
……それだっておそらくは、何処かの戦場から拾ってきた物だろうし。
「軍勢? そんなのは影も形もないじゃないか、ノシノル!」
「僕は集団と訂正したよ、兄s――
叱られて
兄さん!? 兄さんだって!? でも、誰が!?
改めてルーバンとノシノルを観察したら……――
凄く似ている! そう思って見比べてみれば、そっくりだ!
「……弟さん?」
「……下の弟です、陛下」
なるほど。ルーバン一族の出だったらしい、ノシノルは。
でも、「下の」と断りを入れるくらいだから、上の弟もいるとか?
ただ、これはこれで納得のいく話でもある。
ようするにノシノルは三男坊で、家督に縁のない子が軍役は定番中の定番といえた。なにも奇妙なことはない。
……副官候補とジナダンに重用されているのは、彼自身の才覚だろうし。
それに派閥を生むから一長一短ではありつつ、親類縁者の伝手を担保も一定のメリットがある。
なにより一門が保証人となるのも同然で……――
唐突にレネが――もう一人の副官候補が、
驚いてジナダンを振り返ると――
「誓って、依怙贔屓はしておりませぬ。あれらは自らの才覚で、いまの立場を勝ち得たのです」
全く動揺を感じさせない返事だった。いつかは問われると思っていたのだろう。
そしてレネ自身に才覚があり、またトリストンの血縁であれば、重用されるのも分からなくはない。
ノシノルだって、いまや
それこそ二人とも王の親衛隊に足る出自だろう。
ちなみに
報奨に領土でなく
どうやら特別に武勇や忠誠を認められた証と受け取られたらしい。茶器か勲章を導入しようと考えてたのに、思わぬ成り行きだ。
嗚呼、もっと早くに安い材料で勲章を作っておけばッ!
さすがに
その内に処理しようと放置するんじゃなかった。買い付けるポンドールにも叱られちゃうし、散々だ。
「えっと……後進の指導は、大変に結構! 感心したよ! ぶ、
「あ、ありがとうございます!? 陛――
これでルーバンが弟やレネの面倒を見ても、勘繰る者はいまい。
それはそれとして目の前の武装農民に話を――
迂闊にもリゥパーの姿を探してしまった。
……強面の交渉を頼むのは、いつもリゥパーにだったか。
いまになってシスモンドの忠告が身に沁みる。
あのへそ曲がりは、王の――指導者の寵愛を、武家が焦がれる呪いと嘯いた。
確かに、そう見做せなくもない。僕に信頼され、重用されれば……常に最前線だ。
半生を戦場で過ごす破目となってもおかしくないし、そこに斃れることもあろう。
だが、それを誉れと片付けてよいのだろうか、他ならぬ運命を決める立場なのに?
「とにかく今は交渉役を」と首を振って迷いを振り払ったら、ティグレと目が合ってしまった。
……駄目だ。あり得ない。絶対にノーだ。
こちらが侮られることだけはないと思うけど、向こうがカンカンに怒るのはあり得る。
もう火災を消すのに爆薬を使うようなもので、運を天に任せるも同然だろう。
だから、駄目だって! 絶対にティグレには――
「俺が交渉に行きますよ、陛下。あいつらはゴート人に違いありません。
そうベクルギ騎兵を束ねるヒルデブラントが人選問題を解決しつつ、相手の正体をも明らかにしてくれた。
ゴート人とはゲルマンの一派で、南を目指し右回りにアルプスを迂回した部族群を指す。
……一部、真っ直ぐにアルプスを越えた剛の者もいるらしいが。
とにかく前世史でいうところのドイツからロシア国境をなぞるように南東へ向かい、黒海北岸――ウクライナやルーマニアの辺りへ移住を果たす。
そこでゴート人は、ガリア人と同じように部族国家を――ゴート国を作った。
ローマにとっては隣人であり、緩衝国であり、労働力の提供者だったり、偶に軍事衝突したり……まあまあ仲良くできたという。
だが、そんな関係もフン族の侵攻によって潰える。
国を追われたゴート人は、西へ追いやられ――つまりはローマ版図へ逃げ込み、イタリア北部からガリア南部にかけて東ゴート王国を建国した。
……業務的な理由で東西に分裂したローマ帝国を、地理的にも分断した止めと見做すこともできる。
またゴート族の敗走だけを、狭義に民族大移動と呼ぶ人もいる。
しかし、ゲルマン人の南下だけでなく、東欧からゴート人の逃亡――二方向からの挟み撃ちが、民族大移動の真実だろう。
まあ今生ではフン族の侵攻も、まだゴート国――黒海沿岸辺りが襲われてる段階か?
すでにイタリア北部へ一部のゴート人は逃げ込んでいるようだけど、東ゴートの建国は為されておらず、逃げ込んできたゴート部族も宗主国的な感じにローマの顔色を窺っている……らしい。
おそらくローマが危機と認識するのは、フン族の侵攻が本格化した後だろう。……色々な意味で拙いかもしれない。
話を戻すとゴート人はゲルマン系で、ヒルデブラントと同じ
そして言葉さえ通じたら同じ人間なんだから――
などと思う間もなく、交渉していた男の首が宙に!
馬上のまま
そして僕を含め相手方が呆然としている間に、ゴート人たちの顔に矢が刺さっていく。……ビューティフォーと称えるべき?
何名かは石をヒルデブラント目掛けて投げるも、酷い見当ハズレだ。てんで
投石も馬鹿にしたものではないけれど、さすがに当たらなければどうということはない。
なにより弓と比べたら間合いが違う。違い過ぎる。
もう一方的という他がなく、生き残ったゴート人達は蜘蛛の子を散らすが如く逃げ出した。
「追わなくていい! こんなところで捕まえたって困るし!
――ヒルデブラント! 一体、どうしたっていうのさ!? 怪我はない?」
「どうやら食い詰めたゴートの農民な様で、南ガリアへは
この時代、専業の野盗や山賊は成立しない。それほど獲物がいないからだ。
しかし、そうだからこそ
「懲らしめるのなら、合図をするべきだったのだ。ほとんど逃がしてしまったではないか」
「聞き流せそうにない暴言を吐かれたものですから」
ヒルデブラントを窘めていたティグレとフォコンも、それなら仕方ないとばかりに頷く。
いや、でも違うよね!? そうじゃないよね!?
どうして家の人達は、こうも好戦的なの!? なにか教育カリキュラムに瑕疵があるとか!?
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