南部での道中
そしてシャーロットには、さめざめと泣かれてしまった。
当然に女の子達はカンカンになって怒ったし、あれから何日も経ったというのに――
「義兄さんは、ガサツすぎる。少し女性への態度を改めるべき」
とエステルから説教される程だ。
もの凄く悔しいけれど、しかし、言い返す言葉もなかった。
理由は分らないけど問題が生じている以上、エステルの指摘も間違ってはないのだろう。
が、言われっぱなしは癪なので、さりげなく馬足を早める。三十六計、逃げるに如かずだ。
不審そうに振り返る妹弟子の従士ベロヌには、微笑みかけておく。なんでもないよ、いつもの兄妹喧嘩さ。
……なぜ赤面? どうして女の子は、僕が笑いかけると恥じらうの!? 僕の笑顔はアレとでも!?
さらに弟子の様子に気付いた
「義兄さん! いま注意したばかりなのに!」
精神年齢が高いからかもしれないけれど……年下の女の子に叱られるのは、けっこう堪える。
でも、声を大にして言いたい! そんなに僕が悪いのか!?
「なあ、サム? 常々思っていたんだけど……リュカ様への忠言が足りなかったんじゃないか? 長兄役たる、お前のさ?」
「リュカみたいな特別を、俺なんかが導ける訳ないだろ!」
「さ、差し出がましいですが……サムソン殿は、御尽力されていたかと……」
だけどシャーロットが怒った理由を、いまいち理解できてなかったりもする。
ありのままに起きたことを話せば――
「大叔父上の――御父上の元へ身を寄せたかったら、そうしても良いんだよ?」
と話を切り出したら、それだけで泣かれた。どうやら地雷か何かを踏み抜いたみたいだけど、なぜに!?
現在、大叔父上のギヨームとは、フラットな関係へ戻りつつある。
さすがに謀反をなかったことにはできないけれど、色々な事情も判明した。赦せはしないけれど、憎み続けるには足りない。
さらに不義理の御返しとばかり内部情報のリークや、効果的なところで王太子の足を引っ張ろうともしてくれた。
このまま敵対的関係を続けるか、それとも過去の遺恨を水に流すかは、僕にフリーハンドを与えられたも同然だ。
よって事実上の人質な娘を返すのは、選択肢としてありだったし……シャーロットだって、まだ父親が恋しいだろう。
政治家としての損得勘定だけなく、親族としての配慮もあったのに――
「シャーロットはドゥリトルの女に御座います。此度は一族の益となる家へ嫁げと命じられるかと……――」
と、よく分からない感じに泣きだされては、お手上げだ。
優しいグリムさんは、悲しむシャーロットを慰めるよう抱き寄せていたけれど……凄く怒っていたし。
でも、そんな二人の様子を見て、やっと義姉さんの忠告も腑に落ちた。……いまさらながら。
義姉さんは――
「グリムは、リュカが望めば何でも受け入れてくれるから、頼み事をする時は慎重にしなさい」
と強く念を押した。
真剣に頼めば何処へだろうと嫁いじゃうし、下手をしたら自らの生き死すら……らしい。それも僕が願ったという理由だけで。
二人から捧げられたものを、何と呼べばよいのか分らないけれど……きっと尊いものだと思う。
それを無遠慮に踏み躙りかけたのだから、どう考えても僕が悪い。
「だけどさぁ! 大叔父上の所領へ赴くのなら、娘のシャーロットに帰るか聞くのは普通じゃない!?」
「……それは私達全員が驚いている。まさかの南部訪問な上、国境沿いまで足を延ばすつもりだったなんて」
「なんだよ、いまさら反対!? ソヌア老人が南部で頑張ってくれたんだから、その仕上げは必要だったろ?」
「……陛下、御自ら調印を結びに行脚なされずとも良かったのでは?」
そう常識人な
「国家君主が御土産を持参で交渉すれば、相手も譲歩せざるを得ない。そう悪手でもないよ」
「だからって大盤振る舞いし過ぎですよ、王様! これじゃ今年の儲けが出せないじゃありませんか!」
よほど腹に据えかねていたのか、女商人のミリサも口を挟む。
御土産を鏡にしたのが、納得いかないのだろう。その分だけ商機は無くなってしまうし。
「埋め合わせに南部まで連れてきてあげたじゃないか」
鏡の引き渡しで、南部の有力者と面識を持てるはずだ。それはミリサの財産となる。
「冬に西部や東部、ゲルマンが動かなかった以上、夏までは何処も動くまい。陛下の御考えは、そう危険でもなかろう」
「
「そ、そのような意地悪をいうものではないぞ、
……どうしてか
「な、なぁにッ! 我らが陛下を御守りする! ご、御安心召されい!」
虚勢を張るアキテヌ侯キャストーを見て、僚友の
もしかしたら僕の護衛を買って出た南部の同盟者達こそ、真に貧乏籤を引かされてたり?
外交目的であろうと僕のような国家君主は、国元を離れないと思われる方もおろう。
しかし、中世期に王侯貴族の旅行や遠出は一般的だったりする。……その半分以上は軍勢も率いてで、戦争と呼ばれがちだが。
有名な王様の逸話で「
また軍勢と呼ぶには細やか過ぎる小集団の場合もあり、今回のように百名ほどで旅行も珍しくはなかった。
……一行の殆どが戦闘員なのを細やかと呼ぶかは、意見が分かれるかもしれない。
そして暢気な会話?をしながら街道を進んでいたら、前方から
でも、斥候を命じられた兵士が走って?
「陛下、前方に……その……軍勢?が伏せております!」
「……なんだ、その報告は! 正確に、お伝えしろ!」
そう叱るのは、意外にもルーバンだ。……どうしたんだろ、珍しい。
「し、失礼しました!
ルーバンの厳しい指導?を受けつつノシノルが言い直す間にも、
……ほんの一瞬で
しかし、南部の――それもアキテヌの近くで、僕がいることを知っていて、敵対的かつ武力行使も辞さない勢力?
全く心当たりがなかった。いま南部は経済的混乱と地域的な政治に手一杯なはずだ。
それこそガリアの――王や王太子、僕の政治闘争にも関われないほどで、逆に安全とすら考えられたほどなのに?
「まずは何処の誰で、何が目的なのを聞いてみよう」
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