女性が抗えないもの

 だが、腹を括ったといっても、現状では待つしかなかった。

 なにより下手に大人数を動かすと、疫病もセットで広めてしまう。焦れようと、待機がベターだ。

 ……これで疫病をガチャに例えるとハズレレアなのが苦笑いを誘う。

 他のでメジャーな疫病だったら、もっと被害は拡大しただろうし……驚くべきことにウイルス性疾患インフルエンザはレアなだったりもする。

 なぜなら文明力が低い――人間の行動範囲が狭い時代、それほど遠くへ病気を運べないからだ。

 つまり、基本的に死ぬか十日ほどで完治な病気だから、どこか別のコロニーへ伝染させる前に、肝心の病原菌が無毒化する。

 この時代にあってはウイルス性疾患インフルエンザが広域で猛威を振るうなんてケースなんて、百年に一度あるかないかだろう。

 それに僕は、ずっと戦争ではなく内政に――それも現代科学チートの開発に専念したかった。

 俄かに好戦的な気分だからといって、この機を見逃す手はない。



「粉々に砕いた金鉱石を、さきほど説明した王水へ――濃塩酸一と濃硝酸三の混合酸へ投入する。

 この際、溶けずに残った不純物に金は含有してないから、捨ててしまって構わない。

 そして溶液から金を還元――固体化させるべく、還元剤として鉄粉を混ぜる。

 お? 金色の輝きが確認できたね。これが金だよ。うん、けっこう多いな」

 この時代、一トンの金鉱石から数グラム――〇.〇〇〇五パーセントほどしか回収できなかった。

 有望な鉱山――一トン当たり一〇グラムほどを含有していてもだ。

 よって一握りの粉末金鉱石から数粒の金粉が発見できたのは、まあまあの幸運といえる。

「この堆積物を遠心分離器――まあ農村に下ろした唐箕でもいいよ――を使って、重い金とそれ以外に分ける。

 さらに選り分けた金を適当な酸――王水じゃだめだよ、金も溶けるから――で洗う。これで付着していた不純物を洗い流せる。

 それから集めた金を加熱――溶かし固め、ついでに不純物などもの蒸発も促す。

 これで金の精製は完了だけど……純度に不安があるのなら、この工程を繰り返せばいい。

 まあ一回で灰吹き法より――溶剤に水銀を使うのより、純度を高くできると思うけどね」

 というか、それが――歩留まりの向上が目的なんだから、そうなってくれねば困る。

 そもそもの高効率に加え、水銀を買ったり使ったりせずに済むのを考えたら……倍は難しくとも、一.五倍くらいは見込めるか? 利益換算で?

 

 しかし、そんな奇跡の未来技術を発表は、熱心だけど義理尽くな拍手で迎えられる。

「素晴らしいです、陛下!」

 そう褒め称えるやジナダンは、配下の二人に目配せで促す。……強く。

「金が獲れるなんて素晴らしい!」

「よ、よく分かりませんが、凄いです!」

 慌てた様子で金鵞きんが兵のロシノルとレネも一生懸命に拍手で続く。

 ま、まるでバカ殿みたいじゃないか。止めてくれ!

「……いまの分かったか、ルーバン?」

「さっぱり分らんかった。けど、これまでより凄いのなら、かなり儲かるんじゃないか?」

「おお! さすがは陛下! それにルーバン殿も!」

 ダマスカス鋼アシダマスの三剣士による無責任な論評の方が、まだ嬉しいぐらいだ。


 これは――

「将来的にデフレが起きるのだけど、金の流通量を増やせそうにない。採掘の増産だって、すぐには無理だ」

「なら、精製の歩留まりを改善すれば良いのでは?」

 という頓智のようなアイデアで、普通は成立しない。……現代科学チートがなかったら。

 そして手持ちの金鉱山が一.五倍の生産性とは即ち、収入増ということだ。

 まあ、そのお金で、さらに金鉱山を買収の予定だけど……いつか現金収入となるのは間違いない。

 久方ぶりの大勝利といえよう。しかし――


「まだよ! まだ我慢して!」

「ええで! ええ感じや! もっときばりい!」

「はふぅ……このように長く……でも、まだ……もっと……」

 女の子達は、僕達のことなんか知ったこっちゃなかった。歴史的な大改革にも拘らず。

 それに作業を始めてかなりの時間となる。もの凄い熱狂ぶりだ。

「あの……ネヴァン姫様達は、いったい何を夢中に?」

「それに、あの……何です? あの大きなガラスの筒は?」

 ポンピオヌス君とルーバンは、訝しげに首を捻るばかりけれど……まあ、無理もない。あまりにもな光景だったし。

「なにって……まあ見たとおりに糸紡ぎだよ、一応は」

「ええっ!? それじゃダイアナ達は、あのガラスの筒に糸を吐き出させてるのかい!? 蜘蛛がやるみたいに!?」

 驚いて義兄さんが大声を上げるけれど……ほぼ正解ともいえる。原理的に、かなり近いし。



 女の子達が何をしているかというと、形は変われど糸紡ぎ――人絹の制作だ。

 種を注射器状の容器から糸のように細長く放出し、それを特殊な薬剤で固定している。

 なんだか単純に聞こえるだろうが、そうなんだから仕方ない。


 そして用意した種は銅アンモニアレーヨン――胆礬の粉末を濃いアンモニア水でのばすように溶かしたものを、これまた高濃度の苛性ソーダへ溶かし、適当な植物由来の繊維を溶かし込んだもの――であり、俗に銅シルクとも呼ばれる。

 さらに固定する――溶解した繊維を再生させる薬品も、なんのことはない高濃度の硫酸だ。

 つまり、硫酸さえあれば、あとは適当に買い求められる。珍しい素材は何も使ってない。

 いや、酸であれば中和は適いそうだから、もしかしたら硫酸すら代用品が?



 しかし、ようするに人絹レーヨンだから耐久性に難があるし、火や熱にも弱い。

 現代科学チートとしては、あまり頼りにならないと考えていたのだけど……女の子達の熱狂ぶりは驚きだ。

 ほぼシルクの代替品といえるけれど、そんなに貴重だろうか? 欠点も多く、時代にそぐわないのに?

 首を捻っていると、どこからかエステルが戻ってきた。手には小さな布――なんと手のひらサイズほどの!――を掲げるように持っている。

「織れたよ、皆!」

 すると女の子達が一斉に群がり、競うようにして布の手触りを確認しだす。

 ……一人を除いて。

 真剣な顔で巨大な注射器を押す我が従妹叔母じゅうしゅくぼ――シャーロットだけは作業を続けていた。……なんというか鬼気迫る感じがコワイ!

「シャーロット様! あと少しに御座います!」

「その調子に御座います、シャーロット様!」

 意外にも年下に好かれるのか、イフィ姫とリネット姫に励まされている。……実は面倒見が良かったりするのかな?



 シルクが珍重されるのは、二つの理由からだったりする。

 一つは、その滑らかな肌触りだけど、しかし、人絹レーヨンも蚕糸に劣らない。

 人絹レーヨンは繊維の再生時に酸を利用していて、生成時に表面が焼かれ滑らかとなるからだ。

 もう一つは長い繊維を作れること。

 単一の糸から布を織れるので、その表面も毛羽が立たなくなる。

 なぜなら繊維の端が表面に無いからで、当然に刺激もしない。

 だが、その長所は化学繊維も同じどころか、その気になれば蚕糸を上回ることすら可能だ。

 つまり、シルクと化学繊維は、ほぼ同じ長所を持つ素材といえる。


 僕としてはフン族からシルクを買うのは業腹で、なにか対抗策はないかと模索した結果なんだけど……なんだか調子が狂う。

 でも、この様子なら、予定していた話し合いもスムーズに?

 難題とは思ってないけれど、従妹叔母じゅうしゅくぼ殿の将来に係わる。上手くいくに越したことはない。

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