妻問い語り
普段より早起きをした。目指すは父上の厩舎の奥、やや不人気な馬のいる房だ。
驚く馬蹄頭を従えながら、本日の予定を伝える。
「今日は、あの子を借りようと思ってね」
「ええ!? バカ白をですか!? いつもの鹿毛にされては? もう御用意もしてありますし」
「……いつもありがとう。でも、今日は白毛の子にする。支度も自分でやるよ。一応、これでも本職の
目を白黒させる馬蹄頭を他所に、馬房の清掃やら、馬にブラッシングやらを始める。
いつもは他人任せにしてしまっているけれど、本来なら愛馬の面倒は自分でやるべきだった。
……これでも戦場では軍馬を駆る
「リュカ様!? 馬の面倒なんて……レト様にでも叱られましたか?」
「あ、兄弟子様! そ、そのような事は、私めが!」
僕を揶揄うルーバンに連れられた女の子は、従士ベロヌだ。
なんと遠くはマレー領からブーデリカの指導を求めてやってきた。女の従士志望者なら、その師匠も女の
しかし、ブーデリカは僕の姉弟子に当たり、その弟子なのだから、僕とは同門になる。……武門が重視する、いつもの縦横だ。
ただ、ベロヌは一つ年下な女子なのに、明らかに僕より強かった。
妹弟子より弱い兄弟子なんて成立し得るのだろうか? それとも兄より強い弟じゃなきゃ問題ない!?
「べつに御仕置されてる訳じゃないよ。その日に乗る馬を、その日の朝に自分で支度する。至極当然だろ」
「……なんか怪しいですね。俺のッ! 第六感がッ! 全力でリュカ様の邪魔をしろとッ! 囁くのですがぁッ?」
なんなんだ、その駄目な第六感は。
どう誤魔化したものかと考えていたら、ちょうどルーバンを呼ぶ声がした。
「おーい、
まるで従士を叱り飛ばすかの如くだけど、僕らは下積み修行中の
「ほら! 呼んでるよ、ルーバン」
「当番なら
「悪いな、ルーバン。今日の僕はリュカ陛下なのさ。嘘偽りなくね。それに君達が玉座への筋道を作ったんだぞ」
久しぶりに一本とってやった。
だが、細やかな勝利に酔いしれてる暇はない。続いては沐浴だ。
しかし、女きょうだいのいる方には御理解いただけると思うけど……身体の洗浄に関して、男女間で認識に大きな差がある。
男の普通は女の適当。男の念入りは女の及第点だ。
仕方がないので入念に身体を清める。……枝葉末節に論点を設けておくなんて、それは愚かな振る舞いでしかない。
続いて身支度を整える。
試練に裸一貫で立ち向かうのを勇気とは呼ばない。ただの蛮勇だ。
そして竜退治なら火炎耐性の鎧が相応しいように、場面に応じた装いというものがある。
が、目当ての服が見当たらない!
ここにきて『毎朝、誰かが用意した服を着るだけ』や『着替える時も、誰かが持ってきてくれる』な習慣が仇と!?
もしかしなくても転生して以来、僕は一度も服を選んだことがないかも!?
軽く涙目になりつつも、なんとか発見できた衣装を並べる。
……もしや、これらを組み合わせてイケメソ・コーディネイトとやらを捻りださなきゃならないとか!?
絶望に打ち拉がれかけた寸前、どこからともなくエステルがやってきた。
……ひときわ大きな溜息と共に。いまや老齢に差し掛かったタールムを連れて。
「分かったから、騒がないで義兄さん」
言葉を使わず僕とコミュニケーションの可能なエステルにしてみれば、僕は泣き叫んでるも同然だったり?
そして不機嫌なまま僕の予定していた服を取り出してくれる。……そんなところに仕舞ってあったのか。
またタールムも言いたいことがあるらしく、何やらバウバウと諭してくる。……残念ながら僕にはサッパリ分らないけど。
それにしても年寄りになってしまったなぁ、我が守り犬殿は。
最近では、いつもエステルと一緒だけど……令嬢の護衛というより、タールムの方が介護されてる感じだ。
「分かったよ、タールム」
御礼代わりに毛並みをワシャワシャと掻き乱しておく。
しかし、普段なら怒るはずなのに、なぜか一吠え返すだけだ。
……なぜか僕にも、タールムの言葉が分かった。気のせいだろうか?
それから誰もが無言を守る中、身支度を手伝って貰った。
黙ってないで、なにか話すべきだろう。しかし、いくつもの言葉が浮かんでは消えていく。
ついに僕の面倒を見終えたエステルは、零れるような笑顔と共に
「いってらっしゃいませ、御義兄様」
「……ありがとう。いってくるよ」
きっと僕は、今日のエステルを忘れない。それどころか思い出すのは、いつまでも今日の笑顔なんじゃないかと思う。
そんなことがありつつも、なんとか支度を整えて城を出発した。
ずばりコンセプトは『白馬に乗った王子』だったりする。
この白馬は頭が空っぽで、父上の乗り手から敬遠されちゃってたり――
よくよく考えるとパパの
誰が何といおうと『白馬に乗った王子』だ!
衣装だって着ているだけで気恥ずかしいけど、白を基調とした絢爛豪華な感じだし!
ちなみに用意したのは防具と足だけじゃない。飛び道具も買い求めてある。
さながら
最後にフードで顔を隠し『今日は御忍び』と周囲へ示し、どうしても護衛に付くといって聞かなかったトリストンとジナダンを従える。
まるで一幅の絵な如くだったと思う。……後日、この様子を見ていた絵描きに晒されたりもしたし。
だが、そんなのは気にしてられない。正に大事の前の小事だろう。
なにかを得ようとするのなら、脇目も振らずに邁進するべきだ!
そんな意気込みで訪れた
突然な賓客に面食らう門衛を、なかば追い払うようにして騎乗のまま庭へと廻る。……今生では数少ない勝手知ったる他所の家だ。
「あかんで。そんなんは向こうにもあるな。もって行かなきゃならへんのは、そういうんちゃう。荷物になるから、お金では買えへんもんだけやで」
案の定、庭へ面した自室にポンドールは居たけれど、まるで引っ越しを陣頭指揮の最中だ。
……屋号の由来な
僕に驚くポンドールの開いた口が塞がらないうちに、上がり込んでしまう。
孫子曰く! 『先手必勝』で『相手の不意を討て』だ!
でも、一応は『白馬を跳び降りて駆け寄る貴公子の図』なんだけど、いまいち思ってたのと違う。
なんというか……はやくもグダグダの予感が!?
こうなったら、いきなり必殺技に頼ってしまおう! 無理矢理にでも流れや雰囲気を変えねば!
まだ吃驚しているのか無防備なままのポンドールに、大きな薔薇の花束を差し出す!
これぞ奥義――
『
いつの時代でも、女の子は悶え死ぬ!
……らしい。ホントかな? いや、でも、頼む! これが僕の精一杯だし!
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