叙任と戴冠

 玉座まで騎士ライダー達の奉剣礼サリュー――刃を横へ寝かし敵意の無いことを、そして眼前へ捧げ持つことで尊信を示す武装時の敬礼――で送られた。

 その為にドゥリトル中から――いや北ガリア中から、騎士ライダーが集まってきている。あまりの人数に剣の道ソードアーチが玉座の間からはみ出てしまったほどだ。

 ……まあ無理もないか。

 今生のガリアフランスにおいては、数百年振りの王朝開闢となる。これを時代の潮目と捉えぬ者は、皆無だろう。


 天窓の灯り一つだけで、薄暗い玉座の間を進む。

 僕を先頭にサム義兄さん、ルーバン、ポンピオヌス君の三人を従えるようにしてだ。

 この日の為に母上とレトの仕立ててくれた礼服は梳毛織りウーステッドで、きっと客人たちの度肝を抜いているに違いない。

 ……この時代の人は純真な分だけ、素直に感心してくれるし。


 スポットライトで照らされたかのような玉座の両脇では、金鵞きんが兵のトリストンとジナダンが立番をしている。

 玉座の番人にして、新王の儀仗兵役なのだけど……二人は感涙を隠せないでいた。

 もしかしたら僕の登極を一番に喜んでいるのは、トリスタン達かもしれない。……この日に立ち会う栄誉を巡って、かなり揉めたみたいだし。


 式次第に従い、空席な玉座の前で待つ父上に跪く。

「君達が力無き者達の守護者となるを願う。

 慈心と勇気、そして誠実さを持って正義の規範たれ」

 父上からの短い祝福を受けた後、仕来り通りに剣と鞘、さらに剣帯を授かる。それも全部を一辺にだ。

 青光りブルビオンではなく、見慣れぬ剣に真新しい鞘と剣帯だったから……予告通りに姫君達で用立ててくれたのだろう。

 そして義兄さん達三人の分は、なんとダマスカス鋼アシダマスの剣だった。

 ……まあ、いいの……かな? 僕の分は、べつに用意されてるし。ネヴァン姫の家系に伝わるという宝剣が。

 続いて四人共に父上の手を借りながら、賜った剣を佩く。

 剣を賜るのは成人の証で、この日より大人扱いされる。

 また日常的に佩いて持ち歩くのも戦士階級にしか――騎士ライダーにしか許されていない。剣を装備すること自体にも、大きな意味がある。

 そのまま手順に則って抜剣するも――


 刀身に吃驚させれられた! これ鉄製だ!


 もちろん、この時代に先祖代々受け継いだ鉄の剣など存在し得ない。

 年代物の全ては青銅製だ。……ただ一つの例外を除いて。

 確認の為に刀身を細かく観察してみれば、間違いなかった。僅かながら鍛造の跡が――金槌で叩いての造形痕が窺える。

 これは製鉄技術以前にも入手可能な唯一の鉄――隕鉄で作った流星剣か!

 なぜなら隕鉄は純鉄に近く展性に富む。つまり、溶かす技術がなくとも、叩けば成形が可能だ。

 しかし、ただでさえ珍しい鉄の隕石を、剣の形になるまで叩き続けるとか……考えただけで気が遠くなる。

 前世史でも流星剣の大半は小刀程度なのに、それが剣サイズともなれば、さぞかし名のある――

 そこまで考えて、いまさらながら前世史の伝説に思い当たった。

 ネヴァン姫は『湖の貴婦人』の元型アーキタイプではあるまいか!? あのアーサー王と関りのある!?

 もしくは、そのモデルのうち一人!?

 となれば、つまり、この剣は――


 宝剣エクスカリバーが元型アーキタイプのうち一振り!


 間違いないだろう。そもそも伝承において湖と海は、表記揺れを起こし易い。海を知らない人の方が圧倒的に多いからだ。

 また総領姫との婚姻――結納品の宝剣を得れば、西海での覇権しょうりが約束されるだろうし!?

 

 控えめな父上の咳払いで正気に戻った。……いまは結納品に驚いている場合じゃない!

 見苦しくならない程度に急いで納剣と抜剣を繰り返す。どうしてか三回繰り返す決まりだ。

 その後、再び跪いて待つ。

「これより汝は騎士ライダーである。励まれよ騎士ライダーリュカ」

 正式な呼びかけと共に、肩口が剣の平で叩かれた。

 これは『首打ち』といい、叙任者が初心を忘れぬよう痛みと共に身体へ刻む意図がある。

 ……そもそもは鉄拳か張り手だったというから、かなり文明化している方だ。


 義兄さん達の『首打ち』も済んだところで、独り立ち上がる。

 本来であれば盾と槍、そして鞍を賜り、叙任式は終わりだ。その後は酒宴で無礼講となる。

 しかし、本日のメインイベントは、これからといえた。

 やはり王を名乗るのであれば、戴冠せねばならない。



 だが戴冠に当たり、厄介な問題が発覚していた。

 ズバリいってしまえば、僕に王冠を授与する適当な人物がいない。

 まず武人は不適格だ。一時的にでも僕が――王が頭を下げる訳で、将来の配下や競合相手では問題がある。

 前世史では聖職者の役割だったけれど……今生では、どの宗派に頼んでも禍根が残ってしまう。

 理想をいえば権力争いと無縁な父系の血縁が望ましいのだけど……その条件に見合う親戚はいない。

 結果、自分自身の手による戴冠となった。……前世史のナポレオンばりに不遜だと思う。



 だが、不遜であろうと構わない。胸を張って玉座へと進む。

 昨夜の禊は――寒さと飢えの追体験は、僕の原点を思い出させてくれた。

 あれに打ち勝つ。その思いを胸に力を求めた。いまさら諦めることなどできやしない。

 決意を新たに、玉座へ置かれていた王冠を自らに戴せる。これが定めというならば、受け入れよう。

 そのまま衝動に突き動かされ、振り向きざまに剣を天へ掲げる。

「我が忠誠は臣民へ捧ぐことを、身命に懸けて誓おう!」


 宣誓へ応えるかのように、玉座の間で光が爆発した!


 吃驚して見回してみれば、全ての天窓が――いや天窓だけでなく、全ての窓という窓が開け放たれている。

 暗さになれたところへ突然の陽光で、目が眩んでしまったのだろう。

 しかし、まるで魔術でも使われたかのようだったし、居並ぶ参列者たちは呆然としている。

 ……この見慣れてしまった、畏怖を隠しきれない僕を見る目ときたら。

 おそらくはポンドールの仕業だろう。もう後で説教してやらなきゃだけど、いまは先にやるべきことを!


「ここに『北王国デュノー』建国を宣言する!」


 この判断に間違いはなかったのだけれど、しかし、もはやギリギリでもあった。

「リュカ新王、万歳!」

「光王リュカの御名を称えよ!」

「デュノー建国、万歳!」

 僕の宣言は歓声で迎えられ、誰も彼もが何かを叫んでいる。耳が痛くなりそうなほどだ。


 ……どうやら、やり過ぎた程度で済んだらしい。どこで間違えたのかなぁ……。

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