霊窟での一夜
「よーし、よーし! いい子だ、お前は」
遊んで貰えると思ったのか、はしゃぐ
「……なんだって、そいつがいるんです、リュカ様!?」
「なんだっても何も……僕の護り犬だし。姿が見当たらないから心配してくれたんじゃない?
寒さに震えつつ説明を聞いていたルーバンは、やにわに握り拳を左右に振り始める。
「何かな? なに持ってるのかなぁ?」
「ひ、酷いぞルーバン!
しかし、悲痛な叫びを理解できなかったのか、
酷いッ! 僕の生体湯たんぽなのにッ! こうなったら王者の風格で――
そんな僕らの見苦しい争いを他所に、意を決した様子のサム義兄さんが立ち上がる。
「よし、やるか! いや……やるぞ!」
「……ポンピオヌスめも、御供しましょうぞ、サムソン殿!」
もちろん二人だって僕やルーバンと同じく粗末な貫頭衣姿で、寒さに青い顔をしていた。
「やるぞって……なにを始めるつもりなんだよ、サム!」
「も、沐浴に決まってるだろ。その為に俺達は、この霊窟で夜を明かすのだし」
「そ、その通りに御座います!」
「アホか、お前ら! そんなことしたら死ぬぞ! 考え直せ!」
暴言のようでいて、実はルーバンが正しかった。
もうすぐ夏といっても、この霊窟――泉の洞窟は寒い。陽が落ちてからは尚更で。
「ですが叙任を前に、夜を徹し泉にて身を清めるが慣らい」
「だから頭を使えよ、いつもいってんだろ?
身を清めるのは良いよ。俺も反対しない。でも、夜に身体を濡らすとか……下手したら死ぬぞ?
沐浴なんて日が昇ってから――奥に天井が崩落してるところあったから、そこへ陽が射してからでいいだろ。
それよりも今は! どうやって朝まで生き延びるかなんだよ!」
いつもの調子でルーバンが説教している隙に
嗚呼、暖かい。って、暴れるな、いい子だから! ……
そんなこんなで再び、一本しかない蝋燭を四人で取り囲む。……とにかく寒い。
「あのリュカ様? まだ怒ってらっしゃいます?」
「怒ってないよ、我が友ルーバン。そして我が友ポンピオヌス。
でも、仕返しは必ずと思ってるからね? 具体的には……いつか面倒臭い役職を押し付けるとかで」
さすがに気が咎めていたのか、ルーバンとポンピオヌス君は決まりが悪そうだった。
「それより僕に合わせて叙任とか……三人とも納得してるの?」
「いや、リュカ……これはむしろ、役得と呼ぶべきだよ?」
普通は二十代に叙任する。三十代まで待つこともザラだ。
それを考えたら但し付きでも――数年は引き続き指導を仰ぐよう義務付けられても、とにかく
……色々とツイてなくて、死ぬまで従士止まりも珍しくないのだし?
「早くに鞍を賜るのが役得にしろ、そうでないにしろ……――
リュカ様の『盾の兄弟』となるは、望外の喜びにございまする!」
「……うん。俺もリュカの『盾の兄弟』には成りたかった。叙任は、後でも良かったけど」
「同じ日に叙任するから『盾の兄弟』なんだぞ、サム?」
王が従士の身分では様にならない。
しかし、急ぎ叙任を済ませるとしても『盾の兄弟』が居なかったら問題だし、その人選にも配慮が必要だ。
そこでサム義兄さん、ルーバン、ポンピオヌス君の三人に白羽の矢が立てられた。
正直、僕を含め五年は早い。
これで三人が酷い目に遭わないとも限らなかった。またも僕の数奇な運命に巻き込んでしまっている。
……二人は自業自得と考えるのは間違いか。
いや、でもルーバンが余計な知恵をポンピオヌス君に授けなかったら、全然違う結果も存在し得たのでは!?
不確定性原理に基づけば、観測されるまで事実は確定されない。
つまり、王様になる未来と従士のままな僕は重なり合った確率的な存在として……――
「だから言ったじゃないか、リュカ。そのままだと後悔する羽目になるって」
そりゃそうだったけど!
でも、僕だって――
「お前、このままだと北ガリアの王様になっちゃうぞ」
とハッキリ言われれば、行動を改めたよ! 具体的には、義兄さんを医者に診せるとか!
もう本当に……どうしてこうなったんだ!?
などと再び煮えかけてたら……――
ルーバンとポンピオヌス君が、大口に手を当て
……御丁寧なことに片方の手で僕の背後を指さしながら。もう迫真の演技といえたし、まるでホラー漫画の登場人物だ。
しかし、なぜか
鎧姿の幽霊が!
「「「ギャーッ!」」」
「って、
僕ら三人がハリウッド映画の少年みたいに叫ぶのを横目に、サム義兄さんは慌てて立ち上がった。
それを見てルーバンとポンピオヌス君も続く。
拙い。僕も従士として
「……わ、我は、これなる
えーっと……とにかく祖霊様なるぞ、畏まられい!」
……どうしよう? うっすら主旨は透けてきたけど、ここは
「身に沁みられたか? 寒さに震える儚き定めを?
さればこそ力に驕らず、頭を垂れられよ。己を知り、慎ましやかであれ。
そして、さらに――
我らは御身らに慈心を求る。なによりも力無き者の守護者たるを。
我らは御身らに勇気を求る。いかなる時も、先陣へ立つことを。
我らは御身らに誠実を求る。己が兄弟達に正直であることを。
御身らこそが、我らが末裔の剣なれば」
これは
前世史の騎士道に比べたら、かなり少ないけれど……明らかに、その
このようにしてガリアの戦士――そして
厳かな静寂の後、
「よし、とりあえず跪くのは止めてくれ。俺達の時も、まあ
指摘されて気付いた! いつの間にか跪いて!?
「ここからは先任
先走って沐浴しちまった奴はいないな?
もしいたら説教をするところ――というか俺の世代では、叱られた。兄弟の名誉を守る為に、その名は秘めさせてもらうがな。
たとえ命令であろうと、あきらかな自殺行為には抗え。どんな時でも頭は使うんだ」
歴代
「しかし、御身らは、なぜ沐浴を済ませておらぬ? 身を清めておくよう申しつけられたであろう?」
なんとも理不尽な話だった。
命令に従って沐浴していたら駄目だけど、やらなきゃやらないで不服従の罪を咎められるのだから。
唖然とする僕らに同情したのか、頭を掻きながらエリソンは続ける。
「うん。まあ、そうなるよな。俺らの代も、そんな顔になったぜ。
従士達! 俺が降りてきたところ――天井が崩れてるところに火鉢や布を持ってきている。使うといい。
祖霊様達だって、従士達に風邪をひかせたいはずがない。大事なのは、生きて試練を乗り越えることだ」
命令にも従う。任務も果たす。そして死なない。
なんとも難しく、二律背反どころか三律背反だけれど……それこそが
それから
……本当は僕らでやるべきだけど、人数どころか年齢も足りてない。
考慮してくれたのだろう。なんとも面倒見のいい
しかし、祖霊達の言葉を伝えるエリソンからは、歳月を経た威厳を感じた。
この霊窟は歴代
……馬鹿々々しい。それじゃ丸っきりのオカルトだ。
転生者なんていうアレの極みが言ったらなんだけど、たぶん舞台効果とかそういうのに決まっている。
などと火鉢に当たりながら考えていたら――
「よし、やろう!」
とサム義兄さんが立ち上がった。
「やろうって……なにを?」
「決まってるだろ? 沐浴だよ!」
な、なにを言い出すんだ、義兄さん!? ポンピオヌス君ですら、火鉢を前に居眠りしてたのにッ!
……泉の水は、もの凄く冷たかった。
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