こういうのが、好き……だったのだろうか?

 奥まった場所にある談話室サロンは濃厚で甘く、それでいて張り詰めた空気が満たされていた。

 ……もしかして御茶会という名目の査問会!? でも、どうして!?

 というか僕だって少しずつではあるけれど学んでいる。例えば「女の子への帰還報告は、個別に機会を設けねばならない」などのルールを。

 なのに、なぜ!? どうして労いの御茶会を!? 一堂に会したら駄目なのでは!?

 また男子禁制と称して護衛のトリストンとジナダンが追い払われたのも、正直いって理解不能だ。

 それで発起人にして仕切り役らしき義姉上に――

「……僕も男なんだけど? 参加して良いの?」

 と訊いても――

「リュカったら面白い」

 と軽くあしらわれちゃうし!


 冷や汗を流している間にも、ごく標準的な『生クリームのスポンジケーキ、野苺のコンポート飴煮添え』が女官?達によって給仕されていく。

 ちなみに生クリームの最低条件は、ミルクと甘味料だけ。

 スポンジケーキは小麦粉薄力粉と卵、そして甘味料が最低条件だ。

 そして甘味料は蜂蜜、水飴、龍髭糖のどれでもよく、いわゆる日本的ショートケーキは簡単に材料を集められたりする。『』も推奨の女子ウケなスイーツだ。

 ……この査問会という窮地からも、容易く僕を救ってくれるかもしれない。


 しかし、どうして女中メイドさん達は、女官服で着飾っているんだろう?

 それに目元まで隠れる被り物頭巾は何で? ……どこかで見た憶えもあるような!?

「えっと……義姉さんは座らないの? それにステラも?」

 二人も女官服姿で、まるで女官長と上級女官といった体だ。

「私達は御役目中ですからね。それに――

 座ったらいけない訳じゃないのだけど……あまり外聞は良くないわよ?」

 悪戯っぽく笑う義姉さんと対照的に、エステルは仏頂面だ。……なんで機嫌悪いの!? それに評判とか気にするタイプだっけ!?


 しかし、一つのヒントではある。どうやら座っているのは、特別ってこと?

 そう当たりをつけて参席者を確認すると――

 僕を上座に長テーブルが用意され、一番近くの左手にネヴァン姫、なぜか右手側は空席で、二列目をポンドールとグリムさん、三列目にイフィ姫とリネット姫が占めていた。

 ……まるで後宮かハーレムを暗喩しているかのようだ。



 中世ヨーロッパだからといって、一夫一妻制と決めつけたら間違っている。

 少なくとも権力者には側室を設ける習慣があったし、それはキリスト教化後も継続された。

 ガリアフランスなどは九世紀にカール大帝が禁止したので、逆説的に裏付けとできる。……というか当の本人も側室を設けていたし。

 そして有名な公妾制度も近世からで、カール大帝以後も庶子――正妻以外と設けた子供が歴史上に名を残しているあたり……結局は、そういうことなのだろう。


 また意外なことに中世期の文明人――ローマ・ギリシア人が、側室制度を全く理解できなかったのも、この誤解を助長している。

 古代期にアレキサンダー大王と――側室制度のある文明と接触しているのに「アレキサンダーは当番制で専属娼婦を複数人も召し抱えている」などと見当はずれな解釈をしていた。

 もう一夫多妻制そのものが発想の埒外だったのだろう。

 ……いわれてみるとギリシア神話にも妾や側室は登場しない。あのゼウスですらヘラの目を盗んで浮気が限界だ。


 そんな理由で中世初期は非ローマ・ギリシア的習慣が記述に残らず、後期にはキリスト教が厳しく律した。

 結果、実際には側室を設けまくっていた中世の王侯貴族も、近世のように一夫一妻制が基準だったと誤解される。

 また当時に庶子といっても、それは後継者に選ばれ難いというだけで、べつに日陰者でもなんでない。

 庶子や私生児が厳しく権利を制限されるのも、やはり中世後期からだ。

 よって、いつだか義姉さんが口走った――

「王様は奥さんが何人いても叱られない」

 は正しい。社会的にも受け入れられるというか……周りも、動く。



 などと思いを馳せることで、現実逃避していた。

 ……吃驚してしまったのかポカンと口が開きっぱなしのリネット姫と目が合う。

 みるみるうちに羞恥に顔を赤らめてしまったので、大丈夫だよと微笑みかけておく。

 ……とたんに雄弁な溜息が幾つも聞こえた。

 なんで!? 少しはリネット姫が可哀そうとか思わないの!?

 イフィ姫の一つ下というから、おそらく数えで九歳だ。

 まだ子供でしかないのに一族から――ルギ族から忠誠の証にと差し出された。

 さぞや心細いことだろう。少しばかり優しくしても罰は当たらないはずだ。


 が、やや威圧的なネヴァン姫の咳払いに、あわてて背筋を正す。

 ……僕には分る! これは仕損じると折檻される流れ!

「陛下、御戦勝ならびに恙なくの御帰還、誠におめでとうございます」

 皆を代弁とばかりなネヴァン姫に、他の姫君――席に着いた女の子達も異口同音に続く。

「おめでとうございます」

「あ、ありがとう。で、でも、まだ陛下は勘弁して欲しいな」

 滝のような汗を背中に感じる。

 ……理由は分からない。でも、おそらく窮地ピンチだ。それも絶体絶命の。

「では御名代と御呼びすれば?」

「いや、その任も解かれたんだ。青光りブルビオンも返上したし」

「それでは……なにか別に腰の物を見繕わねばなりませんね」

 楽し気にネヴァン姫は笑う。

「ほならウチは、それに見合う鞘でも」

「剣帯は私が繕いましょう」

「まあ、御姉様方! 誠に善きアイデアかと」

 ネヴァン姫とポンドール、それにグリムさんは仲良くなっていたらしい。……なのに僕の胃はキリキリと痛む。

 そんな三人の様子を義姉さんは、慈母の如き眼差しで見守り……ひたすらエステルは不機嫌そうだ。



 ……なんだろう?

 まるで一つの未来を暗示しているかのようだった。

 こんな風に後宮?とでもいうべき形で、この子達を?

 しかし、一夫多妻制なんて男の身勝手な理屈の産物だ。自分だけを愛する伴侶の方が良いに決まっている。

 でも、そう思うのなら――

 誰か別の男と添い遂げた方が幸せになれるからと、距離を置いて?

 

 どうやら僕は、一夫多妻制で通さねばならなかった。

 ……というかイフィ姫やリネット姫を迂闊に里へ下がらせたりしないよう、義姉さんに釘を刺されてるほどだ。

 側室ひとじちにと差し出されているのに、さしたる理由もなく返したら、その姫君に問題ありと悪評が立ってしまう。……下手をしたら、その後は一生飼い殺しだ。

 なので穏便に、下賜という形での縁談を纏めるか……このまま娶ってあげねばならなかった。……放置も放置で、ようするに飼い殺しも同然だし。


 さらに教養のある姫君を正妃に迎える必要もあった。

 母上を例に挙げるまでもなく、僕の奥さんも強大な閨閥の主となる。半端な教育を受けた子では、とてもじゃないが務まらない。

 ……閨閥の力が弱い国は、容易く滅ぶ。妥協は許されなかった。


 そんな事情で僕は、誰か一人だけに人生を捧げられない。何人もいる寵姫の一人として遇するのが精一杯となる。

 ……責任を取りたい相手に、妾になって欲しいと希うのだ。

 なるほど、数多の君主が一夫一妻制を支持も納得するしかない。こんなの気が狂ってる。正気の沙汰じゃない。


 しかし、それでも尚――自分が不適格者だと知っていても尚、手放したくないひと達と出会ってしまっていたら?

 ……僕は最低最悪のかもしれない。だけど、それでも――

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