食客万来
ここ最近、食事の度に「もう既に僕は
なぜなら城の食堂が賑やかになっていた。……もの凄く。
ついに所領から追い出された
頭だった者だけでも十名を超えていて、その一人ひとりが奥さんや子供、家臣などのオマケを付き従えている。
数えた訳ではないけれど、おそらく総勢二、三百人は下らない。
この大半が毎食ごとに食堂へ詰めかけてくる。さすがに多少の引け目はあるようだけど、絶対に遠慮はしない。
……まあ、当たり前か。人間、食べなきゃ始まらない。
しかし、僕にしてみれば謙虚さの美徳を示して欲しかった!
王太子に追放された? なるほど明日は我が身と思わなくもない。
先祖が開墾し、独立不羈にやってきた農地を奪われた? 自己責任と思わなくもないけれど、さすがに無法な所業とも感じる。
でも、僕は――ドゥリトルは関係ないですよね?
もし僕の心が狭いと詰るのであれば、さきに事情を説明させて貰いたい。
ざっくり一人あたり一日につき銀貨二、三枚の経費が掛かってしまう。食費だの人件費などでだ。
敢えて前世史の価値に換算すれば、おおよそ五〇〇〇円程度だろうか。
それが二、三百人なので、金額でいうと一日あたり一〇〇万円強だ。
つまり、ひと冬滞在されたら一億円で、一年だと四億にもなる。
もう
これまで予算を捻出するのに
そんな虎の子とでもいうべきお金を湯水の如く!? これだけの予算があれば
また父上が御帰りになった時を考えたら、気が重くなってくる。
父上にしてみれば「国土防衛という聖戦から戻ってみれば、我が家は居候だらけになっていた」という他がない。
僕は名代として、さらには家に唯一人の男子として、このような客人達を追い払う義務があったのではなかろうか?
……というか母一人子一人の家へ御邪魔するとか、この人達も失礼が過ぎるような?
そんなこんなで苛立ち気味な僕の神経を、いまや聞きなれた鶏のモノマネが逆撫でしてくる。
ウケかけのギャグを激しく擦るお笑い芸人よろしく、もう隙あらば披露してくれる。
そして他の食客たちも追従笑いをするものだから止まらない。超ヘビーローテーションだ。
なんなの、その芸!? どこかで役に立つことでもあるの!? それにウケるまで続けるとかズルい!
中国で戦国四君とまで称えられた偉い人――なんとかクンは食客三千人というけど、絶対に嘘だろう!
そんなの妻子や配下なども含めたら数万人となり、一日あたり数億規模の出費となる。
いくら中華帝国級の権勢といっても、そんなのを耐えきれるはずがない!
「……代わりに
とランボは、まるでリゥパーみたいなことを言いだした。……分かり易くも身振り付きで。
「もう慣れたから、そこまでしなくてもいいよ。それに久々のドゥリトル城だからって気負わなくても」
「いや、なに……手練れの無駄飯ぐらいとして、この者達へ範を示させたいのかと思うてな」
照れ隠しなのか、また妙なことを言いだした。でも、確かに規律を求める手ではある?
「そんな仕事は、誰か……セバストが相応しい人を探してくれるよ、きっと」
「ふむ? しかし、大変だったのではないか、我らを城へ上げるのは?」
そういうやランボは、視線だけで母上を指し示す。
失礼にならないよう節度は守りつつ、それでいて言質も取らせない。やはり僕と同様に
ちなみに当の母上は頼ってきた
けっして状況を歓迎されてない御様子なのだけど、それでも責務は果たすべきと御考えなのだろう。
……もしかしなくても、これで北部の閨閥は母上の版図となるわけだし。
微笑まれる母上へ肯きを返しつつ、ランボとの会話を再開する。
「むしろ現状を見て、そろそろ構わないんじゃないかと思ったんだよ。
それに個人的な頼み? いや、提案になるのかな?もあったし」
どこの馬の骨とも分からない食客で溢れかえるより、親戚なランボ達の方が城には相応しいだろう。
「俺はてっきり、父上の消息でも掴んだのかと」
「そっちの進展は全然だよ。どうやら帰国しているようだし、おそらく西部とも連絡を取ってるみたいなんだけど……――
ねえ、ランボ? マレー領か
「御名代、所払いの沙汰であれば、ただ、そう命じられよ。御身は、俺などに阿ってはならぬ」
……自分の不利になろうとも、諫めてくれる人は貴重だ。
「島流しや国外追放を仄めかした訳じゃないよ。ただドゥリトルにも、ちゃんとした海軍士官が必要になりそうでさ。
何人かつけるから、数年ほど勉強してきてくれない? それも本格的に?」
ドゥリトル河を開通させる以上、もう誰かが学びに行かねばならなかった。
そしてランボは基礎教育を受けているし、なにも務めは課せられておらず、数年の海外留学は
ほどよい落しどころだろう。……ランボを飼殺すのでなければ。
「御下命であれば是非もなし……と申し上げたいところだが……」
渋るランボの目線を辿れば、そこではエステルとシャルロットが仲良く手遊びに興じていた。
「あの愚妹めは、もしかしたら自分でも役に立てるのではないかと夢想しておるのよ」
なるほど。ランボにしてみれば、妹一人を置いて外国へは行き難いか。
「もしかしてシャルロットも、そろそろ嫁へとか言い出すつもり?」
「……早過ぎはせんだろう? それに御身であれば役にも立てられるはず。あれにも言い含めてある」
やっと春に数えで十三歳の
それも小さな頃から「お嫁さんになってあげる」といってくれた女の子を?
いくら戦国の倣いといっても、厳し過ぎる!
「あれは御身だけが頼りぞ? いや、もちろん俺も尽力はしてみるが――」
「分かったよ、ランボ殿! 僕も真剣に考えてみる! でも、まだ早いよ!
あー……あと二年! いやさ少なくとも一年は!」
脳裏で再現された義姉さんの提言を慌てて振り払う。あの助言に従うなんて、とんでもない!
が、僕を見返すランボの視線は、もの凄く雄弁で批判的だった。……最近、年上の男の子達から諭されまくりだ。
でも、僕にだって譲れない線はある!
「とにかく! 何日もしない内に海軍の現状は確認できるから! ランボは僕に同道して、問題点の把握に努めて!」
「御下命、確かに承った。微力を尽くさせて貰おう」
そうランボが拝命してくれて、この日の話はそれまでとなった。
……なんだって誰も彼もが、誰かの結婚話をしたがるんだ? まだ僕らは十代前半なのに!?
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