河の様子を見に行っている
「しかし、えらくご機嫌だな、従士殿。なにか良い事でもあったのか?」
無言で泣き続けるグリムさんと宥める僕を尻目に、トリストンがルーバンへ絡んでいく。
あのー……少しくらい助けてくれても……罰は当たらないと思うのだけど?
「『地竜の尻尾』を楽々と通過だからな。嬉しくない訳ないだろ」
そう喧嘩友達へ同意を求めるも、相手は分らない様子だ。
「なんだ知らなかったのか。あのな? これくらいなサイズの船だと『地竜の尻尾』は通過できない――通過できなかっただろ、いまさっきまでは?」
「そうか? 確かに、この縦帆帆船?は大き目だが……でも、ギリギリ通れそうな幅はあっただろ?」
「馬車じゃないんだから、船でギリギリ幅と勝負する訳にもいかないだろ。途中で詰まったら終わりだぜ? となれば陸送するしかない……船自体を。
つまり、陸へ船を引っ張り上げ、乗員全員で運ぶんだよ! 担いで!
いっとくけどリュカ様ですら、これは断れないんだからな! なんといっても船主なんだし!」
「そ、そんな馬鹿な!? お前こそ、俺を担ごうとしてるだろ!」
騙されてると思ったのかトリストンは、唯一信頼できそうな相手――臨時に船頭を務める
「従士殿の仰ったことは、ほとんど事実です、隊長。……控えめですら?」
申し訳なさそうに臨時の船頭は、上司へ首を竦めて返す。
「な? 俺の言った通りだろ? まだガキの頃、交易商人の叔父さんが領都で船を新造したんだ。これと同じくらい馬鹿でかいのを。
そりゃ一族総出で進水式を祝ってやったさ。……この『地竜の尻尾』へ差し掛かるまでは」
哀れルーバン一族は、臨時の人足として船を担がさせられたのだろう。おそらくは『妖精の浅瀬』や『顎漢崖』でも。
「それで朝から機嫌が悪かったのですね。てっきり歯でも痛いのかと、ポンピオヌスめは思っておりました」
「『顎漢崖』まで船下りと聞けばガッカリだろ、普通は。少なくとも二回は陸送だし。もうホントにきついんだからな? 数日は体中が悲鳴を上げるほどだぞ?」
この陸送だが、蛮族ガリア人の奇習という訳ではなかった。
河を伝ってフランス全土へ来襲したバイキングも、ほぼ同じ手法を使ったという。それなりに世界標準だ。
そもそも近世へ入るまで河川改良が不可能だった為、ほとんどの河は寸断されていた。……大帝国級の国家は、そのマンパワーと権力で以って、迂回路を掘れたらしいが。
そしてドゥリトル河も『地竜の尻尾』や『妖精の浅瀬』、『顎漢崖』と難所があり、中型以上の船舶では航行不能となっていた。
しかし、ダイナマイトがあれば、近世水準の土木建築を計画可能となる。
なぜなら人力では撤去の難しい巨岩や岩盤を破壊できるからだ。
そして河川改良に爆薬を用いるのも、実は珍しくない。事実として明治期の日本には、爆薬を用いた河川工事の記録が残っている。
現代人が奇妙に思うのは、目ぼしい河川は殆ど改良済みだからだろう。
「僕は謝らない。今日に為したことで、多くの領民が助かると知っているから」
実際、この河川改良でドゥリトル河は流通の要へと変わる。
まずは中型船舶までだろうけど、利用者がいれば航行料の徴収が叶う。
そして財源があれば、河川改良の予算に当てられる。
何年後――いやさ何十年後となるか分からないけれど、いつかは大型船舶も航行可能な大運河へ発展するはずだ。
しかし、その最初の一歩には、ダイナマイトの破壊力が必要不可欠だった。
「でも、グリムさんの気持ちが伝わってない訳じゃないんだよ。
心配してくれてありがとう。そして謝らない代わりに約束する。
危険なことをしなきゃならない時には、必ずグリムさんと相談するって」
「……リュカ様はズルいです」
ゆ、許された!? とにかく泣き止んでくれた!
グリムさんが泣き笑いというか、軽く拗ねて上目遣いな感じは……僕の男の子としての大事な部分を乱れ太鼓ばりに連呼してきて困る!
もう人目が
それに義姉さんの「グリムは、あんたが本気で頼めば何でも許しちゃうから、迂闊なことは口にしない様に」との注意は正しかった!?
こうなってくるとポンドールについての助言も正しそうだし!?
ただグリムさんには悪いけれど、ニトログリセリンの調合法を余人へ伝える気はない。
それどころか河川改良を最後に、封印するつもりだった。
なぜならダイナマイトは、この時代に致命傷をもたらし兼ねない。
最低最悪のパターン――どんなに小さな勢力でもダイナマイトを確保可能となったら、ほぼ全ての城壁が無力化されてしまう。
中世ヨーロッパは城壁のある現状ですら、野伏や山賊に怯えねばならない世界だ。
なのに全ての城壁が無効化――容易に壊せるようになってしまったら?
もう新ジャンル『中世パンク』だとか『世紀末中世』だとかが始まってしまう!
それはモヒカン頭だらけで「ヒャッハー!」と暴力的な世界!
城壁があっても「力こそが正義」な倫理観なのに! より悪化して!?
火薬は世界帝国の台頭で済むかもだけど、爆薬は下手をしたら人類社会を崩壊させてしまう。もう核爆弾を御神体と崇めるより酷い。
だが、これっきりで封印してしまえば、なんとなく因果関係を察せるのは義兄さん達や
各種薬品から調合可能と推論できるのもグリムさんしかいない。
そして爆破も目撃されないよう周囲を警戒したし、これなら本当に天変地異が原因と誤魔化せれる……はずだ。
……でも、便利なんだよな、ダイナマイトがあると。あと二、三回だけ使えると凄く捗って――……
「なあ、リュカ? このところ焦ってやしないか?」
「そ、そんなことないよ! でも、向こうの様子は分らないし、世界的に有名な難所もあるし――」
「何の話?」
「……なんでもない。独り言」
ますます義兄さんを不審がらせてしまった。大失態だ。
「ダイアナが何か言ったみたいだけど、それで……あー……悩んでるのかい?」
「へっ!? 違う、違う! いや、そりゃ色々と思うことはあったし……うーん? 焦ってる訳ではないんだけど、気づかさせられたことはあるんだ。
遠くない将来に父上は御帰還されるから、僕が名代なのもそれまでって」
義姉さんは「王様になれ」とか素っ頓狂なことを勧めたけど、よくよく考えたら絶対に無理だ。
なぜなら僕は当代ではない。家督も継ぐ前から覇を唱えるなんて不可能だろう。
好意的に解釈すれば「父上を玉座へ」なんだけど、それもそれで差し障りはありそうだし。
……でも、父上を『北方の盟主』みたいな権威にしちゃうのは手か?
どのみちガリアの争乱は――王と王太子の争いは、起きてしまうのだろうし?
それに名代役を解かれたら、身分的には従士に過ぎない。
無理筋な問題より先に、貯めこんでしまった宿題を消化するべきだった。それも名代として振る舞える今のうちに。
今日の河下りだって従士の立場では許されないし、名代でもなければ難所の破壊――ドゥリトルの裏口解放もできなかっただろう。
陣頭指揮を執らないのなら、やはり事細かな事前説明が要るし、それは爆薬の説明と同義となり……つまるところ不可能といえる。
焦っているというより、いまこの瞬間しかタイミングがない。それが正直なところだ。
「でも義兄ちゃんには、大失敗の前兆に思えるんだよ。
「ちょっ!? 脅かさないでよ、サム義兄さん!」
……もしかして、また何かやらかしかけちゃってますか!?
「まあ悔しがるのはリュカだけなパターンかもよ? 例によって誰にも理由が分らない時みたいな」
そう言い言い放つや義兄さんは、ニヤリと笑ってみせるけど――
呻くほどに刺さった! 言ってることは分からなかったけど、凄い忠告!?
しかし、さすがに感覚的過ぎるので、もう少し深掘りしようとしたところで――
「リュカ様! 『妖精の浅瀬』が見えてきましたよ!」
とジナダンが報告してきた。
……今日のところは作業に専念するべきか? 峠は乗り切ったといっても、まだまだ危険な作業だし?
なんといっても義兄さんは逃げやしない。なので、この助言?も真意を問い質せるはずだ。
そう! 事前に警告までして貰えたのだから、また僕がやっちゃうことなんてない!
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