巨大な力
爆発の起こした轟音と衝撃、そして水飛沫は予想を遥かに上回るものだった。……念の為に遠くへ退避していて大正解だ。
そして想像外の出来事に腰を抜かしてしまったらしくグリムさんは、僕へしがみついてきた。
成人女性一人分の体重は、けっこうなボリュームがある。なんといってもグリムさんは、もう立派に大人だったし。
さらに天変地異?で驚いたトリストンも血相を変えて駆け寄ってくる。
「わ、若様!? ご、御無事で!?」
「もちろんだよ。安全を考えて離れていたしね」
「な、何事に御座いましょう!?」
別方向からもジナダンが走ってきたけれど……何と答えたものか。
「ち、地竜の尻尾が!」
「地竜の尻尾が跡形も無くなって!」
と連れ従えた
これは「爆薬を使って巨岩を砕いた」と教える訳にもいかなさそうだ。……爆薬からにして説明し難いし。
「か、雷かな? きっと雷が落ちたんだよ!」
しかし、ドゥリトル河の隠れた名所にして難所、通称『地竜の尻尾』が跡形も無くなったりするものなのだろうか、雷が落ちたぐらいで?
「そ、そんな馬鹿な……――」
「雷で家程もある岩が……――」
……うん。無理そうだ。当然至極な感想としかいえないし。
だけど、そんな兵士達へ鉄拳制裁が下される!
「リュカ様が雷と仰ったのだから、雷だ! この不心得者共が!」
「……! その通りであります! 自分が間違っておりました、隊長!」
まあトリストンなんだけど、ちょっと強権が過ぎない?
「リュカ様ならば雷の一発や二発――」
「あ、ジナダン! そうじゃない! 僕とは縁もゆかりもない感じ! ……偶々? 偶然?」
「――聞いたか、貴様ら? リュカ様が仰られた通り、いまのは偶然な雷だ!」
「「了解です! 何の変哲もない行きずりの雷でした!」」
流石は
そんな僕らの頓痴気な有様を呆れ顔で見ていた義兄さん達も、誓いの仕草を返してくれた。あれは「秘密は守る」の意味だろう。
……色々と問題が残っちゃいそうだけど、まあいいか。あとで考えれば。
「よし、それじゃ次へ急ごう! 今日中に残り二ヵ所――『妖精の浅瀬』と『顎漢崖』にも回りたいんだ! そうそう機会が無いからね! 今日の内に、全部を片付けないと!」
しかし、どうしてか僕の当然至極な提案は、全員からの白い目で応じられた。失敬じゃなかろうか?
そして全員を代弁するかのようにルーバンが――
「……向こうでも地震か雷が起こるんで?」
と当て擦ってきたので怖い顔を返しておく。
いいじゃないか、偶々に天変地異が助けてくれても! さっきの『地竜の尻尾』なんて、人力での撤去は何年かけても不可能だ。
しかし、これなら一撃でドゥリトル河の航行が可能となる。
そう、ダイナマイトの破壊力に頼れば!
ダイナマイト――というよりも、その原材料なニトログリセリンは、驚くほど簡単に作れてしまう。
なんとグリセリンと硝酸をエステル化――酸とアルコールを混ぜるだけだ。
厳密には硝酸と硫酸の混酸だったり、全工程を通じて厳密な温度管理――つまり冷やす為に氷が必須となるものの――……
ようするに材料を混ぜ合わせれば完成する。複雑な知識や道具は何一ついらない。
そして硝酸や硫酸は確保していたし、グリセリンは石鹸作りの折に、氷も硝石の時に入手済みだ。
あとは注意深く混ぜ合わせさえすれば、ダイナマイトまでは目と鼻の先といえる。
ここでダイナマイトまで技術を進めることに疑念を覚えた方もいよう。
全てはニトログリセリンの扱いづらさに起因する。
ちょっとした衝撃を与えるだけで爆発するのは有名だけど、実は起爆の難しい薬品でもあるからだ。
色々と条件を整えねば狙い通りには爆発を起こせない癖に、日常的な保管や運搬で勝手に爆発し易い。
もう道具として扱い辛過ぎる上、製造場所から現場へ運ぶだけでも命懸けだ。
そこで精製したニトログリセリンをダイナマイトへ――できた端から珪藻土へ染み込ませてしまう。
これだけで衝撃によって爆発を起こさなくなる上、なんと裸火に曝して平気だ。もう半端な方法では起爆もできない。
専門的には不活性化というが、しかし、これはこれで別の問題が生まれる。
爆発しなくなり過ぎてしまうのだ。
どのくらい爆発しにくいかというと、単純に導火線を射し込んでも起爆できない。
つまり、表面で黒色火薬や硝石が燃えても、それだけでは爆発しないのだ。
むしろノーベルの発明が凄いのは、確実に起爆させる方法もセットで考案したところか。
天才ノーベルは起爆剤という発想――雷管を思い付いたのだ。
「ダイナマイトが点火しにくいのなら、他の扱い易い薬品で誘爆させれば良いじゃない」という理屈だけど、それはそれで雷酸銀などが必要となる。……まあ僕は、すでに開発済みだけど。
まとめるとニトログリセリンを染み込ませた珪藻土へ、適当量の雷酸銀を張り付け、それを遠くから導火線――紙で黒色火薬を捩り入れた物――で起爆する。
これが初期型ダイナマイトだ。
ちなみに初期型はニトログリセリンが染み出てきて危ないので、長期間の保管は難しいし、油紙か何かで包んだ方が良かったりする。
ただ後期型ダイナマイト――
僕のような
備蓄しなければ――必要時に足りる分だけ作れば良いのだし。
しかし、次の現場へ向かう船上で、なぜかグリムさんに叱られた。
「リュカ様! なんなんですか、あの薬品は!」
「……え? だから……ニトログリセリンと、それで作ったダイナマイトだよ」
「名前なんて、お聞きしておりません! 確かに『かなり危ない』と仰ってましたが……ここまでとは!
それに腕の傷は……その怪我は、この薬品を調合される時に?」
隠していた前腕部の包帯も見咎められてしまった。
「ちょ……ちょっと失敗しただけだよ! これぐらい大したことないさ! いいかい? これでも僕は武人の卵なんだぜ?」
強がりもあるけれど、大したことないのは本当だ。……ニトログリセリン調合で起きた事故としては。
なにより指一本すら喪われていない。
この薬品は中学レベルの知識や機材でも調合可能なせいか、犯罪者や不心得者による事故が頻発した。
なんせ調合できた端から不活性化させようとも、その短い工程で事故を起こせてしまう。
もう命懸けな作業といえたし……あと少し運が悪かったら、僕も片腕を喪っていたかもしれない
「何のために私達が御傍に控えていると! この薬品は、これからは私が調合します! リュカ様は御手を出されませぬよう!」
「ええ!? 女の子に危険な作業を肩代わりさせるなんて――」
しかし、そこまでしか口にできなかった。
なんともズルいことにグリムさんが大粒の涙を零しはじめたからだ。
そして無言で泣き続けながら、それでいて強く僕のことを掴んで離そうともしない。
「リュカ様、御聞き入れになられては? グリム嬢の仰った通りで、御身は何物とも引き換えはできませぬ。
それに危険な作業のようですが……誰ぞの献身を思し召しならば、我ら
諫めるようにしてトリストンも翻意を促してきた。
「君達にやらせるだって!? でも、君達に捧げて貰った剣は――」
辛うじて黙ることができた。任務に上下などがあろうはずがない。
決死で敵陣への突撃も、命懸けな爆薬の制作も……どちらも等しく尊い献身だ。
「その辺で止めておけ、二人とも。それだけ言えばリュカ様だって、分って……下さいますよね?」
なぜに疑問形!? 仲裁するのなら、もう少し頑張ってよ、ルーバン!
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