闇夜に導く月
豪勢といっても、数年前の宴席と変わらぬメニューもあった。
例えば焼き立てのパンとたっぷりの蜂蜜だ。
いまや蜂飼い名人と呼ばれるプォールの元には、領内各地から弟子が集まっている。……息子、小プォールの地道な普及活動に誘われて。
ここで学んだ者は各々の故郷へ新しい養蜂技術を持ち帰り、いずれ領内中へ伝播していくだろう。プォール親子に任せて大正解だ。
そして『北の村』でも養蜂事業が拡大され、数年前とは比較にもならない蜂蜜を産出している。この分なら蜂蜜の名産地と呼ばれる日も近い。
また名物でもないけれど、あの『ゆで卵が一人に一つ丸ごと入ったスープ』も用意してくれていた!
しかし、数年前と同じ料理は、その二品だけだった。
前回と同じく主菜は羊、豚、鳥なものの、全て丸焼きを丸ごとにレベルアップを果たしている。それも一つのテーブルに一匹以上が供されて。
もう村人たちの
そもそも豚の丸焼きは、一頭分で五十人前にもなる。そして村人が四百人、僕らが百人と考えても五百人前――十頭分も用意すれば十分だ。それだけで他に何もいらない。
なのに加えて羊や鳥まで大盤振る舞いで……なんというか殺意に近いものを感じさせた。
もしかしたら満腹とならず宴を去った者は、村の掟か何かに反したと吊るされちゃったり!?
そして畜産だけに止まらず、魚介類も用意されていた。おそらく領都のブームに触発されたのだと思う。
まずは季節だからとサーモンの丸焼きだ。
なぜか目刺しみたいに串焼きにしていて、少しスケール感が狂ってくる。……きっと料理方法を思い付かなかったのだろう。
さらに魂が要求するのか、大量の牡蠣を買い求めていた!
古代ローマの頃から牡蠣は食されていたし、倣ったのかフランス人も生で食べている。……なんと踊り食いが――生きたままを食べるのが基本だ。
なぜなら冷凍技術がなくとも牡蠣は、数日の陸送に耐えられる。そして生きている間は痛まない。逆説的に内陸でも生食可能な海産物だ。
また魚介類を運ぶついで――氷を求めたついでと思ったのか、氷菓も用意されていた。……ざっくり五百人分が。
これには村の子供たちが蟻んこのように群がったし、小さな女の子達も代わるがわるに「リュカ様、次の御越しは?」と聞きに来た。
僕が再来すれば、この甘くて柔らかい甘味に、またありつけると思ったのだろう。
こまっしゃくれていて、実に可愛らしい。昔は義姉さんやエステルも、
もちろん大人の御愉しみ――酒も張り込まれている。
さすがに
そして特筆すべきは果実酒か!
養蜂技術の一環として水飴の作り方や道具も伝授したし、水飴ベースのお酒――大麦焼酎も作れなくはない。
しかし、その大麦焼酎に葡萄が――ようやく収穫可能となった葡萄の初物が漬けられていた!
強いアルコール、皮ごとの葡萄、追加の糖分に蜂蜜で……もうリキュールと呼ぶべき?
そう考えると年代物のワインより手頃だけど、
そんな老若男女、辛党から甘党に至るまで誰もが楽しめる豪勢な、それでいて素朴でもある宴が催された。
……これは『北の村』で末代まで語り継がれちゃいそうだ。ここまで
焚火の灯りを頼りに粘ってる村人達の様子を、僕は寝室のバルコニーから眺めていた。
……そこら中でお腹をパンパンに膨らませた男の子達が
食べ過ぎてしまい、自宅へ戻るのもままならないというか……観念して、そこで寝てしまったのか。
勝手気ままな息子達に母親達は、毛布か何かを手に大忙しだ。
それが終わって女衆は、やっと自分達の番だと食事を楽しみつつ、食べ残しの始末を相談していた。
さすがは歴戦の勇士たちというべきか。治に居ても
「お酒を飲んでるの、リュカ?」
「……そんな恰好で、はしたないよ義姉さん」
「あら? 洗濯したてよ、これ。どこか解れてたりする?」
……違う。そういう意味じゃない。
就寝時の習慣とはいえ、妙齢の女性が下着姿は如何なものか。
しかし、当の本人は全く意に介した様子もなく、当然の権利とばかりに僕のコップを奪い取る。
「美味し! それにお酒かと思ったら、
「当たり前だろ。僕の歳で晩酌は早いよ。葡萄の果実酒を飲みたいのなら、そっちの壺。母上への御土産だから、全部は飲まないでよ」
しかし、義姉さんもお酒を飲みたい訳ではなかったらしく、顔を顰めながら空になったコップを返してくる。……御代わりを御所望か。
「シュワシュワしてたのは、トロナ石?」
「うん。葡萄のジュースなら炭酸――シュワシュワしてないと!」
「シュワシュワばかり飲んでたら、また母さんに叱られるわよ? 私の分は控えめでお願い」
御注文通りに
そうやって出来上がった炭酸水に氷と葡萄の搾り汁、最後に蜂蜜で甘みを整えれば『葡萄サイダー』の完成だ。
「ありがとう。冷たくて美味しいし……――
義弟に作らせた
「……クルミも剥こうか? 探してくる?」
「馬鹿ね。もうお腹一杯。御手を煩わせずとも結構よ、御名代様」
なぜか怒られた。どこへ行けば義弟の人権救済は為されるのだろう?
「いい機会だから話しておくわね。お義姉ちゃんは、何処へだろうと――どんな人のもとへだろうと、リュカが望む家へ嫁いであげる」
「へ?」
「馬鹿ね、私がお嫁さんになる時の話! どこへ嫁ごうとも、誰を旦那様にしようと……そこで皆がリュカの味方をするように頑張ってあげるから」
「ね、義姉さんが結婚なんて早いよ!」
「春には十五なのよ? クラウディア様だって、十五の頃には御輿入れされてたじゃない」
「は、母上は特別というか……家同士の問題も――盟約もあって……――
というか義姉さんが結婚なんて駄目だよ!」
なおも言い募ろうとしたところで、しかし、義姉さんに抱きすくめられてしまった。……泣き止まない赤ん坊だった僕を、そうやってあやしていた頃の様に。
「お義姉ちゃんが悪かったわ。リュカがいいというまでは、お嫁になんていかないから」
正直、無茶苦茶だったけれど、それで何故か人心地がついてしまった。もしかして、おかしいのは僕!?
「私、結婚はともかく、赤ちゃんは欲しかったのだけど……――
思ってた以上にリュカは、分ってなかったのね。さすがに驚いちゃったわ」
批判的に、そして心底心配そうな様子で嘆かれてしまった。
「い、いきなりな話だったから! それで吃驚しちゃったんだよ……」
「もしかしてステラにも、同じワガママを通すつもりじゃないでしょうね?
あの子は、もっと手遅れなのよ? 何処へ嫁がせるにせよ――
リュカと同じぐらい凄い人とじゃなきゃ絶対に首を縦へ振らないわよ? 探してあげられるの? そんな珍しいお婿さんを!?」
「す、ステラにだって結婚なんて早いよ!」
頭痛でもするのか義姉さんは、指で眉根を揉みながら黙ってしまった。アスピリンを持ってきてあげた方がいい……のかな?
「ポンドールとグリムにも分かってないことをいったら……――
お義姉ちゃん、本気で怒るからね?」
「もちろんだよ! ば、ばっちり分ってるから! あ、安心して!
でも、勘違いしてたらアレだし……もう少し噛み砕いて説明してくれると……助かる。あー……念の為? そう、万が一に備えて?」
「クラウディア様! 母さん! 私達は間違えてしまいました! 私達の小さな赤ちゃんは、とんでもない朴念仁に!」
義姉さんは三人目の母親とでもいうべき人だから、多少は堪えられなくもないけど……さすがに天を仰ぐなんて、少しだけ失礼じゃなかろうか。
しばらくの沈黙の後、意を決したかのように義姉さんは姿勢を正した。
「クラウディア様に薫陶を受けた者として提言もしておくわ。
リュカ、真剣にネヴァン姫との婚姻を検討しなさい。あの娘だけが、貴方の必要とする力を授けられます。……それは私達の誰にも叶わないの」
「は、母上の……薫陶って!?」
「……貴方の御母上様が只者とは、リュカも思ってはないでしょう?
私は、クラウディア様の為さり様を身近で見てたから……普通の女には分からないようなことも、少しだけ理解できるようになったのよ」
それは閨閥だとか、女による政治干渉だとか……男の僕には、どうしても分り難い分野の事だろう。
でも、ネヴァン姫が僕に授けられる力って?
「それと貴方にしては珍しく結論が出ないようだから、お義姉様から有難いアドバイスも授けてあげる。
一番偉い人を――王様を目指してみたら、リュカ? ほとんどの問題は、それで解決よ?」
僕に覇を唱えろと? いや、そんなことは不可能だ! そもそも誰に? そして何処へ?
でも、確かに解決策も内包している。どうしてか、そう直感的に理解できたけど――
「それに知ってる、リュカ? 王様は奥さんが何人いても叱られないのよ?」
……なんか、もう! 色々と台無しだよ、義姉さん! その一言で!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます