北の村、再び

 『北の村』は、もの凄い様変わりをしていた。

 まず目立つのは耕作地だ。数年前と比べて畑が、倍ぐらいになっている。

 そして拡大されたといっても、漫然と切り拓かれた訳ではなかった。輪栽式ノーフォーク農業向けに、大きく区画分けをされている。



 実のところノーフォーク農法――輪栽式、あるいは四輪作法と呼ばれる農業形態は、農地の厳密な管理を必要とした。

 原理的には『かぶ』、『大麦』、『クローバー』、『小麦』の順番で作付けすることで、休耕しない分だけ生産量を増やす。

 『かぶ』と『クローバー』を挟むことで連作障害を避け、地力の回復も図れるからだ。

 さらに『かぶ』と『クローバー』は飼料となり、一年を通じて家畜の確保も可能とした。

 これで冬ごとに計画的減産を強いられていた畜産業が、年を経るごとに増産へと変わる。

 農業と畜産業の両方を同時に、しかも大改革というのが、輪栽式ノーフォーク農業をターニングポイントとする所以か。


 ちなみに前世史では導入に前後して、悪名高き『第二次囲い込み』が行われている。

 ……ようするに資本家や大地主が農地を買い占め、大半の農民を賃金労働者化した。

 しかし、賃金が支払われるといったところで『小作農』や『水呑百姓』などと呼ばれる貧農でしかない。

 農業は自らが土地の権利を――収穫に対する権利を持っていて、初めて就業が検討に値する。決して賃金労働に向いた商売ではない。

 また失業者や浮浪者を発生させたし、それは社会不安の原因ともなった。

 それどころか農奴制との親和性も高く、文明的には悪手と見做されるほどだ。



「『株』を持った領民で相談?でしたかな?」

「そのように胡乱な手段を経ずとも……若様の意を下達されれば良いのでは?」

 畑の視察をしながらもウルスとセバストは、『株式農村』というシステムが疑問のようだった。

「村の人達には、主体性を持って欲しいんだ。命令に従うだけじゃ、いつまで経っても変わらないしね。

 それとも二人は『村人全員を奴隷にでも落し、僕の命令通り働かせ、最低限度の生活だけ保障』とかを勧めたいの?」

 輪栽式ノーフォーク農業は、それでも導入できた。どころか手間や収益を考えたら、その方が楽ですらある。

「これまでだって耕した分の収穫は認めてきた。……土地の使用料や税の徴収もしたけどさ。まあ、それは安全保障の代金でもあるし?

 やっぱり頑張った人が正当に報われない社会は歪だよ。そんなのは良くない」

 ……我ながら青臭かった。でも、これこそが僕の行動規範な気もする。

「正しく徳のある……王道でしたか? そう呼ばれるに相応しい御考えかと。

 それに奴隷制を導入なんてした日には、カーン教徒が蜂起しちまいます。

 この歳で聖母の説教は御免被りたいところで。知ってますか? あの棒で叩かれると、けっこう痛いんですぜ?」

 そうシスモンドはお道化たけれど、わりと実現しちゃいそうで嫌だ。

 ユダヤ教徒を例に挙げるまでもなく、もう全世界的に宗教的蜂起や抗議は一般化している。……この時代の宗教は、虐げられた者が最後に縋れる希望だし。

「それで『株』の所有を制限しとったんですね。領主様か農民だけに」

「……ほっといたらポンドールは買ってただろ?」

「もちろん。全部の『株』を買い占めとったはずです」

「いつでも商人は厳しくて困っちゃうな。……人のことは言えないか、この村に関しては」

 細かな数字を知ってるポンドール以外は、訝しげに首を捻っていた。



 なぜなら『北の村』へ八公二民もの重税を課していたからだ。

 前世史でも八公二民――全て諸々込みで税率八割というと、倒幕の野心に燃えた薩摩藩ぐらいしか例がない。

 軍事独裁国家やテロリスト集団が、明日を考えずに徴税――それが八公二民という猛政だ。

 ……ちなみに中期から後期の江戸幕府は四公六民だったが、それでも農民は楽じゃなかったという。


 しかし、いま『北の村』へ課してる八公二民は、どちらかといえば村民保護を目的としている。

 そもそも『北の村』は総人口三〇〇人強、世帯数に直して十数軒ほどだった。世帯収入も前世史の価値へ直せば二、三百万円ぐらいか。

 そして年間総生産も、おおよそ三千万円だ。僕の――領主の取り分も込みで。

 けれど輪栽式ノーフォーク農業の導入や農具改革、硝石の活用と――いまや『北の村』の生産力は、かつての十倍以上となった。

 当然に年間総生産も三億以上となり、五公五民でも各世帯のは一千万円以上となる。

 そんなの人生が歪む。もう成金どころじゃないというか……八公二民ですら手取りが数倍へ増額で、軽いバブル状態となっちゃったし。

 どの家でも次男坊を独り立ちさせて分家に――つまり新築の家を建て始めてるのが、その証拠だろう。



「……家を同時に二軒も建て増す村って、初めて見やしたぜ」

「農耕馬の数も異常な気が……」

「それより井戸を見るべきかと! 村にしては数が多過ぎでは?」

「税金を多くとった分、色々と補助やら支給やらしてるんだよ」

 八公ということは、税収が前世史の価値で約二億四千万円相当だ。

 これを全て懐へ入れたら泥棒も同然なので、村のインフラへ多額の投資をしている。

 なかでも果樹園はウケが良かったというか……数年の収穫がない期間――無報酬となる期間も、収入増からか不満なく従事してくれた。

 結果、追加の資金投入なしでブドウ園とリンゴ園を確保と、当初予定を上回っている。


「この様子やと初期費用分の貸し出しは、ええ商いになるかと。それぐらいはお許しいただけるねんなぁ?」

 なんのことかと思えば、他の村々へ実施時の話か。

 でも、成功確実な地方開発であり、投資案件とみたら優秀だ。返済も収入増を当て込めばよいのだし。

「ポンドール嬢の――朱鷺しゅろ屋の申し出は、ありがたい話かと。この輪栽式ノーフォーク農業?でしたかな?を導入しない手はありませぬ。おそらく十年もしない内に、領内の赤字も根絶するかと」

「ですが、家中の者共は借入どころか、返済で手一杯となっておるのでは?」

「そこは朱鷺しゅろ屋にお任せを。北部は――ドゥリトルの方々は借金を踏み倒さんと、この前に分りましたし。これなら貸主は、なんほでも集められます」

 『北の村』の成功を前にウルス武官の長セバスト文官の長、そして朱鷺屋出入り商人の三者は結託した。

 どうみても職権乱用かつ癒着の構図なんだけど……実際的には、真っ当な農政改革? なんだか頭がこんごらがらかってきた。


「なんでもいいけどさ! やり過ぎないでよ? 特にポンドールは!

 あのね? 僕は、この景色が観たくて始めたんだよ?

 皆が幸せで……空腹に泣く子供なんて一人もいなくて……誰も寒さに凍えたりせず……とにかく頑張れば、それが何事であろうと達成できる。

 そんな当たり前であって欲しいことが、当たり前な世界。それを目指したんだから」

 口にしてみれば、それは僕の『目的』そのものだった。

「御立派な御志ですが……征くは苦難の道程ですぞ」

「だから? 辛いとか、難しいとかは……やらない理由に足りないよ。

 この問題に、いまだ勝った人間はいない。もう勝てるのか疑問ですらある。

 それでも戦う前に降参なんて! 諦めるのは、負けてからで十分!

 もしかしたら子々孫々と受け継いでいけば、勝てるかもしれないし――

 少なくとも負けるまでは、抗い続けられる。いつか勝つ日までね」

 狂人と、僕を誹る者もいるだろう。

 しかし、これこそが偽らざる本心だったし、僕の譲れない『目的』だ。


「半分も理解できませんでしたが、どこへだろうと御供しますぜ、若様!

 御存じないかもしれませんが、小官は負けないことに定評を――」

「なにが定評だ、馬鹿もん! お主のは泥仕合というんじゃ! 負け戦の時ばかり張り切りおって!」

「でも、ウルス隊長殿みたいに『普通に戦って、普通に勝つ』が得意だらけじゃ……引き分けたい時に困っちまいますよ」

 『普通に戦って、普通に勝つ』に『負け戦を泥仕合へ持ち込んで引き分け』と、どちらも尋常な才ではない。さすがはドゥリトルが誇る将軍達というべき!?

「なんでもええさかい安上がりに戦うて欲しいわ。皆して、使うことばっかりや。

 そう考えると若様、あの税率は大正解でした。村の人達、持ち慣れへん大金に我を失うてはる」

 呆れ顔のポンドールが振り返った先では、僕達を歓待する宴の準備が始められていた。……場違いなまでに豪勢な感じの。

「た、大金を手にして、それでのも……それはそれで得難い人生経験だから!」

 ……一応は村人たちの弁護を試みたものの、あまり上手くいかなかった。

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