ゲームと決定的に異なること

 それでは出発となり、ジュゼッペとゲイルも御者席へと戻った。

 トリスタンとジナダンも指揮官用の馬へ、休憩していた軍団兵も立ち上がって姿勢を正していく。

 悪くない。きちんと統率が取れているし、動きもきびきびしている。

 さらに白で縁取りした青いサー・コート――鎧の上へ羽織る袖なしの上着――と黒のショートマントは見場も良かった。

 まあサー・コートの発明は軽く五百年以上先で、さらに軍団へ御仕着せも稀と思うけれど……別にいいだろう! かっこいいんだから!

 その後に騎士ライダー達も――ティグレ達も各々の従士と――義兄さん達と追従する。

 どちらかというと今回は、義兄さん達のオマケな師匠マスター達だけど……武官と文官の長――ウルスとセバストも同道しているから、その護衛も兼ねていた。……あと筆頭百人長のシスモンドもか。

 最後に義姉さんやエステル、それにレト義母さんが、やはり騎乗して続く。

 いまさらだけど女性へ騎乗訓練を施さない文明は、それだけで可能性を狭めているように思えた。

 ……この辺は大陸的というか、僕の根っこが島国的というべき?

 おそらく『逃げる』という選択肢に、それほどの希望を見いだせないのだろう。どこまでも地続きだと。



 そして遠慮しつつポンピオヌス君が馬車へ乗り込んだところで、隊列は進み始めた。

 ちなみに政治向きな可能性を考えてかポンドールとグリムさんは、礼儀正しく無関心を装ってくれている。

「ポンピオヌス君! 相談事があるのに、言い出せなくて困ってるでしょ?」

「ええっ!? さすがの御慧眼! ですが……どうして、それを!?」

 油断してたのかポンドールは、咽かけたのを辛うじて堪えていた。

 やめろよ、そういうの! 僕も釣られちゃうだろ!

「分からない訳ないだろ、もう……顔に書いてあったんだから!」

 やめて! 慣用表現を真に受けて、ハンケチで顔を拭うのは! 車内が『絶対に笑ってはいけない馬車』になりかけてるから!

「でも、ゲルマン討伐へ参加したいとか、したくないだとか……その手の話ではなさそうだね」

「当然にございまする。まだ数ならぬ従士の身で、そのような差出口は大それたこと。ようやくポンピオヌスめも悟りました」

 きっぱりと言い切る様子は気持ちよくもあり、悲しくもあった。

 初陣でポンピオヌス君は、戦士としてのを済ましている。……そうあれと育てられた僕らは、もう無邪気で純粋な頃へ戻れやしない。


「なおさら分からないな。御父上は、北部の主張に賛同して下さったけど……その絡みかい?」

「その問題といいますか……それが遠因になったといいますか……――

 以前、ポンピオヌスめに許嫁が居ることは、申し上げたかと?」

「……ジョセフィーヌさん、だっけ?」

 もちろん覚えている。ポンピオヌスってば、年上の許嫁を御持ちになられているのだ!

 風景に徹し、聞こえないふりをしていたポンドールとグリムさんが揺れた。……なんと最近はポンドールでも揺れられる!

「ジョセフィーヌ様の生家が、西部なのです」

「……なるほど。そういうことね」



 ポンピオヌス君の家は王に仕える騎士ライダーなので、自動的に王の派閥――東部派と見做される。

 その領地がドゥリトル領に囲まれて――北部にあってもだ。

 しかし、北部と王が対立してしまった以上、敵中に孤立と考えられなくもない。

 ……というかドゥリトル的には、領内に敵性勢力を抱えたも同然だ。

 普通ならを取る。……よい敵対勢力は、滅んだ敵対勢力だけの理屈で。

 見越してかポンピオヌス君の父上は、北部に同調し王への非難声明まで布告した。……王に忠誠を誓って領地を賜った騎士ライダーが。

 そこまでされてはドゥリトルとしても、プチマレ領の庇護を続ける他なかった。



「王太子におかれては、王家の騎士ライダーを所払いし、その領地も没収を」

 あまりな想定外の手段に、あわや「狡い」と言いそうになった。……誹謗するならともかく、羨ましがっては不味い。



 仮に『北部王』が立って、ドゥリトルも傘下へ加わったとする。

 さらに「王家の騎士ライダーは追放し、その領土も没収だ」と命じてきたとしよう。

 つまり、ドゥリトルでいえばポンピオヌス君ちの一族郎党を追放し、プチマレ領も接収となる。

 もちろん、そんな時の対応は決まっていた。

「そのような盟約に悖る行い、できるはずもなかろう! だが、しかし、『北部王』の命令とあれば、致し方なき次第か……古き誓いと新しき忠誠に、この身は引き裂かれんばかりの思いだ!」

 とでも嘆きながら、やることをやってしまえばいい。

 それで積年の懸案事項は解決し、臨時収入は嵩んだ戦時出費への補填ともなる。

 敵勢力への嫌がらせであり、味方には人気取りを兼ね、財政の対応策にもなるという――まさに一石で何鳥もの妙手だ。……高まる悪名さえ気にしなければ。

 だが、古来より支持された王は、味方の腹を満たし続けた。なにより味方へ手厚くであり、それを厳守の王太子は正しい。



「その凶手は、西部の自由農民にまで及んだとか!」

「あー……まだ西部は自由農民とかいるのかぁ……」

 時代によって定義は変わるのだけれど、ようするに王へ忠誠を誓っていないポンピオヌス君ちが、一番実情に近い。あるいは村長一家が治める独立国だろうか?

 まあ現実的には、そんな夢のようなことが罷り通るはずもなく、近隣の実力者へ朝貢などで成立する。

 しかし、せっかく払った『お友達料』も、政変によって無駄となってしまう。いつの時代も自由農民は、時の支配者から非常食扱いされがちだし。



「……もしかして王都は、王への陳情で行列とか?」

「王宮の様子は、ポンピオヌスめに分かり兼ねますが……ジョセフィーヌ様には、プチマレ領へお越し頂くしかなく……」

「……一族の方、共々で?」

「もちろん! リュカ様の! 御城代の御許可を――ドゥリトル通行の御許可を頂いてからの話に御座いまする!」

 この程度の話で、ポンピオヌス君が相談すら遠慮? 少しおかしい。

「ああ、も沢山ついてきそうなのか」

「……はい。何家かから、リュカ様へ紹介も頼まれておりますし……放逐された自由農民などは、当ての無い者ばかりだとか」

 どんな藁だろうと試してみるべきではある。それこそ死活問題だし。

 でも、僕にいわせれば、そんな人達を助けたところで何のメリットもない。むしろ、東部へ――王に面倒事を押し付けた方が良いまである。

「ポンピオヌスとて、リュカ様に丸投げする気はございません!

 これで嘆願は為したことになりますし、あとはポンピオヌスめが事を上手く運べなかったというだけで!」

 口を利いてはみたものの、あえなく不首尾に終わった。そこを着地点にもできる。

 そしてジョセフィーヌさんや家族はプチマレ領へ通し、他の招かれざる客を東部へ追いやって?

 でも、それが正解か? ポンピオヌス君にしては珍しい頼み事なのに?



 しばし思いを巡らせていたら、不意に足りないものを理解した。


 僕には目的がない! 少なくとも、このガリア争乱においては!


 ずっと後手後手に回されて勘違いをしていた。

 それは手下てか外交官スパイがいないからで、常に相手の先手も我慢と思っていたけれど……どうやら間違っている。

 べつに相手の意向と無関係な手を進めてもよかったし、それなら先手後手も発生しない。

 また情報戦で負けているのなら、いっそのこと無視してしまう手だってある。

 なぜなら情報優位は望ましいだけで、絶対の勝利条件ではない。


 そして目的がないものだから、王への対応にも悩んでしまう。あるいは西部から来る客人たちへの対処を。

 ……当たり前か。勝利条件ゴールを定めなければ、利益一つ進む不利益一つ戻るの区別もできない。

 手番が来るたびサイコロも振らずに唸っている。いまの僕は、それだ。

 しかし、ならば『勝ち』を求めて、自軍以外の『王』を全て討ち取る?

 ……それで僕は、『勝った』と思えるのだろうか?

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