試験道と試作馬車
前回とは、『北の村』行きの人員も大きく変わっていた。
まず僕がブーデリカに同乗してない。試験運用を兼ねて馬車にしたからだ。
「かなり上手くできてるね。施工の際に、なにか困ったりした?」
アスファルト舗装されたドゥリトル城と『北の村』を結ぶ試験道を踏みしめながら、トリストンに問いかける。
「最初は上手くいきませんでした。ですが、あの先生役のローマ人も――セクンドゥスも、馴染んでからは
「元気にしてるかなぁ、セクンドゥス先生。どうしてか
しみじみとジナダンも思いを馳せちゃってる。
でも、セクンドゥスって日本語訳したら『二郎』だし……政治的理由で冷や飯を宛がわれたトリスタン達に、共感を持ったんじゃなかろうか。
ドゥリトルが捕虜や鹵獲からの機密漏洩を危惧したように、こちらだって敵対勢力から技術を盗める。
そしてガリアに比べたら帝国の技術レベルは最先端にも等しい。……その帝国だって中東に比べたら全然なのだけど。
とにかくローマの士官なんてのは、生きた軍事機密も同然だ。
なぜなら全員が一定の教育を施されているし、ローマ軍団の誇る土木建築においては現場監督をも務める。
ガリアの水準だと工兵隊の技術官にも等しい。誰も身代金を払ってくれない次男坊の士官などは、狙い所な人材といえた。
どうやら最初は帝国への忠誠心からか反抗的だったようだけど、それこそ人は長く好意に逆らえない。
ましてや技術の伝授と引き換えに、
最終的にはジナダンと師弟関係めいたものまで結んだようだから……まあ首尾よく誑しこめた部類だろう。
「何れは領内全土に舗装を?」
「……どうしようかな。まだアスファルトを温め直す……うーん……炉? それを思い付いてないんだよね。特別な炉でなくとも良いはずなんだけど……」
ローマ式に森を切り拓き、整地し、両端へ木材を埋め、その中に砂利を敷き、最後に転圧を掛ける。
ここまではカサエー街道と同じだ。
しかし、この試験道は、仕上げとしてアスファルトを流し込んである。
溶鉄炉から輩出される
当然に冷えれば、石へ戻りながら固まる。
これを試験道へ仕上げとして流し込めば、簡単ながら石畳となるし……砂利などを混ぜて嵩増しすれば、アスファルトかコンクリートだ。
実際、前世史でも両者の原材料として扱われている。
どちらなのか判別できないものの、どのみち使い方は同じだ。問題は無い……と思う。
それで試験的にスラグの出る度、流し込んでいたのだけど……あくまでも試験道が
なぜなら遠くだと運ぶ間にスラグが冷めてしまう。保温方法か再加熱の道具が必要だった。
「数年は経過を観察したいんだけどなぁ……そもそも
だが、道路工事業者も、そのうち誕生するはずだった。
どうしても軍団兵の子達から、兵士に向かない者が脱落していく。……人殺しなんて商売は、無理な人には勤まりはしないし。
そのドロップアウト先として、健全かつ確実だろう。道路工事業は。
「カサエー街道だけでも仕上げてしもたらええのでは? 中途半端は良うないですし」
僕らの様子を馬車の中から眺めていたポンドールが、意外にも街道整備を勧めてきた。
「商人も馬車が使い易くなったら助かるかもだけど……当面は駱駝の方が便利に思えるんだよなぁ。あれは悪路でも問題にしないし」
それに不整地のままとして置けば、防衛に利する。どうにも街道は敵を呼び込むイメージが強くていけない。
「ですが、この馬車なら私共のような女子供でも移動が叶います!」
珍しくグリムさんは嬉しそうだった。
まあ馬に乗れない二人は、これまでなら自動的に留守番だ。もう世界が広がったのにも等しい出来事か。
「うち、馬車は大っ嫌いやったんやけど、これなら一日中でも我慢できますわ」
商売での移動も多かったらしく、それなりに馬車の
僕的には、いま一つな完成度で、もう研究中止としたいぐらいなのになぁ。
「分かりましたぜ、若様! どうやら跳ね飛ばした石を噛んじまったようで!」
いいタイミングで試作馬車の下へ潜っていたジュゼッペが戻ってきた。
「ああ、そうか! 石だの泥だのが入らない様に、カバーが要る!」
「それに上手いこと拵えれば、少しは音を小さくできるかも知れませんぜ?」
ギィギィと煩くて不満だっけれど、確かに問題解決の糸口になるかもしれない。
「
ジュゼッペに続きゲイルも這い出てきた。どうやら
タイヤと聞いて首を傾げる方も居られると思う。
もちろんタイヤにはゴムか合成ゴムが必要だ。……
しかし、前世史の最先端タイヤ研究で、辛うじてゴム素材無しでも製作可能なタイヤが発案されている。
エアレスタイヤが、それだ。
もの凄く簡単に説明してしまえば車輪のホイルと接地面の間に、エアではなくバネの類を入れて作る。
エアクッションではなく、バネクッションという理屈だ。
残念ながら高耐久かつ高性能のバネやスプリングの制作は難しかったので、もの凄く短い中空な円柱で代用した。
……直径一〇センチほどの鉄パイプを思い浮かべて、それを二センチ程度の幅で切り落とせばいい。
それで『もの凄く短い中空な円柱』だし、バネの代用品とも見做せる。
これをタイヤの代わりに
そうしておけばリングを潰そうとする力が他のリングへも伝わり、常にリング全てでバネの働きをしてくれる。
さらには条件が許す限りに列も増やす。使うリングの数が多ければ多い程、効果や耐久性を期待できるからだ。
仕上げとして接地面側も車輪状に覆い、力の分散が起き易くしておく。
最後にカバーかつ緩衝材としてコルクを履かせれば、『鉄リング式エアレスタイヤ』の完成だ。
鉄リング式エアレスタイヤは、確かに効果が認められた。……その騒音に目を瞑れば。
皆は性能に感心しちゃってるけど、僕にいわせれば煩くて敵わない!
我慢しようと思えば我慢できるのが、さらに不満の募るところか。まるで漕いだら煩い自転車だ。
エアレスタイヤ、車体へ取り付けたスプリング式と板バネ式のサスペンション、スプリング利用式の座席クッション、凹凸がほとんど無い舗装された道路と――思い付く限りはやってみたけれど、いまいちに思えてならない。
なんというかチューブタイヤの発明まで車輪文化が爆発しなかった理由が良く分かる。チューブタイヤは凄過ぎだ。
憮然として試作馬車を眺めてたら、やはり馬車に乗ったターレム
どうやら心配してくれたらしい。……角度のせいか、隻眼が下手なウィンクに思えて腹立つ。
ちなみに誰よりも試作馬車を気に入ったのは、ターレム
これで歩かずに済むと悟ってからは、休憩中すら馬車から出て来やしない。
しかし、よくよく考えるとターレムは僕と同い年で、年が明けたら数えで十二歳となる。
僕なんかは、もうすぐティーンの仲間入りといったところだけど……大型犬の場合は、もう老齢といえた。
いくら犬は歩くのが好きといっても、そろそろ加減してあげなくては駄目か。
とりあえず返礼とばかりに、毛並みをクシャクシャに撫でておく。慌てたターレムは「止めろよ」とばかりに甘く噛みついてきた。
ひひひ、これで毛並みを繕うので忙しくなるぞ。
「よし、馬車の問題は解決した! 出発しよう!
――ポンピオヌス君、馬車に乗ってみたら? 話し相手になってよ!」
……わざとらしさは消せたかな?
しかし、どうして僕が『北の村』へ向かうと、誰かが深刻な悩みを抱えちゃうんだろ?
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