豊穣な成果
持ち込まれた皿々には、蒲鉾が山盛りとなっていた。……揚げてあるのは薩摩揚げと呼ぶべき?
とにかく納得のいく品が、ようやく完成したらしい。やっとこ懐かしの味と御対面だ。
蒲鉾なんて簡単な料理を、すぐに作って貰えないのはおかしい?
僕もそう思う。もう同意しかないのだけど、しかし、なぜか最近はレシピ伝授に問題ありと考えられている。
必要最小限度な情報で済ましてしまうせいか、すぐに改良案が判明してしまうらしい。
しかし、蒲鉾なんてものは魚を擂り下ろし、塩を足して二十分も混ぜ続ければタネができる。
それを適当に成形し、三十分ほど蒸せば完成だ。あるいは揚げて。
まあ確かに白身魚の方が適してたり、鮮やかな白色の為に氷水で〆るべきだったり、タネも裏ごしした方が滑らかになったり、下味をつけた方が美味しかったり、片栗粉を使った方が固まり易かったり……――
幾つかのコツもあるけれど、そんなの枝葉末節じゃなかろうか? 最初のレシピでも問題なく作れるし?
けれど、それが義母さんは納得いかないことらしく、試行錯誤が済むまで一口も食べさせてくれなかった。……酷く横暴じゃなかろうか?
それでも念願の蒲鉾なので、いそいそと準備を始める。
小皿には醤油代わりの魚醤! そしてワサビ代わりに
「トリストン! ジナダン! 休憩したら? 二人も一緒に食べよう!」
扉のところで立番をしていた二人へも声を掛けておく。
なぜか親衛隊――金鵞城から出向してくれた子達は、言わなきゃ休まないから気を遣ってしまう。
「詰所の方には?」
「あちらの分も用意して御座いますよ、若様」
こんな時、母上の御指導を有難く思う。
小さなことかもしれないけれど、護衛対象や隊長だけが
「坊主どもは、真面目に働いとるようで。しかし、常々疑問なんですが――
どうして帝国の王様は、ちょくちょく親衛隊に暗殺されちまうんですかねぇ?」
さすがは舌禍のシスモンド。もの凄い爆弾発言だ。
一応、金鵞城の子達は弟子筋に当たるから、ギリギリ侮辱とはなってないけれど……好意的解釈は、非常に難しい。
「それをいうなら王様じゃなくて皇帝だろ?
あと皇帝が暗殺されやすいのは、帝国の政治システムに瑕疵があるからだよ。
なんといっても帝国軍の最高司令官は、皇帝自身だからね。これは来歴からいって絶対に変更できない。
でも、それだと皇帝が戦争責任を取らされる。たとえば今回の停戦とかも。
だけど皇帝を降格させたり、処罰したりはできないから……対応手段は限られちゃうんだよ。
つまり、親衛隊のシステムじゃなくて、ローマ皇帝の成り立ちに問題がある。
同じ帝政でも、皇帝が最高司令官を任命する方式なら……
「なるほど。確かに
ドジった時には処罰なり、降格なりで責任を取らせれますね。面白い御考えで」
シスモンド自身が次席司令官にも等しいのは、理解してるのかな? いざという時に責任を取らされる立場なのを?
それに暴言スレスレだったのを咎めるべきか、皆も黙り込んじゃったし。
どうしてくれんの、この微妙な雰囲気!?
そんな重い空気の中、ずっと考え込んでいたエステルが、自陣の『王』を横へ倒した。
チェスなどで
「……閣下、嫌い!」
悔し紛れでも許されざる暴言だったけど、どうしてか「天罰だな」との雰囲気になった。……本当に口は災いの元だ。
「って、ステラ! そんな憎まれ口を! そんな悪い言葉を使うようじゃ、針で縫い合わせてしまうからね! 閣下にも、謝りなさい!」
娘の無作法に慌てたレトが慌てて叱るものの、エステルは小さな赤い舌を見せて応える。
……拙いな。僕とサム義兄さんで、エステルを甘やかし過ぎたか?
いいから慰めろとばかりに頭をぐりぐり押し付けてくるので、よしよしと頭を撫でて落ち着かせる。
……義兄さん、男親代わりの厳しい指導は任せたよ!
「と、ところで! こいつは何なんで? 魚の味がしますけど?」
「これは蒲鉾だよ。魚と塩だけで作れるし、食中りし難いんだ。
領都でも海魚がありふれてきたせいか、川魚まで流行り始めちゃったからね。安全な食べ方を周知しとかないと」
日本には魚介類を擂り下ろしたり、臼で突いたりの料理方法が数多く伝わる。
これは日本人が猟奇的だからではなく、ほとんどは寄生虫対策だ。
どんなに危険な寄生虫であろうと、粉々にしてしまえば無害とできる。見た目の印象以上に理に適った対策だ。
さらに高濃度の塩分で細菌類まで死滅させたり、蒲鉾みたいに高温で蒸して殺菌したりと――
実はサバイバルの分野にも通じる技術といえた。
この手順だと材料自体が毒でもない限り、なんであろうと食料にできる。
「駱駝運用の実地試験で、魚食ブームを起こしちゃったからね。まさか下町の人達が、ドゥリトル河の魚を食べ始めるとは……」
駱駝はドゥリトル唯一の漁港から、毎日百キロ強の海魚を運んできてくれる。
しかし、これを領都の人口――最近は増えて一万五千人ぐらいか?――で割ると、一人あたり六グラムしかない。
まだまだ富裕層御用達の高級食材だ。それで庶民にも「川魚は食うな」と言い難いのだけれど……寄生虫を由来とした危険な病気に蔓延でもされたら困る。
そんな訳で地味ながらも有用な現代科学チート『蒲鉾』の出番という訳だ。
まあ前世史でも『SURIMI』という名でヨーロッパ人に受け入れられていたし、それなりに定着することだろう。
「あの駱駝っちゅうのは便利ですわ、うちも何頭か欲しいくらい」
エプロン姿のポンドールが、給仕しながらチラチラと様子を窺ってくる。
……購入を無駄遣いと断じてなかったか、キミ!?
しかし、流通の概念を理解したあたり、やはりポンドールは尋常ではない。
客が買いに来るのを待つのではなく、客のところまで売りに行った方が、商機は掴みやすい。
ごく単純な理屈だけど、至高にして究極な手法の一つではある。
ただ理想を言うのであれば、ドゥリトル河を縦軸に、駱駝での輸送を横軸として――領内全域を市場化がベストか。経済が活発になれば税収も増えるし。
「最近の兵食に肉が増えたのも、駱駝が理由で?」
「それは領都に限ってだし、原因も別なんだけど……少し説明が難しいんだよな。
『北の村』でやってる
冬になる度に数を調整しないで済むというか……常に家畜のいる環境だから、いつでも供給可能というか」
実のところ初期の農耕文明で肉食は、かなりの贅沢だったりする。最終的なランニングコストが高くつくからだ。
踏まえると少量でも供給可能な時点で驚嘆に値する。
「『北の村』! あっこはおかしいです! いつ行っても大きくなっとるし、何を持って行っても売れてまうし!」
まあ、そりゃそうだろう。
その豊かな食糧事情を背景に働き手は増える一方だったし、余った労働力で開拓へも着手している。
さらには領都近郊という立地で、余剰生産物も飛ぶように売れていく。領都も領都で、住民が爆発的に増加しているからだ。
その収益を背景に、いまや『北の村』は強い購買力を持つ市場へ育っている。
ただ、これまでに僕は数多くの種を蒔いて――現代科学チートを導入してきた。
そろそろ明確な収穫があってもおかしくはない。相乗効果だって当然ですらある。
それでも『北の村』の発展には、深い喜びに満たされてしまう。
僕は失敗もしてきたけれど、ちゃんと成功も積み上げれたのだ!
「それで
よろしければ小官も御供にして頂けたらと! これでも小さな所領を御預かりしておりまして!」
何用で顔を見せたのかと思えば、個人的な嘆願か。シスモンドにしては、実に珍しい。
この様子だと『北の村』の成長は、領地持ちの間で話題に?
「それやったらウチも行きたいです! 村の査定もせななりませんし!」
『北の村』を担保にと持ち掛けたのは僕自身だし、ポンドールの要請は妥当?
「そのような御予定が? すぐにでも御出陣の用意を……――」
「ちょうど近衛の制服も用立てて頂きましたし、お披露目としては?」
トリストンとジナダンも話を大袈裟にしていく。
あれあれ? これで僕は外交の手配とかが忙しいんだけど?
視察なんてパッと行って、サッと帰ってくれば一日で……――
「アンヌの吃驚した顔を見るのは、何年振りですかね?」
……レト義母さんは、小旅行と聞いて喜んじゃってるし!
もしかして、やっちゃいました? これ『北の村』へ正式訪問する流れ!?
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