ありふれた対応

「こちらにおいでと……」

 そんな口上と共にポンドールは、急ごしらえの執務室へ顔を見せた。

 しかし、父親のマリスも一緒だったし、完全に商売人の顔となっている。……これは手強いかもしれない。

「悪かったね、もう夕方だというのに呼び寄せて――

 ニアラさん、二人にも珈琲を! あと僕に御代わり……うんと濃くしたのを」

「濃い・子供・身体・よく・ない」

 いつの間にガリア語を覚えたのかニアラは、片言なものの意思疎通が可能になっている。さすがは文明圏の出身だろう。

「あー……そうかもしれないけど今日は特別だよ。何もかもを手配するまで眠れそうにないからね」

「子供・殿様・いつも・覚えない。珈琲・たくさん・よくない」

 そう文句を言いながらも不承不承ながら点て始めてくれた。

 ……どうして僕のカフェイン摂取に、誰も彼もが否定的なんだ?



「単刀直入にいうよ。朱鷺しゅろ屋の助けが欲しい」

「……そういう御話やと思うてました」

「耳が早いね? もう重荷おろし徳政令のことを?」

「もう商人の間では大騒ぎになってます。あの様子なら、御召しにならんくても勝手に乗り込んできそうですわ」

「……まあ不思議でもないね。皆、怒ってた?」

「誰も彼も口から泡を吹いとります。『もう破滅や!』いうて」



 この時代の借金は、年に五〇から一〇〇パーセントの金利が課せられる。

 そう聞くと暴利な商売に思えるも、年利一〇〇パーセントですら、回収率が半分をきったら赤字だ。

 年利五〇パーセントでも回収率が三分の二を上回っていないと足が出てしまう。

 実のところ世間的なイメージより、ずっと地道で薄利な商売だし……下手をしたら本人以上に、借り手が破産してしまわぬよう心を砕いている。

 なのに全ての借金を棒引きなどとされたら、数年分の利益が吹き飛ぶどころか……もう再起不能となってもおかしくない。

 商人にしてみれば勝手な都合で「死ね」と言われたも同然か。



重荷おろし徳政令なんだけど、ドゥリトル領内では反故とするつもりなんだ」

 僕の方針を聞いて、執務室は静まり返る。……もしかして選択肢の中に無かった?

「そのようなことを致しましては、王に挑戦と受け取られ兼ねぬかと」

 などとウルスは諭してくるけれど、しかし、まだ耳にしたアイデアを吟味中のようだった。

「かもね。でも、文句があるのなら王は、父上にいうべきだと思うよ。僕は名代なだけで、王と盟約を交わしてないし」

「それは詭弁というものですよ、吾子。いずれは家督と共に受け継ぐのですから」

「ですが筋としては、ゴリ押せなくもありません。

 盟主として振る舞いたければ、同盟者の解放に尽力するべきですし――

 父上と重荷おろし徳政令を関連付けられては、末代までの恥となりましょう」

 王や諸侯の身代金を臨時徴戦争税で支払うのも珍しいことではなかった。……さすがに徳政令で賄うのは稀だが。

 もちろん民衆は納得なんてしてくれないし、どんな経緯であろうと原因――捕虜となった人物は憎まれる。

 ……不名誉を関係ない民衆自分達に尻拭いさせたと受け取られるからだ。

 ましてや根深い禍根を残すだろう徳政令では……万難を排してでも、関連付けられたくなかった。


「これは空前の大失態となるよ。……もうガリアが破滅しかねないほどの。

 半年以内に、誰もが踏み倒した以上のものを喪ったと気付くだろうね。

 まず以前と同じ条件では、貸し付けて貰えなくなる。……資金力のある商人が生き残れたとしてもだよ?

 ちなみにドゥリトルはギリギリ黒字運営してるけど、折々につけて融通して貰ってる。現金が手元に無いことは多いからね。

 でも、不誠実に裏切った僕らを、もう商人は助けてくれなくなる。

 ……そうなったら色々と困ることになるだろうね」

 近代以前、全世界的に蛇蝎の如く商人を――特に金貸しを疎んじていた。

 しかし、実のところ金融業は経済の心臓部だ。それを痛めたツケは、自分達で支払う羽目になる。


「……盟約から抜け出ようというのですか、吾子は?」

「そこまでは考えていません。案外に大事とはならないかも知れませんし。

 ただ、同時進行で父上の解放交渉を、ドゥリトル単独でやってしまおうかと。

 領内で重荷おろし徳政令を反故とし、かつ身代金も自前で用意する。

 さすれば父上の名誉は損なわれず、商人達も身代しんだいを傾けずに済むでしょう」

「ですが、それを為すには資金が足りませぬ」

 そう諫めるセバストじいやは悲しげだった。

 いつの時代も無い袖は振れない。先立つものが無ければ武家の体面すら守れるものではなかった。

「いや、ある。当てはあるんだ。王家への献上金とトロナ石への課税分が。

 もちろん、これだけじゃ足りないだろうけど……当座は十分でしょ」

 そこまで言い終えて、やっと珈琲を一口啜る。

 ……うへぇ。注文通りに濃い目だったけど、羊乳と龍髭糖も大盛だ。どうやら子供向きにアレンジのつもりらしい。


「そ、そのようなことを! それでは謀反と受け取られ兼ねませんぞ!」

「もちろん、そんな意思はないよ。……いまのところはね。

 それに王家が申し開きを求めてきたら『当主不在につき、答弁は出来かねます』とでも返しとけばいい。

 なにもかもは父上が御帰還を果たされてからだし、最悪、名代の――僕の独断とでも言い逃れて頂く。……やはり御戻りになられてからね」

 その場合、僕は廃嫡だろうけど、それで済むのなら安い。最悪予想よりマシだ。

 が、なぜか再び執務室は静まり返ってしまった。


「それでうちが呼ばれたんやろか? 大金貨十万枚ぐらいを用立てれば?」

 なんとも頼もしいポンドールの発言で、その場の全員が『商人から融資を受けられる』という恩恵を再認識していた。

 さすがに朱鷺しゅろ屋も借金棒引きなんて暴挙をされれば、もうドゥリトルと取引をしてくれなかっただろう。

「それも頼みたかったことだね。でも、より優先したいことがあって――

 ガイウス殿に窓口役を頼みたいんだ。帝国との交渉は、偉い人としたいから。

 ……自分で払うと見えを切って、王家に先んじられたら馬鹿みたいだし」


「吾子の方針を是としたき所ですが……どうやら御諫めせねばならぬようです。

 それでは単独で王家と対立になります。残念ながら良策とは言えぬでしょう」

「確かにドゥリトルが孤立してしまっては望ましくありません。

 なので北方同盟とマレー領、さらに各同盟家との共闘を考えております。

 その際に重荷おろし徳政令の実施も、少しだけ待つように――父上の御帰還まで配慮を願うようですね。

 ……三か月もすれば、借金を踏み倒した方が悲劇的と分かって貰えるでしょう」

「ですが、若様? 下手をすれば北部と王家で戦争となりますぞ?」

「大丈夫だよ、ウルス。そんなことにはならないさ。父上の御帰還さえ果たされればね。

 そして万が一の場合となったところで……なにを憂うことがある?」

 ようやくに自覚できた。どうやら僕は怒っているらしい。それも激怒といって差支えのないほど。



 しかし、すぐに僕個人のちっぽけな怒りなぞ時代の潮流と比べれば、それこそ細波さざなみに過ぎないと思い知らされた。

 僕の対応――北部一丸での抗議に、どうしてか王太子が呼応したからだ。

 なんと王へ退位を迫ることで!

 それまでの細々とした失政などを批判はもちろん、やはり重荷おろし徳政令を取り返しのつかない大失敗と糾弾している。

 さらに自身はガリア西部へ身を移し、臨時政府の樹立まで宣言してのけた。


 ……どうみても計画的なクーデターだ。


 なぜ王太子が焦っている様に思えたか?

 それは実際に締め切り寸前だったからだろう。

 さらに北部と南部を痺れさせようと目論んだのも、この盤面を見据えてか。

 いまにして思えば動機も想像に難くは無い。……その真意はともかく、原因だけなら僕にでも読める。

 だが、しかし、この結果として……――


 ガリアは千々に引き裂かれることとなった。

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