現地での評価

これなんですけど……どこまで届くんですか、若様? もう、それが気になって、気になって……」

「うん? きちんとは調べてないけど有効射程――戦果の望める距離が少なくとも二〇〇メートル――三〇〇歩ぐらいはあるはずだよ」

 初期の火縄銃が五〇から一〇〇メートル、現代の製品で三〇〇メートル以上というから、それぐらいだろう。なんといっても、まだ試作品だし。

「やはりに?」

「……うん。どこまでも真っすぐに」

 答にルーバンは絶句してしまったけど、むしろ驚いたのは僕の方だ。

「それだと領内の誰も彼もに銃?でしたか?の練習を始めさせないと……」

「ど、どのような次第で、そのような結論に!?」

 しかし、興奮しているのはルーバンだけで、他の男の子達にはが理解できなかったらしい。

「間合いが三〇〇歩なら、剛弓や馬鹿でかいいしゆみと同じぐらいじゃないか?

 それに威力なら弩、数撃ちなら弓と思えたから……悪くないけど、大騒ぎするほどではないだろ?」

「なにより煙が困りものにございまする」

 義兄さんとポンピオヌス君は、やや否定的見解だったけど、むしろナシではないのに吃驚だ。

 意外と職業軍人は、新兵器の導入に意欲的なのだろうか? それとも若いから?

「真っすぐ飛ぶ武器が、弓や弩と同じ訳ないだろ、馬鹿!

 それを今から教えてやる! お前ら全員、あの隅へ固まれ!

 ――よろしいですね、リュカ様?」

「う、うん」

 よろしいですねもなにも、ここで断ったら矛先が僕の方へ向かいそうだ。

 それにルーバンと同じく日本で初めて火縄銃をみた戦国大名は、一挺を千両――十五キロもの金で購ったという。

 あれは合理的判断だったと再確認させてくれるかもしれない。


 男の子達を隅へ追いやったルーバンは辺りを見渡し、床に転がっていたボールを拾い上げた。

 それを見て「なんだ、遊んでくれるのか?」とタールムが反応するけれど、やはり怠いようだ。……まだ片目を覆う包帯も痛々しいし。

「ちょっとの間、お借りますよ、守り犬殿。

 ――よし! 察しの悪いお前らを、いまから弓で撃つ! ボールこれが矢だ!」

 威勢よく宣言したものの、しかし、予想に反して緩く――ふんわり山なりにルーバンはボールを投げた。

「どうやらポンピオヌスめに当たったようです」

 両の手で受け止めたポンピオヌス君がお道化る。

「べつに避けても良かったんだぜ、ポンピオヌス殿。

 で、お前ら全員を狙ったのに、当たったのは――当たるかもしれなかったのはポンピオヌス殿だけだった。

 ……何か異論はあるか?」

「いや弓とは――飛び道具というものは、そういうものだろ、従士殿?」

「遠射は、軍勢の誰かに当たれば結構というもので、従士殿

 元同僚へトリストンとジナダンが絡んでいく。

 男の子同士の微妙な意地の張り合いだろうし、口出ししない方がいいのかなぁ?

「兵士長殿達の見解は正しい! 元々、飛び道具とは狙って撃つようなものじゃないからな。そこは銃?も変わらんと思う」

 火縄銃とは違ってライフリングも刻んであるし、事実として遠くの的でも狙えるけど……ここは黙っていた方が良さそうだ。

「まだ分からんようだから、脳足りんのお前らには、引き続き実地学習だ。痛ければ覚えるって、師匠マスター達も口癖にされてるしな。

 ……いまから銃?で撃つけど、矢?を叩き落とすのは無しだからな、サム?」

「あれは無理だろ。何が飛んで行ったのか、全く分らなかったし。さすがに見えないものは斬れないよ」

 中世初期に弓矢の速度は時速一〇〇キロ代前半で、後期でも二〇〇キロに届いていない。

 よって義兄さんレベルだと視認さえできれば、苦も無く斬り落とせたりする。

 しかし、銃器は火縄銃の段階で音速――時速一二二四キロに手が届いている上、現代品はさらに速い。

 弾き落とすのはもちろん、避けることすら不可能だろう。

「とにかく叩き落とすのは無しだ! 避けるのだけな!」

 言い終えるかどうかなタイミングでルーバンは、ボールを勢い良く投げた。水平に――真横へ真っすぐに。

「ちょ!? 避けるなよ、サム!」

「あっ……避けたら後ろに当たっちゃうのか。悪い、悪い」

 示唆されるがままに義兄さんは避けたのだが、それで後ろにいたトリストンに当たってしまう。

「いまので理解できたか? そうでないなら、もう一度だ」

 それへトリストンは、言葉でなくボールを投げ返すことで応える。遊びでも負けたようで面白くないらしい。

「もう一発撃つ! さて、のは誰だ?」

 ルーバンは投げる仕草だけに止めて、そう男の子達へ問いかけた。

「遠射なんだから軍勢の誰か――つまりは俺達の誰かだろ?」

「……違う。そうじゃないぞ、トリストン。その銃?とかいう武器だと、俺達誰かだ」

 主旨に気付いたのか、ジナダンが同僚の過ちを訂正した。

「同じことでは?」

「全然違いますよ、ポンピオヌス殿! 軍勢を相手取った場合、破格の命中精度となるんですから!」



 一回の射撃で誰か一人をでなく、数人を同時に危険へ曝す。それは弓や弩と違った『真っすぐを飛ばす武器』にしか不可能なことだ。

 一般兵向けの火縄銃は、当時の弓や弩より威力で劣っていたそうだが……そもそもの最初期から銃器は、弓や弩と違う用途の可能性が高い。

 なぜなら弓や弩の同類に見えるだけで、それまでと違う新しい何か。当時の専門家ならば、そのような感想を抱くからだ。


 これは現代と中世で常識が違うことも大きい。

 現代人は銃器や、それを扱う映画やテレビ、ゲームなどで『矢や弾は真っすぐ飛ぶ』と刷り込まれている。

 しかし、義兄さん達は違う。

 数えで七つの頃から弓を扱い、全員が遠射をできる。

 飛び道具の軌跡は放物線を描くと実体験で知っていたし、むしろ常識ですらある。

 やはり『真っすぐを飛ばす武器』には、さぞかし驚かされたことだろう。

 一目で分かる、他の何にも似てない異質な道具なのだから。



「それに銃?とかいう飛び道具が、真っすぐ飛ぶということは……攻城兵器に持って来いでは!? それなら難攻不落の城壁であろうと手が届くかも!」

「よく閃いたな、そんなこと!?」

「お前らと違って俺達は、毎日のように攻城兵器の勉強なんだよ、ルーバン!

 もし突撃となっても、俺らが無力化しといてやる。一生感謝しろよ?」

 金鵞城の子達は、ドゥリトルに専属がいない工兵も兼ねている。そして実は騎兵と同じくらい専門化の必要な分野だ。

 トリストン達も口でいうほど義兄さん達を僻んではおらず、彼らなりの矜持を獲得しつつあるのかもしれない。

 ……提言をくれた筆頭百人長シスモンドに感謝だ。



 またトリストンが閃いたように銃は、高所への射撃も弓や弩ほど苦労しない。

 速度域の違いから、高所だろうと無理なく届くからだ。

 そもそも世界的に難攻不落と称されるような城壁は、ほとんどが五〇メートル近い高さを誇っていた。

 これは一般的な弓兵では矢が届かなくなる高さで、合理的な指針とできるからだろう。

 そして攻城戦をする場合、やぐらなどを築かねばならなかった。

 なぜなら矢が城壁に届かないから――つまりは無力化されてしまうからだ。

 しかし、銃器ならば櫓がではなくなる。高低差が激しくとも、銃弾は届くからだ。

 飛行機の発明より先に高い城壁が廃れたことからも、この事情は裏付けることができる。



「三人とも凄いなぁ。俺とポンピオヌス殿なんて、矢?が小さくて持ち運びが楽そうとしか思わなかったよ」

「全くにございまする。御三方の慧眼には――」

「なんだって!?」

 仲の悪いはずのルーバンとトリストン、それにジナダンは、素晴らしく見事にハモっていた。

 ……やっぱり遊びで喧嘩してるフリなんだろうなぁ。結局は幼馴染なんだし。

「一つひとつは、親指の先ぐらいだったろ?」

「あれならば数十……いやさ頑張れば百は持てるのではないかと」

 自らの不明を恥じるかのように義兄さんとポンピオヌス君は、照れ笑いをしてみせたけど――

「そ、それもそうだ! 確かに、あれなら相当な数を持ち運べる!」

「本当に、それほど矢が小さいのか!?」

「ほとんど矢じりだけの大きさじゃないか!?」

 とルーバンやトリストン、ジナダンは衝撃を受けていた。



 火薬が一射につき五グラム前後、弾も似たようなものだから――一発あたり一〇グラム前後となる。多少を重めに考えても一〇グラム強か。

 となると一〇〇発を持ち歩いても一キロ強に過ぎないし、持ち運ぶ為の道具を考慮に入れても数キロ以内に収まってしまう。

 対するに弓兵が戦闘中に持ち歩けるのは一〇本がいいところだから……ざっくり十倍だ。

 単純に弱い弓や弩として運用しても、まだ独特の長所が残る。それも火縄銃の時点でだ。

 真面目に評価すればするほど、唯一無二の新しい道具と判ってしまう。



「補給が……補給の概念が変わる!」

「銃?とかいうのを使わせたら、その矢?が切れるまで無補給で動けるのか?」

「どころか戦術も激変だぜ? 弓兵による迂回挟撃すら可能になる!」

 まあ男子が熱中する類の話だけど……これへ水を差さねばならず、さすがの僕でも後ろめたくはある。

「言い難いんだけど、相談というか……今日、皆に伝えたかったのは銃器類の凍結と秘匿なんだ。それも長期に渡って無期限の」

 ああ、やっぱり酷くガッカリして!


※ 近況報告に簡単な参考図あり

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