「開けるな」と書いてある箱

「そんな! これほど強力な武器を使わないなんて、あり得ないですよ!

 ……まてよ? 俺らが過大評価を? そういうことですか?」

 時々、ルーバンは話を進める速度が早過ぎて、ついて行くのがやっとだ。

「いや皆の評価は、概ね正しかったよ。もう吃驚しちゃうぐらいに。

 知ってなきゃ分り様のないことは、さすがに見落としてたけど……単独での運用を見ただけで、ここまで見抜くとは思ってなかったし」

 やはり卵といっても現役の軍人というべき?

 あるいは年若い方が偏見や既成概念に囚われず、ありのままに評価が適うのかもしれない。火縄銃を買った戦国大名の逸話も、なんと十六歳の頃というし。


「でも、そうだね……誤解を避ける為にも、ちゃんと順を追って説明するよ。

 実は本格的な銃の運用も検討したんだ。

 つまりは銃士隊の編制――銃を主武器に戦う部隊の編制で……ドゥリトルの人口から逆算したら、総勢千人ぐらいの規模かなぁ?」

「せ、千人! ……で、ございまするか!?」

「それではッ! 兵の半数が銃士?になりますよ!?」

「いや……それだけの価値があるんだぜ、きっと。

 想像してみろよ? 半分が弓や弩な軍勢を? これは凄く強いと思うぜ?」

「馬鹿だなぁ、従士殿……そんなことができるのなら、誰も彼もがやるはずだろ?

 残念ながら全体の二割が限界一杯だ。それも切り札に温存してな。

 知ってるか? 矢の切れた弓兵なんて、変な棒を持った役立たずなんだぞ?」



 それは工業力や生産能力に左右される問題だった。

 いま現在、矢を一本生産するのに、だいたい銀貨一枚――前世史の価値観で二、三千円ほどかかる。

 もう銀貨を投げつけ合ってるのにも等しいというか……銀貨の方が手早く数を集められるだけマシとすらいえた。

 ルーバンが主張するような弓や弩が主力の軍隊を編成には、中世後期――百年戦争でロングボウとクロスボウが活躍した時代まで待たねばならない。

 さすがに中世後期なら一本いっぽんのコストも下がるし、発射機構である弓や弩の方も信頼に応えてくれるからだ。



「その前代未聞ができそうだから、この銃?とかいうのは凄いんだろ」

「矢の生産や補給さえ解決すれば、飛び道具が主力もアリに……なるのか?」

 もしかしたら一理あるのかもと、皆で首を捻り始めてしまった。

 やはり中世後期や近世の戦術を予想なんて、常人には無理難題か。千年以上は先の話だし。

「銃士隊を編成すれば主力を担えるし、同数の兵力なら圧倒すらできるよ。

 相手が銃を持ってないなら倍……いや三倍いようと難敵とはいえない。

 それどころか防衛戦や籠城なら、寄せ手が十倍でも持ち堪えられる。まあ短期間に限ってだけど」

 ……この場は正解を教えて話を先へと思ったのに、どうしてか大言壮語の類と受け取られてしまった。



 『銃を持っている勢力と、ほぼ持っていないに等しい勢力の戦い』は珍しいようで、日本の戦国時代に散見可能だ。

 かの有名な『長篠の戦い』で兵数が僅か五百の長篠城は、一万五千の武田勢を相手に半月近くも持ち堪えている。

 この時、長篠城には二百挺の火縄銃があったというから、一日あたり一挺が百発で計算しても――

 驚くべきことに二万発という高濃度な弾幕を張れてしまう。

 後述の概算に則ると、無理攻めをしたら一日に最低六百名ずつであり、壊滅ラインの二割損失へも僅か五日で届く。

 優位であっても新兵器を前に、武田勢が手を拱いていたのは確実だ。


 長篠城の窮地を救いに信長と家康の連合軍が到着し、その携えてきた火縄銃は三千挺という。

 そして決戦となった設楽原では、僅か半日で武田勢の主力一万強が全滅してしまうのだが――

 鉄砲兵一人あたり百発と考えたら、武田兵一人あたり三十発にもなる。


 これを叩き台に考えると銃を持っている勢力は、相手が三倍いようともを狙えてしまう。

 なぜなら敵兵一人あたり三十発も撃ち込めば足りるからだ。

 そして三十発という数字も、『長篠の戦い』からの推察に過ぎない。

 世界的には、もっと極端なケースすら見受けられる。……圧倒的過ぎて戦争ではなく、たんに『虐殺』と記録されるような事例が。

 文字通りに銃器は、既存と桁の違う殺傷能力といえた。



「そ、それが本当なら……是が非でも採用するべきじゃないか!?」

「編成を果たした暁には、帝国の奴ばらを追い返すどころか――

 逆に帝都へ攻め登ることすら叶うのではありませぬか!?」

 いまいちピンときてなかった義兄さんとポンピオヌス君も、やっと事の重大さに気付いたようだった。

「むしろ、それが拙いんだよ。帝国に重大な脅威と認定されかねないのが。

 確かに帝国内へ攻め入ることだって叶う。でも、それだけだよ?

 強いだけの小さな勢力に帝国は打倒できない。それは英雄ハンニバルアニブが証明してしまった」

 ハンニバルアニブは五万前後の軍勢で十数年近くもローマ帝国内に居座ったが、結局は討ち果たされている。

 きっと足りなかったのだろう。ハンニバルアニブの集めた数では。

「それに僕は帝国を追い返したいのであって、その版図が欲しい訳じゃない。

 こちらから継戦へ誘導は――いらない注意を惹くのは、悪手に思えるんだよね」

「……いらない注意とは、どういった意味で、リュカ様?」

「銃士隊の事さ。戦場で銃を見れば、きっと帝国も欲しがる。なんといっても、その身で威力を思い知る訳だし。

 そして千人もの兵士に銃を持たせれば、絶対に一人や二人は捕まったりする。困ったことに現物を持ったままね。

 もし現物を押さえられちゃったら、あっという間に複製されちゃうよ」



 日本では鉄砲が伝来から一年も経たない内に複製を果たした。

 当時は溶鉄技術を持っていなかったので、なんと鍛造――熱した鋼鉄を叩いて形成でだ。

 そして十年もしない内に百挺単位での軍事利用が当たり前となり、二十五年もすると千挺単位となる。

 例として挙げた『長篠の戦い』も、なんと伝来から三十二年しか経っていない。


 また火縄銃と違い式銃は、ようするに金属の筒でしかなかった。

 雷を叩いて着火する都合上、爆発の力を逃がさない仕組みが必要となるも……複雑怪奇な火縄銃に比べたら簡単な部類だろう。

 そして火縄銃より簡単な構造の品を、戦国時代の日本全体より人口の多いビゾントン帝国が量産し始めたら――

 下手したら十年も待たずに兵器の換装を終えるかもしれない。



「それに千人分の弾を作ろうと思ったら……硝石の生産、火薬の調合、雷の作成と――全ての工程で人を増やさなきゃならなくなる。

 とてもじゃないけど全員に秘密厳守は望めない。いつかは露見してしまう。

 でも、それは銃を鹵獲されるより問題なんだ」

「よく分からないな。それで相手は、やっと俺達と同じ土俵に立てただけだろ?」

「いや硝石の場合、そうじゃないんだ、義兄さん。

 結局のところ火薬は硝石でできてるし、硝石は糞便から作るしかない。

 つまり、どれだけ糞便を生産できるか――ようするに人数の勝負となる。

 ビゾントン帝国は、少なく見積もっても一千万人以上だから……ちょうど僕らの百倍になるね」



 尾籠な話となるが、人間は一年に平均して一五〇キロの糞尿を生産する。

 これはであり、おおよそ〇.五パーセントほどの窒素――硝石の主成分を含む。

 つまり回収率が一〇〇パーセントに近づけれたとしても、採取できる硝石は最大で七五〇グラムとなる。

 そして式銃は雷を使う――材料の硫酸を作らねばならない都合上、全てを火薬へ回すことはできない。

 半分の三七五グラムで火薬を調合すると五〇〇グラムとなり、銃弾数へ直して一〇〇発となる。

 これを平たく言い直すと――


 人ひとり一年分の糞尿から、一〇〇発分の火薬しか作れない。

 硫酸の入手経路を別に用意しても、二〇〇発分が限度一杯。

 人口の一パーセントな銃士へ供給できる銃弾は、年に一〇〇〇〇発が限界。


 となる。

 中世後期から糞尿が貴重だったり、硝石が高価だったとする論拠の一つか。

 べつに珍しくも無ければ、作るのが大変でもなかったが、異常な需要から高騰を招いたのだろう。


 また上記の計算結果は、全てを銃弾へ注ぎ込んだ場合だ。

 硝石の民生利用――肥料や切り株除去、氷の制作、各種薬品の製造――はもちろん、大砲などの重火器運用分を無視している。

 当然、一人の銃士あたりへの供給も、その分だけ減らす他ない。


 ただ、この足枷は『チリ硝石の発見』と『ハーバー・ボッシュ法の発明』を契機に外されたので……逆説的にナポレオンの時代までなら、硝石丘の生産力で賄える。



「でも、いまのドゥリトルって、千人分の糞尿処理で精一杯ぐらいなんだよね。

 そして千人分で作れる弾じゃ、一回の戦争で弾切れしかねないよ。

 これでも公衆便所を作って……回収業者を増やして……金鵞城での作業員も雇って……頑張っているつもりだけど、いかんせん予算と時間が足りない。

 領内全域へ硝石回収のシステムを作るのに、あと五年は掛かるだろうね。

 だけど帝国の場合、百分の一進んだらドゥリトルの完成時と同じだから……下手したら相手に先んじられかねないよ。

 そして同じく人口の百分の一が銃士でも……帝国の場合、それは一〇万だから。

 もう勝ち目なんてないよ、十万の銃士が相手なんて。止めるのには同数の銃士か、既存の兵種で三十万以上を集めないと駄目なんだし。

 銃がバレてから二十年もしない内に、全世界が征服されちゃうかも」

 ……なぜだろう? お道化てみせたつもりなのに、もの凄く悲しくなってきた。

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