決着の行方

 血飛沫と共に騎士ライダールーが崩れ落ちる。

った!」

「御見事に御座いまする!」

 しかし、同僚からの賛辞など耳に入らぬかのように、そのまま義兄さんは止めと踏み込む――


 ――寸前で自分を狙ったクォレルを弾く!


 射線を遡れば二階の窓に義兄さんを狙った射手の姿が! 一階まで降りるなんて歯痒いとでも!?

 しかし、それが功を奏し、義兄さんは下手に動けなくなった。

「ダイアナ! ステラ! いまの内に女の子達を連れて走れ!」

「で、でも! 兄さん達を置いていけない!」

 涙ぐんだエステルが抗う。

「弁えなさい、ステラ! 私達は、リュカやサム達の足枷になっているのよ!

 さあ、皆! 走って!」

 しかし、そう叱咤するダイ義姉さんも涙を堪えていた。

「そ、そうや……ここで死ぬか走るかや……」

「……足手纏いにだけは!」

 ポンドールとグリムさんも、よろよろと互いを支え合うようにして走り出す。

「リュカ、お前も!」

「ここで皆を置いて逃げられる訳ないだろ!」

「……なら、せめて射線から隠れろ!」

 会話の最中も、ずっと義兄さんは射手へ視線を向けたままだった。

 それで滝のような汗だったし、いまも精神力を削られ続けて?

 動けば、射貫かれる。しかし、相手も外せば、義兄さんに動かれてしまう。互いに手詰まりの膠着状態だ。

 少しでも負担を減らすべく、慌てて木立の陰へ隠れる。

「ですが、このままでは進退窮まってしまいます!」

 そう嘆くポンピオヌス君達は、扉を抑えるので手一杯だ。

 いまや押し破るべく、断続的に強い衝撃が与えられていた。おそらく敵方が一階へ到着したのだろう。

「……俺もサムの案に一票だぜ。

 ポンピオヌス殿! リュカ様と落ち延びろ! ここはサムと俺に任せるんだ!」

 背中で扉を押し返しながら、ルーバンが叫ぶ。

「ポンピオヌスも残りまする!」

「たまには大人しく聞き分けろよ、お坊ちゃん達!

 この扉は誰かが押さえてなきゃ、すぐにでも破られちまう。けど、その役目は一人いれば十分だ。

 そして射手は幸いにも一人っきり。いまみたいにサムが牽制してれば、そう気楽には撃てない。なんといっても連射の利かないいしゆみだしな。

 つまり、サムと俺で用は足りてる。二人は逃げろ。……都合よく順番通りだ」

 淡々と利を詰めるルーバンには、有無を言わせぬ凄みがあった。これこそ生粋の武人が持つ恐ろしさだろう。

 だが、しかし――


 血塗れとなったルーが揺ら揺らと起き上がって!


 いつの間に拾い上げたのか、剣を杖に縋り立つ姿は……まるで幽鬼だ。

 手負いのけものほど怖いものはないという。

 そして手隙なのは僕だけな上、手元には数本の火炎瓶しかない!

 選りにも選って僕の個人的な武勇に、皆の命運が懸かるなんて!?


 ――気付けば全員が動けなくなっていた。


 迂闊に動けば味方へ敗勢を招く。

 かといって出遅れても拙い。それでは勝機を逸してしまう。

 誰もが事態の好転を、祈るような気持ちで焦がれることになった。

 ならば――


「遺言があれば聞いておこう、騎士ライダールー。それに遺剣は王都へ送れば宜しいか?」

「驕るな! まぐれに一太刀浴びせた程度で、勝ったつもりか!」

「いいや、すでに僕らの勝ちだ。こちらは貴殿が死ぬまで睨み合っても構わない」

 さすがに非道――武人の道に悖るだろう。手負いな敵が力尽きるのを待つなんて策は。

 しかし、そんなもの知ったことか。僕にとって身内の命より尊いものはない。

 さあ、もう時間は無いとのを! 機さえ作ってしまえば――


「おお! ルー様が! 手傷を負われて!?」

「者共、続け! いまこそ恩顧に報いる時ぞ!」

 奥から敵方の声が聞こえた。僕らが使った扉まで迂回を!?


「あっちや! まだ御無事なら、あっちでリュカ様たちは頑張っとる!」

「分ったから叩くな、娘御! よし、急ぐぞ! 続け!」

 あれはポンドールとティグレの声? 救援を呼んできてくれた!?


 ――どうすれば!?


 全員の頭が真っ白になった瞬間、タールムがルーに吠え掛かる!

 反射的に火炎瓶を投げつけてしまったけれど……驚いたことにルーは、不格好に弾くので精一杯だ。

 ……騙された! すでに立っていだけで、やっとな状態だったのか!


「ぬわっ! なんだ、あの炎は!」

「ルー様! いま参りますぞ!」

 慌てて後続を牽制するべく、残った手持ちで壁を作る。あと数舜を持ち堪えれば!


「若様! よく御無事で! このまま突っ込むぞ!

 ――二階に弩だ。射殺せ!」

 こちらもティグレが何人か引き連れて来てくれたけど……まだまだ敵の方が多いか?


 ――気付けば燃え盛り始めた炎を背に、ルーが僕を睨んでいた。


 兵に肩を借り辛うじて立つ姿は、正に満身創痍だ。

 そんなルーを阻むように義兄さんが立ち塞がった。

「リュカの足元には、俺がいる。誰であろうと好き勝手にはさせない」

 しかし、こちらへ振り返りもせず騎士ライダールーは――

「次は戦場にてまみえようぞ」

 と言い捨て、そのまま炎の中へと姿を消した。



 入れ替わるようにティグレ達が、僕を護るべく取り囲んだ。

「若様、どうやら間に合った様で!」

「ありがとう、助かったよ。

 騎士ライダールーが造反した。義兄さんに深手を負わされて、この場は引いたけど……すぐにでも追っ手を差し向けたい。支度を頼める?」

 肯くやティグレは、矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。

「――外庭のフォコンとリゥパーに伝令!

 お楽しみはお開きにし、速やかに討伐隊を編成! 内通者狩りとも伝えておけ!

 ――手隙の者は、この火を消せ! 手を拱いていたら城が落ち兼ねんぞ!

 ――あと誰ぞ、扉の向こうにいる奴らを蹴散らしてこい! 煩くて敵わん」

 ……去年の経験からだろうか? 指揮官としての振る舞いが板に付いていた。

 

 本音をいうと、いますぐにでも追い掛けたい。

 けれど、この期に及んでリスクのある選択には、賛成して貰えないだろう。

 いまもルーバンとポンピオヌス君は扉を押さえ続けてるし、義兄さんとタールムは精も根も尽き果てたといった様子だ。

 それに義姉さん達とも再合流はできたけれど……追撃するなら、また置いて行くことになる。

 やはりティグレの選択が正しい。

 全ての火元を対処し、居残った侵入者も排除。それから再編成してルー達を追えばいい。

 なにより相手は手負いだ。そう遠くへは逃げられない。これが最適解だろう。


 ……ただ、どうしても取り逃がす予感がしてならなかった。

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