近代戦
箱には丸い玉――ちょうどメロン程な大きさの球体が入っていた。
そして
しかし、厳密にいうと黒色火薬で爆弾は作れなかったりする。
なぜなら黒色火薬は火薬止まりの性能で、爆薬――その反応速度が音速を超え、爆発時に衝撃波を伴うもの――ではないからだ。
これは総量の問題ではなく分子構造に依存だから、小手先の工夫では何ともならない。
どうしても爆薬が欲しかったら硫酸に硝酸、
……どちらにせよ極めて不安定で、備蓄には全く向かないのだけど。
また導火線だが、実は紙を捩って硝石か黒色火薬を包むだけだったりする。
これだけだと湿気ったりも考えられるので、蝋か何かで耐水加工しておけば万全だ。
もう水中だろうが埋めて土の中だろうが、何の問題もなく点火してくれる。火薬や爆薬は、燃焼時に必要な酸素を自前で持ち合わせているからだ。
そして爆薬でなければ爆弾が作れないというのも、それもそれで間違っていた。
なるほど衝撃波が発生しなかったら殺傷力も低くなる。発生した力のほとんどが標的には伝わらず、音や光などへ変換されてしまうからだ。
しかし、それならそれで衝撃を伝える為の
ようするに打ち上げ花火の如く二層式で、中心は爆発用の火薬、外側へは小玉花火ならぬ鉄の玉を詰め込む。
そして爆発のエネルギーを直近で受けた鉄の玉は、その勢いのまま四方八方へ飛び散っていく。
……前世史では
懐から
「義兄さん! いまから階段を壊す! 走れって言ったら、すぐに続いて!」
「ええ!? どうやって!? それに……ここを離れたら、奴らが上ってくる!」
義兄さん達は破落戸相手に忙しそうだ。……先に牽制が必要か。
「ポンドール! 君の持ってる箱を!」
そちらの箱は幾つもの仕切りへ奇麗に
さらにガラス瓶は紙で厳重に栓をされ、薄く蝋でコーティングしてある。
これも現代人なら一目で判別がつくだろう。火炎瓶だ。
ガソリンやアルコールなどの『引火点の低い燃料』と砂糖や水飴などの『粘度を上げる混ぜ物』、それらを保管する『割れやすい容器』と――その製作難易度は極めて低い。
だが、それでいて馬鹿にできない殺傷能力だったし、なによりも炎という脅威は生物の本能に強く訴えかける。
簡易であっても立派な焼夷兵器であり、前世史では条約で使用制限されたほどだ。
かまわず紙栓をコーティングの蝋ごと点火する。もう気前よく三本ほどだ。
「ポンピオヌス君! しゃがんで!」
頭越しに階下の破落戸どもへ投げつけるも、一本と三本目は外れてしまった。
しかし、階段の踏み板へ火を点けれた――使えなくできたし怪我の功名?
それに二本目は見事に命中し、運の悪い破落戸は服の火を消そうと叩きながら階段を転がり落ちていく。
残念ながら火炎瓶の炎は、そんな適当な方法では消せない。
なにより相手へ火を点けるのではなく、粘度が高くて消し難い燃料を浴びせる――それが焼夷兵器だ。
燃料のついてしまった衣服を全て脱ぐか、あるいは水の中へでも飛び込むかでもしなければ望みは薄い。
そして相手が吃驚した隙を、抜け目なくルーバンが突いてくれた!
勢いよく蹴落とされた破落戸は、仲間を巻き込みながら炎の中を転がっていく。
「若様! 何を為さるかのか判りませんけど、おやりになるなら、いまかと!」
慌ててグリムさんの箱から爆弾を取り出す。……点火後、二十秒だったっけ?
とにかく導火線へ火を点け、全力を振り絞って爆弾を転がす。
「足元を通すよ! 絶対に止めないで! 皆! もう此処は良いから! もう一つの階段の方へ!」
「リュカ様? それを敵方の前でいうのは如何なものかと――」
「あーッ! もう時間ないんだよ、ポンピオヌス君! とにかく! 走って!」
僕の必死さが伝わったのか、半信半疑ながらも皆は走り出す。
しかし、階段から通路へ退避し終えたかどうかな矢先――
もの凄い音が発生した!
続いて階段か何かの崩れる衝撃、さらに大量の白煙が上ってくる。
……そういえば悩んだ結果、最終的に十五秒へ改良したんだった。
「何なの、これ? あれリュカがやったの!?」
皆を代表するかのように義姉さんが、いつもの調子で悪態を口にする。想定外すぎる出来事で、逆に緊張が解れたのかな?
まあ、この世の終わりみたいな顔をしているよりはずっといい。……ポンドールとグリムさんからも呆れられちゃったみたいだけど。
「やはり敵方の前で行き先を口にするべきではなかったかと」
別の階段から無事に一階へ下りれたものの、ポンピオヌス君の危惧した通りに破落戸どもが押し寄せてきた。
かなり血塗れだったし、あちこちが焦げている奴もいる。先ほどの階段攻防戦の生き残りだろう。
「僕が悪かったよ。でも、次の機会には間違えたりしない。
――それより数を減らせるだけ減らしてみるから、後はお願い!」
しかし、相手も十人前後は残っている。そして僕が一度に撃てるのは四発迄だ。
これは全弾命中させないと、さすがに義兄さん達でも手に余る!
――急ぎ片膝で体勢を固定し、狙い撃つ。命中だ。カモを撃つより容易い。
「はい、次!」
上の空でエステルから受け取りながら、戦果を確認する。
「な、なんだか分らねえけど、全員で突っ込むぞ! あの妙な飛び道具は一人しか構えてねぇ!」
やりたい放題された怒りからか、戦意は十二分なようだった。逃げれば追わないものを!
――腹立ちまぎれに突撃指示した男を狙う。……外した! どうして!?
――即座に次を撃つ! 命中! 相手は崩れ落ちた! でも、あと一発しか!
だが、悠長に装填している暇はないし、とにかく敵の数を減らすべきだろう。
――最後の一発も命中した。しかし、このままでは数に押し切られてしまう! 僕も剣か何かを拾って……――
「義兄さん、次!」
……あれ? 次って……次は五発目になるよね?
吃驚してエステルの方を振り返ると、そこでは義姉さん達が手分けして装填作業をしていた!
つまり、義姉さんが銃を中折りし、グリムさんが清掃棒で煤を払い、ポンドールが弾を込め、最後にエステルが残った諸々の役なようだった。
……拙い。危惧していた通り、この時代の人でも使用法を習得できてしまう!
破落戸どもだって、すぐに「理屈は分からないけど、何かを発射してくる危険な飛び道具」と理解したし!
やはり銃器の秘密は厳守するべきだ。
しかし、とても看過できない重大事だったけれど、いまは目の前の脅威を何とかするのが先だった。
無理矢理に注意を目前の脅威へと向け、射撃手の役目へ戻る。
そして敵への乱射に没頭してたら、ポンドールの嘆きで現実へ引き戻された。
「ああ、あきまへん! もう矢がのうなって!」
「若様の武器は矢?がきれて? でも、ちょうど間に合ったようで――」
気付けばルーバンが中庭への扉を開け放っていた。
……うん? あれ? 十人前後はいたはずの破落戸は?
「中庭へは、まだ誰も入り込んでない様子。これなら厩舎へ到着したも同然でございましょう」
落ち着いて辺りを見渡せば、僕ら以外に動く者の気配はなかった。破落戸達も一人残らず地に伏している。
いや、まだ遠くで鬨の声は聞こえるし、火事の方だって治まった気配はしない。それでも僕らの近くには、もう他に誰もいないようだった。
「あと少しだよ、皆! もう少しだけ頑張ろう!」
義兄さんの励ましに全員が頷き返し、おそる恐るに中庭を進む。
かなり煮え湯を飲まされたが、
でも、未だに目的が読めなかった。
自陣営の
確かに貴人の暗殺をするのなら、その宮廷へ潜入工作をするのが常套手段だ。
しかし、だからといって
そして僕の敵対者は、そんな雑か? まったく
なによりも一手足りない。おそらく予定していた
俄かに視界が翳り、突然、衣服へ噛んだタールムに引き倒された!
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