洗礼受領

 打合せ通りに義兄さんやルーバン、ポンピオヌス君が走り込んでいる。

 ぼんやりしている暇はない。考えるのは後、いまは行動するべき瞬間だ。

 次射の用意を――

「はい、義兄さん!」

 装填済みまだ使っていないのをと頼むより先に、エステルから渡される。それも邪魔になった発射済み使ったのと交換でだ。

 ……ナイスタイミング。でも、なんで判ったの!?

 とくかく自分の役目へ戻る。義妹の不思議に驚くのも後でいい。

 三人のフォローより、僕は周辺の警戒を……――

 しかし、考え終える前に、部屋から四人目の破落戸が転び出てきた!

 銃声に驚いて顔を出した? それとも部屋の物色が済んだところ?

 なんであろうと飛び道具を持っていたら義兄さんたちが危ない!


 ――咄嗟の射撃は、破落戸の頭部を掠めるに留まった。


 初撃も身体の中心を狙ったのに、十センチは上へズレてる。想定より下を狙うべきか?

 それに頭部へ当てるヘッドショットの必要はない。

 拳銃ピストルみたいに使ってはいるものの、こいつは完全に小銃ライフルだ。どこであろうと命中すれば一撃で相手を戦闘不能にできる。

「義兄さん、次!」

 また良いタイミングでエステルが装填済みを渡してくれた。

 ……落ち着け。息を吐き出せ。そうすれば無駄な力も抜けるし、呼吸でのブレも抑えられる。


 ――三射目は狙い誤らず標的を、それも身体の中心を射貫いた。


 再びエステルから装填済みを受け取るも、発射済みは渡さずに首を振る。

「義姉さん、その箱を開けて僕の方へ」

 緊張しているのか顔色は蒼白だ。少しでも労わるべく強いて笑顔を作って励ます。

 箱には先端へ布を巻き付けた清掃用の棒が一本、それとボトルネック状に先端を尖らせた弾が几帳面に並べてあった。

 まず銃身と銃床ストックの固定を外し、真ん中から折るようにして銃身の手前側を露わにする。

 そう――



 この銃は火縄銃でもないし、近種の名銃フリントロック式でもなかった。

 なんと十九世紀頃に開発される『中折式』だ。

 前世史でもショットガンや猟銃で現役の仕組みだし、あれらと同じといった方が通りは良いかもしれない。

 そして数多の銃器から『』が『中折式』を選んだのは、極めてシンプルな理由による。

 最も単純な構造で作成し易いからだ。

 つまり、『パイプ状のもの』と『弾薬カートリッジ』だけの最小構成要素で考えられている。

 これに比べたら初期の火縄銃でさえ複雑怪奇な精密機械だろう。


 もちろん弾薬カートリッジには火薬や雷管――点火用の薬品が必須ではある。

 しかし、今回に採用した雷酸銀は濃硝酸と銀、アルコールを順番に混ぜ合わせ、軽く加熱するだけで作れてしまう。

 そして黒色火薬は硝石と硫黄、木炭を七五対一〇対十五で混ぜたものだ。

 踏まえると弾薬は『飛ばしたい金属類』と『硝石』、『硫黄』、『木炭』、『銀』、『アルコール』が最小限度に必要な材料といえる。

 また『パイプ状のもの』も鋼鉄どころか金属である必要すらない。史実には木製や紙製すらあるし、多少は重くなるが銅製でも実用に足りる。

 実際、僕のように体系的な現代科学チートを知る者にとって、『銃器類』は作れない方がおかしい低難易度だ。……なんとも恐ろしいことに。



 一射毎は不要ともいわれるけれど、念のために銃身を清掃しておく。

 『中折式』は『後込め式』でもあるので、この開口部から装弾となる。

 まるで金属製なボールペンの蓋みたいな弾は、底部に空間を持つ『椎の実弾』の亜種で……この銃で『』が唯一、独創性を発揮した部分か。

 この底部空間へ黒色火薬を詰め、栓代わりに雷を張り付け、事実上の薬莢無しケースレス弾となっている。

 ようするに弾そのものが弾薬カートリッジだ。当然に再利用は出来ないが、薬莢の開発と生産をせずに済む。

 もちろん弾薬カートリッジ式と同じく、再装填にも手間がかからない。

 「そんな素人考えが」といわれそうだけど、これは史実に在った『椎の実弾』のアレンジだし、弾薬カートリッジ式の祖先でもある。


 弾丸を装填し終えたら銃床ストックを戻し、逆止機構を解除しながら撃鉄ハンマーを引き上げ直す。

 これで発射準備完了だ。『先込め式』と比較したら、異常な速さといえる。

 二挺となった装填済みの片方をエステルへ渡し、別の発射済みと交換する。やはり再装弾の為にだ。

 この間も破落戸相手に大立ち回りな義兄さん達を横目に、僕は僕で新手が現れやしないかと周囲を窺う。もちろん、僕らの来た背後もで。

 大丈夫。義兄さん達は強い。そう簡単に後れをとるものか。

 それよりも急げ! まだ二挺が未装填だ! 撃てない銃なんて、ただの棒に過ぎない!

 ……駄目だ! 慌てるな! 落ち着け! 丁寧に、そして繊細に作業を!

 この雷は――雷酸銀は、前世史でも問題視されたぐらいだ。乱暴に扱ったら、暴発も……――。



 気づけば義兄さんに優しく肩を叩かれていた。

「終わったよ、リュカ」

「……急ぎましょう、若様。時間がありません」

 先へ促すルーバンも、しかし、同じように優しい目をしている。

 そういえば二人は、もう済ませていたのだった。その手を汚す経験を。

「こ、こやつめらは……み、見掛け倒しにございました」

 強気な台詞と裏腹に白い顔のポンピオヌス君は、全身を小刻みに震わせていた。まだ武者震いが止まらないのだろう。

 きっと僕も同じく酷い顔に違いない。

 いくら騎士ライダーになるべく育てられたからって、そうかと簡単に割り切れるものではなかった。

 突然、ルーバンが僕とポンピオヌス君の背中をどやしつける。「さあ一緒に行きましょう」とばかりに。

 ……どうやら僕は、戦友に恵まれたらしい。


「でも凄い音だったよ、リュカ」

「それに煙! 変な臭いだし」

 義姉さんの言う通りだとばかりに、しきりにタールムもクシャミを繰り返す。鋭い嗅覚には堪らないのだろう。

 しかし、独特の硝煙臭や轟音は銃器につきものだったし、無煙火薬の開発まで煙問題も解決されない。

「ですが、この煙……我らにとって都合が良いのでは?」

「どうして、そうなるのよ、ポンピオヌス様!?」

「砦へは火が放たれておりまする。そして火事の最中に煙へ向かうは愚策。攻め手の方で我らから離れていくかと」

 しばし全員で不可思議な見解を吟味する。正論……なの?

「どちらにせよ使わなあかんのですから! リュカ様は遠慮なされずに!」

 危ういところでポンドールが脱線から引き戻す。

 それもそうだし、鉄砲談義は後でもよいか。



 二階では誰とも行き会わずに済んだものの、あちこちが乱雑に物色されている。

 そして遂に恐れていた犠牲者を――女中や下男が斬り捨てられているのを発見してしまった。

 城にいる全員とは顔見知りだったし、同じ屋根の下で暮らす家族も同然だ。

 それなのに無念そうな目を閉じたり、乱された衣装を直す程度が精一杯だった。

 沸々と怒りと後悔が込み上げてくる。

 弱さは罪だ。突き詰めれば僕が弱かったから、彼らは死ぬ羽目となった。

 この落とし前は必ず……――



 横事を考えていたからか、すんなりと二階を通過できそうだったからか、油断してしまっていた。

「……駄目! 義兄さん! 下に余所者の臭いがするって!」

「ヒャッハー! 女だ! それに貴族の子供もいる! 捕まえて売り飛ばそうぜ!」

 一階へ降りる階段を挟んで破落戸どもと鉢合わせてしまう!

 しかし、こいつら……本当に押し込み強盗の類なのか!?

「リュカ、下がれ! 矢面には俺が! 脇を頼む、ルーバン! ポンピオヌス殿!」

 義兄さんが階段前を塞ぐように陣取り、その脇を二人も固める。

 しかし、これではジリ貧だろう。敵の数が多い! 多過ぎる!

「グリムさん! 箱を!」

 もう躊躇ってる場合じゃない! これを使うしか!

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