禁庫へ封じられていたもの

 まず巧妙に壁へ被せていた布を取り払う。

「もしかして隠し部屋かい!?」

「部屋って程じゃないよ。隠し倉庫というかクローゼットだね。

 ――あ! そうだ義兄さん! 剣があるんだった! それも三振り!」

 高級そうな箱ごと取り出して渡すと、いそいそと三人は開け放つ。

「こ、これは!?」

「もしやダマスカス鋼アシダマスでは!」

 その特徴的な木目状の模様に二人は目を白黒させ、義兄さんだけ――

「うん、いいね……手にしっくりくる。いずれ名のある工人の作と見た」

 とバランスの方を褒め称えていた。

 そして値段を思い出したのかポンドールは口を尖らせる。

「例の馬鹿高い剣やないですか!」

 まあ遥々インドから取り寄せれば、その値段も跳ね上がろう。ブランド力があるというか、もう知名度を持っているし。

 でも、どれだけ高価だろうと命には代えられない。そもそも使ってこそ道具だ。

「あれ? リュカ様の分は?」

「それ三本しか頼まなかったんだ」

「ならばポンピオヌスめは槍でも……――」

 そういいながらも隠しクローゼットを見渡す。

「ごめん、さすがに槍は買ってない。次に頼んどく」

 聞いてポンドールが微妙な顔をした。買い求めるのは自分と悟ったのだろう。

「しかし、これではリュカ様の分が! 足りなければポンピオヌスめは――」

「いや、それはポンピオヌス君が使って。僕には専用のがある」


 壁に掛けておいた鉄製のパイプ――それはグリップと引き金、ストックが付属していて、現代人なら一目で銃器と断定しただろう――を手に取る。

 しばし考え、それでも四挺全てを持っていくことにした。

 残念ながら単発式なので一度に打てる回数は、持ち歩く本数に等しい。あるだけ全部を持ってしまおう。

 当然に全てへ弾を込める。これで凶器の準備完了だ。

 残った弾を入れた木箱も肩掛けに背負う。そう重くはないけれど、割と大きい。

 ついで他の兵器を入れた箱も肩掛けに背負う。やはり重くはないが、とにかく嵩張って敵わない。


「なあ? リュカ? お前は、その変な棒で戦う……のか?」

「う、うん。ただ、これは弓みたいな飛び道具で、使い切りというか……――」

「ああ、それで何本も持っていくのか。でも、そんなに沢山の物を持ってたら、歩くのも大変じゃないか?」

 義兄さんの指摘は尤もなんだけど、これらは実用を考慮してない試作品に過ぎなかった。持ち運び易さだとかは、全くだ。

 どうしようか悩んでいたら――

「……仕方ないわね! 一つ貸して! お義姉ちゃんが持ったげる!」

「兄ch――義兄さん、ステラも」

 と予備の三挺と弾を入れた木箱を取り上げられた。

「ほなら……うちは、この箱を……――」

「……私は、こちらを」

 とポンドールとグリムさんも荷運びを買って出てくれた。

 「置いてけ」だの「足手纏いになる」だの始まるより、この方かベター?

 などと思っていたら、義兄さんが下手糞なウィンクをしてきた。……うん、良しとしよう。

 そして待ち草臥れたとばかりにタールムが大きな伸びをしながら起き上がる。

 時々、この弟分なはずの守り犬に、何もかもを見透かされている気がしてならない。

 突然に頼り甲斐の出てきちゃったタールムに先導され、とにかく天守キープを後にする。



 驚いたことに三階は人気が全くなかった。

 微かに煤けた臭いもするし、火急の用がない者は、誰も彼もが消火活動へ向かったのかもしれない。

 この時代の火事は天災レベルといえたし、暗黙の了解で全員が協力して対処する。村八分の残り二分へ含まれるくらいだ。

「リゥパー様達は、首尾よく厩舎を押さえられたみたいだな」

「……よし。予定通り厩舎を目指そう」

 窓からは騎乗した騎士ライダーフォコンと騎士ライダーリゥパーが見て取れる。

 「戦える者は武器を取って加勢を!」とか「手隙の者は火を消せ!」などと陣頭指揮している辺り、ある程度の状況も把握できていそうだ。

 任せてしまって大丈夫だろう。僕なんかより、ずっと頼れる専門家なんだし。

「いまのうちに進もう。まだ見つかってない間がチャンスだ」


 天守キープのある領主館には、直通の階段――全ての階へ繋がる階段は存在しない。

 一階から二階、二階から三階、三階から天守キープと其々が別の場所な上、ダミーまである。

 これは領主館がいわゆる本丸――最後の籠城場所を兼ねているからだ。

 本来ならば城壁が破られた時、最終拠点とする為なんだけど……想定しておいた手順を幾つも飛ばされ、敵に入り込まれてしまっている。

 もう籠城施設は、ここまで内通に弱いのかと納得せざるを得ない。

 せっかくの備えが全て無駄どころか、いまや逆に僕らの足枷となっていた。二階への階段を目指して三階の横断を余儀なくされてるし。


 そして二階へ降りる寸前、ターレムが不審な気配を捕らえた。

「兄c……義兄さん、この先に余所者がいるって」

 いつものようにエステルが通訳してくれたけど……どうして分るんだろう? 正直、謎だ。

「誰か鏡を持ってない?」

「この切羽詰まった状況で何に使うのよ!?」

 声を潜めて罵りがらも、しかし、義姉さんが何時だかの手鏡を差し出してくれた。

 受け取りつつ見てれば分るよとばかり、鏡を使って曲がり角の先を窺う。

「おお! それは賢いですね!」

 やはり声を潜めたポンピオヌス君に褒め称えられたけれど、元現代人的には顔が赤くなりそうだ。……自慢するドヤるには、少し手垢がつき過ぎてる。

「三人いるね。身なりが悪い。騎士ライダールーは、破落戸でも焚きつけたのかな?

 あと一人だけ飛び道具持っている。それも石弓クロスボウを」

 報告に義兄さんやルーバン、ポンピオヌス君が三人共に顔を顰める。

 なぜなら室内戦では弓より厄介な上、この時代でも至近距離でなら殺傷能力は侮れない。

 実際、いきなりピンチだ。

「僕が飛び道具で不意を討つよ。

 少し大きな音がするから相手は驚くだろうし、責任をもって僕が石弓クロスボウの奴は仕留める。

 その間に悪いけど皆で――」

「了解です、若様。その飛び道具は良く分かりませんが、手堅い手順かと。

 二人とも、なにか付け足すことは?」

 反対意見は出なかったので、そのまま作戦遂行となった。



 あらゆる雑念を頭から追い出し、ただ道具の一部となった自分をイメージする。

 片膝をつき、そこへ肘を乗せて左手で銃身を支え、右脇でも銃床ストックを挟み込む。

 さらに銃身の先端にある照星フロントサイトと手前側にある照門リアサイトを使って、標的と射線を一直線へ結ぶ。

 拳銃ピストル小銃ライフルの大きな違いは保持が容易く、そして狙いをつけ易いことか。

 ここまでシステムが揃っていると正確に狙えるし、僕のように非力でも発射後に銃が暴れなくなり、複合的に命中率も跳ね上がる。

 静かに息を吐き切ったところで引金トリガーを絞るように引く。

 するとジュゼッペを大いに悩ませ、それでいて渾身の力作ともいうべき撃鉄ハンマーが雷管を叩いた。

 圧力を掛けられた雷管――というよりも紙に水へ溶かした雷酸銀を吸わせたものだから、雷紙と呼ぶべき?――が発火する。

 火薬の爆発――ガス圧で押された弾丸は、銃身内部へ刻んだ施条ライフリングによって回転を加えられていく。


 ――銃声が鳴り響く!


 標的の心臓近くへ命中した。

 だらしなく石弓クロスボウをぶら下げていた男は、まるで糸の切れた操り人形の如く崩れ落ちる。

 拍子抜けしてしまう程に呆気ない。悲鳴すら上がらなかった。きっと即死したのだろう。


 ……どうしてか若鹿の時ほども心は揺るがなかった。

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