決意
「逮捕状は出してあるんだよね、リュカ?」
義兄さんらしからぬ、そして際どい確認だった。
「……いや。でも、どうして?」
「どうしてって……うん……なんて言えばいいのか……」
珍しく歯切れが悪かったし、僕の判断に不満を覚えてもいるようだった。
でも、義兄さんは境遇の似通った
僕らに続いてルーバンとポンピオヌス君も窓から顔を出す。……四人して雁首並べてる姿は、かなり滑稽かもしれない。
「無茶いうな、サム。いくら若様が御名代といっても限度があるだろ。
「ポンピオヌスめには疑問なのですが……
結局、ポンピオヌス君の指摘が問題の大半を占めている。
実のところ
強いて言うのなら
もちろん出頭命令へ従っていないのは気になるけれど、まだ本人が拝命していない可能性もある。
そもそも
あの何とも言えない……純粋な悪意にも似た視線。
それを無遠慮に向けられたからこそ、僕は
しかし、一般的な印象は逆で、父親という後ろ盾すら無く、若輩の身で
似たような境遇で共感を持ったのか、それで義兄さんも
……そう『
いつからだろう? いつから義兄さんは
理由は分からないけれど義兄さんは、
いや、そもそも義兄さんと
言い方は悪くなるけれど、実のところ義兄さんの方が恵まれている。
なぜなら
それでエステルが僕の乳きょうだいとなり、当然にサムだって僕の義兄さんとなった。
さらには良き師にも恵まれ、将来有望な従士として初陣も果たしてる。
このまま順調にいけば
しかし、全ては政治的支援者がいなければ、起きるはずがなかった!
では、逆説的に
まず考えられるのが大叔父上だ。
大叔父上が支援したからこそ、十代にして叙任という偉業を果たした?
その御礼奉公とばかりに、
……違うな。それでもパズルは埋まる。けれど納得いかない。
なんだろう? これは知っている焦燥感だ。まるで答案を提出した直後、誤答に気付いてしまったかのような……絶対的な確信と後悔は!
別解はある。
それは厄介で最悪な見解だったけれど、
また、いまさらながら勘違いにも気付かされる。
僕が覚醒する前、ランボの師匠を選定は、極めて政治的な案件だったはずだ。
本人の性格が悪かろうと、武芸の才覚が疑わしかろうと、ランボは次の主君候補だった。
子供ですら政治的判断をしていたぐらいだ。
またランボの
その前には多少の難がある程度で、むしろ優良な選択肢のはずだ。
つまり、
むしろ順番が全て逆か。
まだ少年だったルーと彼の人が出会い、おそらくは全てが始まった。
しかし、一つだけ腑に落ちなくはある。
なぜに今、
だが、その違和感を解消するより先に、チャイム代わりと叫び声が上がった!
「火事だぁ!」
念のため西側の窓から反射炉の様子を見る。
やはり無事だ。幸か不幸か、今日は珍しく火を落としている。……それが理由で職人達にも暇を出してしまっているけれど。
「南の兵舎です! 煙が上がっておりまする!」
律義にポンピオヌス君が教えてくれるけれど、まあ、そりゃそうだろう。陽動は反対側へがセオリーだ。
「あ、あの野郎!
ルーバンの声に慌てて北側の窓へと戻ると――
二人目の門衛を
そして開け放られた北門へ、ぞろぞろと人が――軍勢が雪崩れ込んでくる!
「なっ……なんて雑な! て、適当過ぎる、流石に! と、とにかくTe――」
そこでルーバンに口を塞がれた。
「若様、いま敵を数えてんですから、邪魔をしないで下さい。それに教範は忘れてしまって結構ですよ。
……本当に御自分の位置を、自ら知らしめるおつもりで?」
「ルーバン! お前、何を持ってる? 俺は短剣だけだ。あとは、この棒くらいか? 使えそうなのは?」
「どこかで武器を? どちらにせよ籠るか、それとも討って出るかを決めねばならぬかと」
さすが三人共に
「籠るのは無理そうだな。とりあえず徒歩が五十、騎馬が十ってところだけど……他に増援がいたら拙いし、なにより火の回りが読めない。
若様、もう少し石材を中心に再建した方が良かったと思いますよ、俺は」
「師匠達は厩舎を目指すかと。敵方の騎馬を対処せねばなりませぬし」
「なら一階まで降りて、中庭を経由して向かおう。遠回りになるけど、騎馬の敵を相手にするよりマシだ」
相談しながらも三人は日常使いの短剣を手に黙ってしまう。
剣や槍と戦うのには、ありあわせの棒や短剣なんて玩具も同然だ。隠しきれない絶望が伝わってくる。
「リュカ様、サムソン殿、あの日に分け合った『あいすくりん』は美味しゅうございましたな。どうしてか、いまだ恋しく思い出す日があるほどで。まあ、あの壺を扇ぐのは、もう御勘弁を――」
「な、なにを突然にいいだすのさ、ポンピオヌス君?」
「最初の敵へは、このポンピオヌスめが飛び掛かりましょうぞ。その隙に、私めごと止めを。あとは其奴から獲物を奪えば良いというもの」
何事でもないようにポンピオヌス君は微笑んでいた。
「ちょ……ま……どうして――」
「いまこそ盟約を果たす時かと。リュカ様には御きょうだいがおられない。しかし、ポンピオヌスめには姉がおりまする。
つまり、正しい順番はポンピオヌスめからなのです」
まるで子供に道理を説くかの如くだったけど、盟約が求むるに沿ってはいる。
でも、僕に君を犠牲に生き延びろと!?
「いやいや、ポンピオヌス殿。その役目は義兄弟たる俺が――」
「なに馬鹿なことを……お前も男の兄弟はいないだろ、サム。でも、俺には弟がいる。栄えある先陣は俺の役目なんだよ、次がお前、その次がポンピオヌス殿な」
あろうことか淡々と命の順番がつけられていく。
「う、うちは置いていってくんなはれ」
「なにを言い出すんだよ、ポンドール!」
「せやかて……うちは馬に乗れへん。うち、リュカ様の足手纏いになるのだけは嫌や!」
恐ろしさに震えるポンドールを労わる様にグリムさんが抱きしめる。
「私も馬には乗れませぬ。ここでポンドールと共にリュカ様の御武運をお祈りいたします。都合よく高層でございますから、ここなら女の身でも対処できましょう」
いつものように微笑んでくれたけれど、その顔は蒼白だ。
そんな二人へ義姉さんとエステルは黙って肯く。……二人が無言な時は、厄介ごとの予感しかしない。
そして『負け』を思い知らされていた。
これほど雑な企みが成功するはずがない。
いくつか僕にも落ち度はあるとはいえ、杜撰すぎるというか……もはや自殺特攻にも近いレベルだろう。
しかし、これで十二分な『負け』が確定しかねなかった。
仮に襲撃者を皆殺しにできたとしても、大切な誰かを犠牲に生き延びたのでは間尺に合わない。
「……僕が間違っていた。いかなる手段を用いても、負ける訳にはいかない。
安心して。幸いなことに
皆で戦おう。そして無事に生き延びるんだ」
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