決意

「逮捕状は出してあるんだよね、リュカ?」

 義兄さんらしからぬ、そして際どい確認だった。

「……いや。でも、どうして?」

「どうしてって……うん……なんて言えばいいのか……」

 珍しく歯切れが悪かったし、僕の判断に不満を覚えてもいるようだった。

 でも、義兄さんは境遇の似通った騎士ライダールーに共感を抱いていたはずでは?

 僕らに続いてルーバンとポンピオヌス君も窓から顔を出す。……四人して雁首並べてる姿は、かなり滑稽かもしれない。

「無茶いうな、サム。いくら若様が御名代といっても限度があるだろ。騎士ライダーには裁判の請求権も認められているし」

「ポンピオヌスめには疑問なのですが……騎士ライダールーを逮捕するとして、如何なる罪状で?」

 結局、ポンピオヌス君の指摘が問題の大半を占めている。

 実のところ騎士ライダールーは、べつだん何をしたという訳でもなかった。

 強いて言うのなら弟子ランボへの指導不足ぐらいだけど……それは師弟関係の話であり、あまり余人は口を挟まないのが騎士ライダーの流儀だ。

 もちろん出頭命令へ従っていないのは気になるけれど、まだ本人が拝命していない可能性もある。



 そもそも騎士ライダールーを疑問視しているのは、覚醒する前――物言わぬ生き人形だった僕の前で、彼が油断したからだ。

 あの何とも言えない……純粋な悪意にも似た視線。

 それを無遠慮に向けられたからこそ、僕は騎士ライダールーを疑っている。少なくとも裏表のある人間だと。

 しかし、一般的な印象は逆で、父親という後ろ盾すら無く、若輩の身で騎士ライダーに叙任された苦労人だ。

 似たような境遇で共感を持ったのか、それで義兄さんも騎士ライダールーに好意的わけだし。


 ……そう『』だ。


 いつからだろう? いつから義兄さんは騎士ライダールーを批判的に?

 理由は分からないけれど義兄さんは、憧れアイドルですらあった騎士ライダールーに敵対的な態度だ。


 いや、そもそも義兄さんと騎士ライダールーは、その境遇が似通っているのか?


 言い方は悪くなるけれど、実のところ義兄さんの方が恵まれている。

 なぜなら義母さんレトが、そのコネと才覚をフルに活用し、僕の乳母となったからだ。

 それでエステルが僕の乳きょうだいとなり、当然にサムだって僕の義兄さんとなった。

 さらには良き師にも恵まれ、将来有望な従士として初陣も果たしてる。

 このまま順調にいけば騎士ライダールーと同じ様に、やはり極めて珍しい十代での叙任すら望めるだろう。

 しかし、全ては政治的支援者がいなければ、起きるはずがなかった!


 では、逆説的に騎士ライダールーも支援者を?


 まず考えられるのが大叔父上だ。

 大叔父上が支援したからこそ、十代にして叙任という偉業を果たした?

 その御礼奉公とばかりに、息子ランボの指導を買って出て?


 ……違うな。それでもパズルは埋まる。けれど納得いかない。

 

 なんだろう? これは知っている焦燥感だ。まるで答案を提出した直後、誤答に気付いてしまったかのような……絶対的な確信と後悔は!

 別解はある。

 それは厄介で最悪な見解だったけれど、はあった。

 また、いまさらながら勘違いにも気付かされる。

 僕が覚醒する前、ランボの師匠を選定は、極めて政治的な案件だったはずだ。

 本人の性格が悪かろうと、武芸の才覚が疑わしかろうと、ランボは次の主君候補だった。

 子供ですら政治的判断をしていたぐらいだ。騎士ライダーが手抜く訳がない。

 またランボの指導役チューターが貧乏籤と見做されるのは僕が覚醒し、さらには大叔父上が失脚してからだろう。

 その前には多少の難がある程度で、むしろ優良な選択肢のはずだ。


 つまり、騎士ライダールーを後援でき、ランボの師匠へも押し込める人物が存在する。


 むしろ順番が全て逆か。

 まだ少年だったルーと彼の人が出会い、おそらくは全てが始まった。

 しかし、一つだけ腑に落ちなくはある。

 なぜに今、騎士ライダールーが金鵞城へ? まったくない。

 だが、その違和感を解消するより先に、チャイム代わりと叫び声が上がった!



「火事だぁ!」

 念のため西側の窓から反射炉の様子を見る。

 やはり無事だ。幸か不幸か、今日は珍しく火を落としている。……それが理由で職人達にも暇を出してしまっているけれど。

「南の兵舎です! 煙が上がっておりまする!」

 律義にポンピオヌス君が教えてくれるけれど、まあ、そりゃそうだろう。陽動は反対側へがセオリーだ。

「あ、あの野郎! りやがった!」

 ルーバンの声に慌てて北側の窓へと戻ると――

 二人目の門衛を騎士ライダールーが斬り捨てているところだった!

 そして開け放られた北門へ、ぞろぞろと人が――軍勢が雪崩れ込んでくる!

「なっ……なんて雑な! て、適当過ぎる、流石に! と、とにかくTe――」

 そこでルーバンに口を塞がれた。

「若様、いま敵を数えてんですから、邪魔をしないで下さい。それに教範は忘れてしまって結構ですよ。

 ……本当に御自分の位置を、自ら知らしめるおつもりで?」

「ルーバン! お前、何を持ってる? 俺は短剣だけだ。あとは、この棒くらいか? 使えそうなのは?」

「どこかで武器を? どちらにせよ籠るか、それとも討って出るかを決めねばならぬかと」

 さすが三人共に軍人プロの卵というべきで、腹が据わっているというか動き出しは早かった。

「籠るのは無理そうだな。とりあえず徒歩が五十、騎馬が十ってところだけど……他に増援がいたら拙いし、なにより火の回りが読めない。

 若様、もう少し石材を中心に再建した方が良かったと思いますよ、俺は」

「師匠達は厩舎を目指すかと。敵方の騎馬を対処せねばなりませぬし」

「なら一階まで降りて、中庭を経由して向かおう。遠回りになるけど、騎馬の敵を相手にするよりマシだ」

 相談しながらも三人は日常使いの短剣を手に黙ってしまう。

 剣や槍と戦うのには、ありあわせの棒や短剣なんて玩具も同然だ。隠しきれない絶望が伝わってくる。


「リュカ様、サムソン殿、あの日に分け合った『あいすくりん』は美味しゅうございましたな。どうしてか、いまだ恋しく思い出す日があるほどで。まあ、あの壺を扇ぐのは、もう御勘弁を――」

「な、なにを突然にいいだすのさ、ポンピオヌス君?」

「最初の敵へは、このポンピオヌスめが飛び掛かりましょうぞ。その隙に、私めごと止めを。あとは其奴から獲物を奪えば良いというもの」

 何事でもないようにポンピオヌス君は微笑んでいた。

「ちょ……ま……どうして――」

「いまこそ盟約を果たす時かと。リュカ様には御きょうだいがおられない。しかし、ポンピオヌスめには姉がおりまする。

 つまり、正しい順番はポンピオヌスめからなのです」

 まるで子供に道理を説くかの如くだったけど、盟約が求むるに沿ってはいる。

 でも、僕に君を犠牲に生き延びろと!?

「いやいや、ポンピオヌス殿。その役目は義兄弟たる俺が――」

「なに馬鹿なことを……お前も男の兄弟はいないだろ、サム。でも、俺には弟がいる。栄えある先陣は俺の役目なんだよ、次がお前、その次がポンピオヌス殿な」

 あろうことか淡々と命の順番がつけられていく。

「う、うちは置いていってくんなはれ」

「なにを言い出すんだよ、ポンドール!」

「せやかて……うちは馬に乗れへん。うち、リュカ様の足手纏いになるのだけは嫌や!」

 恐ろしさに震えるポンドールを労わる様にグリムさんが抱きしめる。

「私も馬には乗れませぬ。ここでポンドールと共にリュカ様の御武運をお祈りいたします。都合よく高層でございますから、ここなら女の身でも対処できましょう」

 いつものように微笑んでくれたけれど、その顔は蒼白だ。

 そんな二人へ義姉さんとエステルは黙って肯く。……二人が無言な時は、厄介ごとの予感しかしない。


 そして『負け』を思い知らされていた。

 これほど雑な企みが成功するはずがない。

 いくつか僕にも落ち度はあるとはいえ、杜撰すぎるというか……もはや自殺特攻にも近いレベルだろう。

 しかし、これで十二分な『負け』が確定しかねなかった。

 仮に襲撃者を皆殺しにできたとしても、大切な誰かを犠牲に生き延びたのでは間尺に合わない。

「……僕が間違っていた。いかなる手段を用いても、負ける訳にはいかない。

 安心して。幸いなことにはある。ただ僕に覚悟が足りなかった。

 皆で戦おう。そして無事に生き延びるんだ」

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