円卓の王子

 賓客はンドラゴン姓を名乗っていた。あの円卓の騎士で有名なアーサー王の家名を。

 つまり、このンドラゴン族のアスチュアなる青年は、本当にあの大英雄!?

 前世史だと三世紀から五世紀にかけて何名か実在モデルに目されたし、今年で開けて西暦三百四十八年四世紀らしいから……その可能性も無くはなかった。

 それに父親がウィターで母親がイグレイン、相談役はドル教神官メェランで、副官は義兄のケイエ、一族のシンボルマークは『翼を広げた横向きの竜』……もう補強要素しか!?

 嗚呼、神様! 御助けを! この人、伝説通りならガリアに攻めてきます!

 王太子と大叔父上は、よりにもよって最悪に喧嘩を売ってしまって!?



 そして遅ればせながら嫌な疑惑も浮かんできた。

 ずっと非常に幸運と思っていたけど――


 もしかして……僕の生年、悪すぎ……?


 そもそも『民族大移動』の遠因ともなった『寒冷期』で、全世界的に苦しい。

 これで燃料をくべられた『ン族の台頭』がある上に、その指導者も大英雄『アッチラ大王』だ。

 対抗馬にイタリア北部ゴート諸族の『テオドリック大王』がいるものの、残念ながら王家は敵対するつもりらしい。

 ローマだって前世史からどこまで分岐したのか判らないものの、何名か偉大な皇帝を輩出している。

 というか混乱していたローマを再統合した『コンスタンティヌス大帝』だけは嫌だ。……ばっちり同時代の人だけど。

 なんといっても大帝の称号は、千年帝国のローマ皇帝ですら五名しか冠せていない。紛れもない大英雄だ。

 また中東にもペルシア中興の祖とまでいわれる『シャープール二世』がいる。

 そして『アスチュア』が追加だ。

 なんと民族や国家を代表する大英雄が五人も! そして世界史レベルの重大事件が三つも進行中だ!

 ……誰と敵対しても拙かったし、かといって親しくなりすぎるのも上手くなさそうだ。



 そのアスチュアだけど、とにかく美人だった。

 男性に対して誉め言葉となるのか不明なものの、まるで男装した麗人の如くだ。

 それも怪しかったり退廃的だったりではなく、それこそ体操のお兄さんなどに通じる……不自然なまでに健全なタイプの。

 そんな佳人が大きな口を開け、もりもりと羊の丸焼きを片付けていた。……僕は手品か魔術でも見せられているのだろうか?

「素晴らしい肉ですね! 子羊肉ラムのように癖がなく、それでいて羊肉マトンの旨味と両立していて……いつまででも食べていられます!」

 ……って、まだお代りするの!? まあ満足してくれて何よりだけど。


 これはアスチュアが腹ペコ怪人なだけではない。

 外交の必勝を期して、存分に現代科学チートを使った成果だ。

 まずマトンではあったが、生まれてから一度も草を食べさせていない。母乳と穀物だけで育てている。……当然、母羊にも草は厳禁だ。

 その分だけ飼育代が嵩むけれど、穀物肥育マトンは前世史でも超高級品扱いだった。時代平均で考えると、もう指折りの美食食材となる。

 さらに、それを熟成させた。

 生肉のまま何週間か保存するだけでも、それには製氷技術が必須だ。腐ってしまわぬよう安定して低温を保つ必要がある。

 この合わせ技であれば、もう前世史でも入手困難なAだの特だのと格が付くだろう。


「若! 少しは遠慮なされよ!」

 そうアスチュアを戒めるメェランも、食堂を煌々と照らすカーバイトランプとミラーシェードに目が釘付けだ。

 かつてイベリアスペインのカルロスは、星を捕らえたのかと訊ねた。

 しかし、この距離ならば星ではなく、もはや太陽の欠片だ。

 後年に西側最高とすら嘯かれる大魔術師も、どうやら現代科学チートの粋には開いた口が塞がらないらしい。


 そんな二人をアスチュアの隣を占める青年――ケイエがブリタニアイギリス語でなにやら叱った。

 「もっと真面目に」とか「職務だぞ」とかの意味?

 嗚呼、もっと真面目に英語の授業を受けておくのだった。まさかこんな風に後悔するなんて。

 しかし、予想は正しかったらしく、渋々とアスチュアは仕事に取り掛かった。

「まず御依頼にあったギヨームなる人物への逮捕状ですが、しかと請け合いましょう」

「じゃが、よいのか? 賞金を懸けてしまって? 島人どもの気性は荒い。本土の者達とは大違いだ。生命の保障はできなくなるぞ?」

 こちらを探るつもりか、それとも老婆心なのかメェランが念を押してくる。

「もう少し情のある対応をしたいところですが……ブリテン島に隠れられてしまっては、手が届きませんからね。仕方がありません」

 これで大叔父上も異国から戻るしかなくなるはずだ。アスチュアも政敵のスポンサーを排除できる。

 そこでケイエがまた、義弟へ長々と語りかけた。……難しい言い回しが多過ぎて、いまいち分からない。

義兄あにが申しますには、同盟締結は喜ばしいのですが、やはり交易の約束は難しいのではないかと」

「……ケイエは頭が堅くていかんの」

 そうメェランは溜息を吐いたかと思ったら、なにやらブリタニアイギリス語でケイエを叱り始める。

 その様子はあまりにも権柄尽くで、傍で見ていて吃驚してしまった。……ケルト社会でドル教の発言力は、全く損なわれていないようだ。

「ま、まあ……あー……その辺で?」

 ドル教の神官を相手に仲裁を買って出るとか……不敬と思われたり?

「メェラン! ここは貴方の教室ではありませんし、私達も生徒扱いされる子供ではないのですよ!

 誠に申し訳ありません。メェランは善良な人物なのですが、いまだに私達のことを小さな生徒と勘違いしている節がありまして」

 それで場は和んだけれど、意外とアスチュアは懐が深そうだ。油断ならない。


 おそらくケイエは――この生真面目そうな副官は、釣り合いの取れない交易に据わりの悪さを感じたのだろう。……まるで施しでもされたかのようで。

 しかし、アスチュアとメェランは、きちんと裏の意図を汲んでくれている。

 もちろん朝貢外交をするつもりはない。

 だが、お友達料を支払うこととなっても、ブリタニアイギリスには寝ていて欲しかった。

 それが数トンもの鋼鉄を交渉テーブルへ乗せた理由だ。

 しかし、ブリタニアイギリス側が対価を持ってなかったので、あたかも施しのような交易となっている。

 ……こちらとしては、本土で捌き難くなった鋼鉄で同盟を。お釣りで何か資源を貰えれば万々歳なのだけれど。

「こちらとしては羊毛、鉄鉱石、無煙炭……どれでもよいのですが?」

 隣で怪訝な顔の母上を安心させるべく、これが対等な取引であるとアピールしておく。

「どれも鋼鉄と交換してくださるのなら、いくらでも用立てましょう!」

「じゃが、どれであろうと嵩が張る。羊毛なら尚更じゃ……」

 羊毛や鉄鉱石、石炭は、ブリタニアイギリスの特産物だったりする。しかし、それらが交易品となるのは、中世末期から近世にかけて。

 この時代に欲しがる者は少なかったから、彼らにとって絶対に逃してはならない商機ともいえた。

 しかし、ドゥリトルは梳毛ウーステッドで羊毛が足りなくなるので、恩を売りながらの買い付けはズルいかもしれない。

「輸送方法ですか?」

「お恥ずかしい話ですが、我らの輸送船は小さいのです」

「手持ちで一番に大きい船でも、五千壺級なのじゃ」

 たしか先進国ローマの最大級で一万壺級――四百トンの荷を運べる。その半分に届くのなら、まずまずの規模だろう。

 ただ鋼鉄数トン――金に換算して百キロ分以上の羊毛ともなれば、もう万トン単位のオーダーとなる。下手をせずとも三桁回の往復だ。

 どうやら僕の方でも船を用意するべきだったし、適当な港も必須に思えてきた。……あるいはドゥリトル河の整備を。



 こんな泥縄もいいところの取引では足元を見られる。そう危惧する向きもあるだろう。……実際、見守るセバストじいやも心配そうだったし。

 だが、相手側もまた、僕達と同じくガリアフランスに関与して欲しくなかったりする。

 なぜならブリタニアイギリスは統一されていないというか、これから大乱世に見舞われるからだ。


 そもそも原住民が住んでいた所へ、ケルト人や謎のピクト人などがブリテン諸島へ入植していく。……もちろん許可など求めずに。

 どちらも詳細不明なのだけれど、おそらくは大陸からガリアフランス人とゲルマンドイツ人に追いやられたのだろう。

 さらに前世史では、カエサルの侵攻を逃げたガリアフランス人が。その後を追うようにサクソン人ドイツ人の一派も落ち延びている。……もちろん許可など求めずに。

 この大規模な椅子取りゲームは、最後に初代皇帝アウグストゥスがブリタニアイギリスを征服して終結する……かに見えて、まだ続く。

 文明化ローマ化しきる前に、西ローマが崩壊してしまうからだ。

 斯くしてブリタニアイギリスは、非常に雑多な起源を持つ勢力が相争う戦国時代へ突入する。

 これは前世史において七王国時代などと称され、なんと九世紀頃まで――約四百年も続いた。……控えめにいってもヨーロッパ版修羅の国だ。


 現時点は、その長き戦乱の前夜……というかゲルマンドイツ人の民族大移動勝手な入植を契機に、もう始まっているらしい。

 さすがに前世史ほど文明化ローマ化しておらず、その参戦者や有効な領土も少ないはずだ。

 しかし、だからといって百年やそこいらで治まるような規模でもない。

 大英雄?アスチュアにしても、これ以上の参加者は遠慮したいところだろうし、外国盤外からの意味不明な介入も御免被るはずだ。……それでコンタクトを求めてきた訳だし。

 つまり、ドゥリトル僕らと立場は同じといえる。その勢力規模すらも。

 そこで僕はガリアフランスブリタニアイギリスへ干渉しないよう努める。止められなかった時も、せめて事前に情報を流す。

 そしてアスチュアは、この逆を。

 こちらが最初に支払う分だって、王太子か大叔父上の策謀を阻害するための予算だ。

 交易なんて、これを支払う為に結ぶようなものだから、最終的に釣り合いが取れていれば問題ない。まず同盟の事実を優先だ。



 王太子が知恵や経済力で謀れるように、僕も同じことが出来る。

 ましてや僕は、彼の人にとって対処すべき多数の内一人に過ぎない。全力で当たれば必ず上回れるはずだ。

 ブリタニアイギリスドゥリトル僕らの敵を作るというのなら、同じだけ味方を作ればいい。

 そんな僕の考えを読みでもしたのかアスチュアは、艶やかな笑みを溢す。

 この人もこの人で、絶対安心な同盟相手とはいえない。

 だが、取引相手を選り好みしている時間も無かった。

 負けるものかと精一杯の笑顔で応える。……とにもかくにも同盟の成立だ。

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