春を待ち耐え忍ぶ日々

 ブリタニアイギリスから使節が到着するより先に、王太子が腕の良い密偵と判明した。

 ……諜報の成果が爆弾よろしく炸裂しまくったからだ。


 まず王宮が紙と石鹸に対し、非常識なまでの物品税を検討し始めた。……製造業者たる僕達の取り分より、税金が多いほどの。

 当然のことながら産業化を果たしているのは、まだドゥリトル領だけ。つまりは狙い撃ちといえる。……敵ながら優れた着眼点だ。

 もちろん諸侯とて新税の設立や増税には、必ず反対の立場につく。

 しかし、絶対に受け入れない訳でもなかった。

 なぜなら諸侯は王家へ納税していない。それで王家に対し負い目というか――多少は受け入れるべきとも考えているからだ。



 これは街の商工会なんかを想像すると分かり易い。

 その昔、我らがガリア部族連合商店街は、一致団結して王国商工会を設立した。かの邪智暴虐なローマ帝国モールの進出を阻止するために。

 そして商工会の長には有力者――王家の先祖が推挙され、なし崩し的に代を重ねる。

 ここまでは無理なく御理解いただけるはずだ。ガリアに限らず、似たような構図を世界中に散見できるし。

 だが、商工会にも――王国の運営にも予算が必要だ。

 基本的には諸侯で最も有力だった王家によって――つまりはガリアで最も広大な直轄領の収入から捻出されている。

 ……ようするに会長のポケットマネーで賄われているも同然だ。

 そんなのは不公平だし、いずれは立ち行かなくなるに決まっていた。

 しかし、だからといって諸侯は王家へ納税しない。なぜなら原理原則にもとる。

 税とは主や守護者へ支払うものであり、諸侯のリーダーなだけで徴税は認められない。

 これは後年の絶対王政と大きく違う点だろう。土地を王から賜った訳ではなく、その分だけ権利や発言力も残っているのは。

 もし王家が諸侯へ税を求めようものなら、それだけで体制が破綻しかねなかった。……誰だって商工会に税を――主従を要求されたら、脱会を選ぶ。

 そこで王家は直接に諸侯から取り立てず、民衆向けに各種税金を設立した。それなら原理原則に抵触せず集金できるからだ。

 ガリアでも塩だとか酒などに税金が定められてるし、それは王家の収入であり、当然に王国の運営費となっている。

 このカラクリを理解していると、定期的な新しい税の提唱にも納得する他ないし、たまには受け入れるべきという空気も作られていく。

 それに諸侯だって真似して徴税権を濫用しているのだから、王家だけを責めるのは御門違いでもある。



 そして同時にトロナ石を要求され、やっと両天秤の妙手と気付かさせられた。

 暗に「国内流通を開始すれば、紙と石鹸への物品税は取り下げる」とも示唆してきたからだ。

 どうやら嗅ぎつかれたらしい。トロナ石が重要な資源であることを。

 その意図するところは明確だ。

 大人しく物品税で搾取されるか、トロナ石での儲けを王家とも分かち合うか。

 どちらへ転んでも王家は潤う計算となる。


 さらに王太子妃の名前で母上が龍髭糖を強請られた。

 おそらく王太子は何かが起きていると察したものの、それが何なのか特定できなかったのだろう。

 だが、この方法なら試金石とできた。

 こちらが抗うようなら重要と判るし、些事であるのなら――従ってくるようなら現物を入手できて儲かる。

 踏まえると、こちらとしては『水飴と龍髭糖の製法を教える』しかなかった。

 なぜなら本丸は養蜂の技術革新であり、実は増産も果たしていることだ。そちらを感付かれるよりはマシといえる。


 トロナ石にしても、最終的には輸出の開始やトロナ税を呑むしかなかった。……他に隠し通せた範囲に比べれば、やはり些事に過ぎないからだ。

 こんな時は虎の子な硝石の隠匿を最優先し、それ以外は諦めた方がいい。

 なぜなら相手は覇王の類な上、先手を取られている。

 妙な色気をだして大火傷するより、素直にダメージコントロールを――状況の清算に努めた方がマシだ。

 つまり、損害と引き換えに取られた先手を解消していく。いつかは王太子の攻めも切れる……はずだ。


 しかし、そんな基本方針――誤魔化しつつ、のらりくらりと相手の追求を躱すと決めてからも、まだ王家は追撃を加速してきた。

 その時点で僕らのリソースを削りきる目論見だったのだろう。

 もし徹底抗戦を選択していたら、これで詰め切られていたはずだ。

 なんせ毎日のように王都へ使者を送ったほどで、王宮での政治的発言力が枯渇していてもおかしくなかった。……真正面に対抗していたら。



 それは『隠し鉱山』および『領内生産力の偽称』という、かなり厄介な告発だった。

 この告発は、べつに納税義務がないのだから問題ない……では済まなかった。むしろ非常に拙い。

 実は諸侯にも実質的な税に当たる分担金や賦役――ようするに商工会費が割り当てられていたし、それらは各領の生産力に基づいて算出される。

 さらには戦争税に当たる臨時供出金も同様にだ。

 これを誤魔化していたともなれば、王を含めて諸侯の全員が反目に回ってしまう。……いつの時代も金銭的不正は、許されざる裏切りだ。

 そして突き詰めると政治闘争なんていうものは、曖昧模糊な印象の操り合いともいえた。

 つまり――

「なんだか分からない細々とした疑惑で騒がしかったけど、終いには脱税!?

 これはドゥリトルを擁護なんて、できそうもないぞ……」

 と世論操作されるところを――

「なんだか分からないけど細々と虐められ、しかし、それでも我慢して従ったドゥリトルへ、こんどは脱税の濡れ衣!? ちょっと王家はやり過ぎじゃないか……」

 に止められた。

 この同情を勝ち取るのにトロナ石輸出の解禁と課税、水飴製法の伝授と……控えめにいっても大打撃だけど!

 まあ、かろうじて致命傷――王家の調査員だけは突っぱねられたので、それを慰めとするしかない。

 ……もし査察になんて入られたら、もっと大きな秘密を暴露されかねない! おそらく王太子も、それで止めと考えていただろうし!



 ただ僕とて負けてばかりではない……というか大きな見落としに気付けた。

 確かに王太子は才気ある人物だ。

 奇妙なことに今回は、お互いに代理人メッセンジャーを王宮へ送っての対決となった。僕はドゥリトルから動けなかったし、王太子も南部戦線へ詰めていたからだ。

 しかし、さすがに王家といえど最前線から途切れなく伝令を送れない――相手は柔軟な対応を取れない。

 対して僕は物量での圧倒を狙ったのに――メッセンジャーを密に送ったのに、あやうく負けかけた。

 ……『読んでおいた対応』や『置いておいた策』で手玉に取られかけたからだ。

 もちろん攻めと守りで優位の差、さらには先手の有利もある。

 しかし、それらを差し引いても『政治』に精通し過ぎていたし、おそらくは経験からの『読み』も深かった。もう驚嘆に値する。


 だが、そんな王太子でも、この時代の人だった。

 実は経済効果が計り知れない製氷技術を看過してたりする。

 こちらとしては芋蔓式に硝石の存在を察知され兼ねず、慌ててセキュリティを引き上げたぐらいなのに。

 当然に公衆便所も感銘を与えていない。おそらく帝国の真似と?

 しかし、そちらも硝石へ繋がる話なので、下手に探られたくはなかったりする。

 少し重要度は下がるけれど林檎や葡萄にも、まったく関心のない様だった。

 やはり帝国に現物があるからだろうか?

 そして分かり易い紙だとか石鹸、代用砂糖に目が眩んで?

 なにより糸車や機織り機、脱穀機、精麦機、唐箕……現物を確認していれば看過できない品々に関して、まったく要求がなかった。

 あるいは密かに現物を入手し終えているのかもだけど、それよりは深く調べなかった可能性が高い。

 生産性が向上した理由も「隠れて開拓に力を注いでいた」と結論付けたのだろう。おそらくは早々に。

 つまり、妙な話だけれど王太子は賢すぎるから、この時代なりの知識で回答を閃けてしまえるのだ。

 鉄の輸出量が増えたからといって「未来技術によって溶鉄炉を開発した」と考える人間はいない。

 この時代であれば「新たな鉱山でも発見したのだろう」が適切な『読み』か。

 あるいは、納得できるまで事実の確認をしたかもしれない。



 ……何度もは無理? でも、一度だけなら完全に意表も突ける?

 賢い人間に『不思議な想定外のことをしてくる』と構えられてからは、もう分からない。

 でも、その前になら相手の想定外から刺し込めそうだ。

 王太子の『傷』といったら大げさかもしれないけれど、やっと『つけ入る隙』を発見できたのかもしれない。

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