命懸けの手番争い

 人払いをした機織り部屋は閑散としていて肌寒かった。

 そして習慣なのか、それとも心が落ち着くのか……機織りの手を休めず母上が沈黙を破られる。

「南部で起きるという戦争ですが、心当たりは無くもありません」

「……おそらく南部沿海領でしょうな」

 御尤もとばかりに爺やセバストも追従する。

「先代が殉難されたトロザ領は、割れるやもしれませぬ」

 師匠ウルスも情報を補足してくれた。

「何か問題が?」

「いまのところは寡婦の身を押してオディーユ様が御名代に立たれ、なんとか家中を取り纏められておられますが……継承で一波乱ありそうなのです」

 やはり戦争だ。領主の――武将の戦死もあり得る。

 そして驚くべきことに、まだ長子相続が一般的ではなかった。

 ヨーロッパではゲルマンドイツ人が発明してから――土地の分割相続なんてしてたら滅亡し兼ねない乱世となってからだ。

「焦土戦略で疲弊したところへ領主の継承問題もですか。これでは停戦となっても、南部は落ち着きそうにないですね。戦後処理だって残ってますし」

「若様、我らとて他人事ではございませぬぞ!」

「セバスト殿の仰る通りかと。我が領内にも殉難者が」

 一般兵士とは違って騎士ライダーが戦死した場合、家督相続で揉めてしまったり、父上が仲裁を求められたりはありそうだ。

「しばらくはガリア中が大騒ぎだね、これじゃあ。

 もしかして恩賞の土地が必要だったりする? 開拓村を一つか二つなら融通できるけど……賠償金は取れないだろうから、どうしたって苦しい財務状況になるね。

 それに帝国と停戦になっても、イタリア北部ゴート諸族は別だし。……王は休戦協定を結ばれるのかな?」

父上レオンの手紙に、王はン族との同盟を望まれていると」

 そうだった。母上の御指摘通りだ。

 しかし、混戦の最中に脱落者が出た場合、生き残った何れかと組むのが定石といえる。絶対に孤立だけは――多対一の窮地へ追い込まれてはならない。

「ですがン族との同盟は認められませぬ! まだイタリア北部ゴート諸族の方が、折り合いをつけられまする! 御屋形様に奏上して頂かねば!」

「僕らの立場で、それを王に求められるかな? 僭越と受け取られやしない?」

ン族の奴ばらがゲルマニアドイツへ攻め込むから、ゲルマンも北部へ押し寄せるのですぞ!」

「しかし、騎士ライダーウルス、それは牽強付会と誹られ兼ねないかと」

 偶然といわれたらそれまでだ。残念ながらセバストの読みが正しく思える。

「ならば北部が一丸となって王に翻意を促すまでのこと!」

 鼻息も荒くウルスは主張するけれど、それは王の――部族連合代表な立場の弱さだったりする。

 まだ絶対的な権威を持っていなかったので、諸侯と折り合う必要があった。


「ああ、それで王家は、北部に火種を作っておきたかったのか。やっと全体像が分かってきた」

 しかし、三人共に怪訝な表情をしている。もう少し説明が要るようだった。

「北部に不利益な同盟を結びたかったら、先駆けて余力を奪ってしまえばいい。

 具体的にはドゥリトル領が御家騒動の真っ最中とか……領主を自分の息が掛かった者に挿げ替えるとかで。

 駄目押しでン族にゲルマニアドイツ侵攻の打診しちゃってもいいね。それでゲルマンドイツ人の南下を確実に促せる。

 そして南部は焦土戦術で弱っている上に、期せずして継承問題も発生した。

 つまり、一時的に北部も南部も、自分達のことで手一杯だ。

 その間にン族と共闘してイタリア北部ゴート諸族の略奪を成功させれば、まあ大半の問題は片が付くんじゃない?

 ――ようやく母上の御忠告が身に沁みてきましたよ。恐るべき人物ですね、我らが王太子殿は」

 何手先を見据えての行動だろう? それにいつから?

 あきらかに後発だった僕でさえ、事前に停戦を察知できた。ソヌア老人も独自に情報を得ていた節がある。当事者の王家なら、もっと早くにだろう。

 しかし、そうだとしても五手から六手は先を読んでいた計算になる。

 さらに踏まえての選択が『南部での焦土戦術』と『ドゥリトル家中に争乱を起こす』なのも厄介だ。

 俗に将帥は心に鬼を棲まわすというけれど、それだけで説明のつく話ではない。


「……母は、吾子の讒言を看過しかねます」

「御案じの通り、確たる証拠はありません。しかし――

 たまたま無関係に大叔父上が叛意を、それも『突然に人が変わったの如く』抱かられる。その手下としてロランなる無法者を雇い――

 さらに偶然、どうしてか自らドゥリトル領を内偵されてた王太子も、このロランを使われて?

 しかも人目を避けて『シリルの店』などという下賤な場所で密会を?」

 ポンピオヌス君の見立ては正しかった。サム義兄さんに手傷を負わせたのは、現役の騎士ライダーで間違いない。

 王太子であれば、北部出身の騎士ライダーを一人や二人は召し抱えていてもおかしくないし……土地勘を見込んでドゥリトル北部潜入へ随伴も当然だろう。

 そして黒幕が王家であれば、むしろ叔父上の言動も腑に落ちる。

 逆の視点で考えると、ドゥリトル一族が王家に疎まれる大災厄だ。軽はずみな対応はできない。

 見込み違いと王家に謀殺されるか、造反してでも一族の存続を図るか。……大叔父上も、苦渋の末な決断だったらしい。


「おそらく問題は、現状で王家が満足するのか、でしょう。

 いまのところ状況証拠ばかりの上、証人も信用を得られそうにもないはぐれ者アウトローが一人だけ。

 母上も仰った通り、これでは評議へ持ち込む以前の話で……徹底的にやらないのであれば、僅かな言質を取られるのすら芳しくありませんね。

 これで手を緩めるような相手であれば、静観も選択肢に――」

「しかし、若! 傍観してしまえば、北部へゲルマンドイツ人が雪崩れ込んできまする!」

「それに吾子……王はともかく、王太子は! 彼の御方は危険です!」

 母上ほどの御方が、ここまで強い言葉を使われるとは……もう尋常ではない。

「となると僕はもちろん、父上にも御注意の喚起を……戦時中に武将を謀殺なんて考え難いですが、僕の方は前例ありましたし」

 真剣な面持ちで爺やセバストも肯く。

 おそらく領内のセキュリティ・レベルを引き上げるのだろう。

 さらに窮屈となるのは不可避なものの、暗殺されるよりはマシだ。

 また父上には、停戦より先に帰国して頂く。

 謀殺や暗殺の可能性があるなら、事前に難を逃れられるし……父上は去年、一昨年と国元へ戻られてない。さすがに帰国を咎める者はいないだろう。


「しかし、王太子ですが……その人となりに、大きな疑問があります。

 なぜ自ら動かれたのでしょう?」

 僕で例えたら単身王都へ潜入しての工作および諜報活動に当たる。

 危険なのはもちろん、適切な人材配置とも思えなかったし、変人で済ますべきでもないだろう。

「彼の御方は、誰も信用なされぬのです。……御自分以外は」

 戦略に長けて、師の狂気をも飼い馴らし、独善的だが行動力もある……いわゆる覇王? それとも狂王だろうか?

 どちらにせよ諸侯の立場で主君と仰ぐのは遠慮したいところだ。

「……王太子に御兄弟はいらっしゃらないので?」

「吾子! そのようには――明け透けな言葉にしてはなりません!」

 さすがに失言だったし、そして吃驚もさせられた。……論点が『不敬である』ではなく、『不用心すぎる』だったからだ。

「姉君が……地中海中つ海はアフリカの……スファクスでしたかの? 最近になって帝国から独立した?へ嫁がれておりますぞ」

「男子の御兄弟は……色々と御不幸が重なって……いまは末のエドゥアー王子が。

 しかし、いまだ乳飲み子にあらせられます」

 姉は外国へ叩き売って政治的取引か何かに使い、後顧の憂いを断つとばかりに弟達は始末……そんなところか。

 王権を巡る権力闘争では珍しくもないとはいえ、残念ながら情や道理へ訴えたりは期待薄といえる。

 頭が痛くなるほど仕え甲斐のありそうな王太子様だ。もう泣けてくるほどに。

 だが、やっと僕にも盤面の対峙者がえた。

 確かに何手か先行を許してしまっている。でも、取り返しがつかないほどではない。まだ勝負はこれから――



「奥方様! 若様! 神官リジード様が、火急の要件にて御目通りを願いたいと城へ! なんでもブリタニアイギリスよりの書状を預かっているとか」

 出入り口で立番をしていたブーデリカが遠慮気味に取り次いでくれた。

 ……なるほど。まだまだ手番を渡す気はないのだろう。

 あと一手か二手を凌がなければ逆襲どころか、下手をしたら詰みかねない。ここが正念場のようだ。

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