尋問

 ドゥリトル城にも地下室があった。

 薄暗くて湿気っていることさえ我慢すれば、最も堅固な場所といえたし……防音性も抜群だ。全力で泣き叫ぼうと、外には全く漏れないだろう。

 もちろん歴代の当主達は馬鹿ではなかったので、その特徴を有意義に活用した。……国事犯を収容する地下牢や、それに隣接した拷問部屋の設置場所に。

 そんな領内で最も後ろ昏い場所の統括者――拷問吏から僕は、どうしてか畏れられていた。

「わ、若様! ようこそ御越しに! あの囚人は、御指示通りに処しております」

「……ここで話しても大丈夫なの? 中に聞かれやしない?」

「牢屋への扉には、分厚いコルクが張られてまして。例え城へ雷が落ちたって、気が付くはずありません」

 得意顔な拷問吏へ、あからさまに爺やセバストは顔を顰める。

 一応は文官というか、公務員というか……父上の召し抱えで、つまりは爺やセバストの部下なんだけどなぁ。

「それで? どうなっておる? 奴めは何を吐いた?」

 さすがに師匠ウルスは荒事にも慣れた様子だったけど、やはり拷問吏という役職に敬意は持てない様だった。

「……ほとんど全てを。若さまの手法は、恐るべき確かさがあります」

 どうやら僕のアドバイスは、高く評価されたらしい。

 まあ、それもそうか。指示は尋問技術の最終結論に立脚している。

 その理屈は簡単でも……いや簡単だからこそ誰にでも再現できたし、回避も難しい。



 創作物などで定番の自白剤や意思を緩める薬だけれど、現代では完全に否定されている。

 なるほど人を饒舌にしたり、意思の力を緩める薬品は開発された。……もう数え切れないほどに。

 しかし、その薬効が強ければ強い程、得られる情報の正確性も損なわれてしまう。

 これを身近な例で説明するならば酒だ。

 泥酔して判断力が下がった者は、秘密を漏らすこともある。

 けれど重要な情報ともなれば深く酔わせねばならないし、かといって酔わせれば酔わせるほど、得られる答も支離滅裂になっていく。

 また判断力が鈍くなると、質問への理解力も低下してしまう。

 間違って解釈された問いに、相手が正しく答えられたところで、それは欲しい情報ではない。


 さらに麻薬などの虜とするのも、それほど当てにならなかった。

 実際、禁断症状から常軌を逸することも多い。

 しかし、それらは末期な中毒患者の場合だ。まだ正気が残っていれば、それに応じて意志力も残る。

 重大な秘密を訊き出すのには、重度の薬漬けにせねばならないし……そうなった人物の発言は、極めて信用が難しくなってしまう。

 もはや麻薬欲しさに虚言すら躊躇わないからだ。


 そして小難しい理屈を重ねずとも、より簡単な説明もある。

「本当に酔っ払いの戯言やヤク中の妄言を信じるのか?」

 最終的に薬学的アプローチは、この一言で膝を屈するしかなかった。



 古典的な拷問――苦痛を与える方法は、一定の成果が認められる。……相手に抗う意志のない場合は。

 覚悟があると苦痛に打ち勝ってしまうし、嘘かホントか拷問に耐える技術も存在するという。

 また『苦痛のない状況という麻薬』の中毒にするも同然で、を欲しさに嘘でも平気で口にし始める。……拷問という手段が、より事態を混迷化させるのだ。

 結局、拷問を仄めかすだけで自白するような人物あるいは状況、即座に真偽の確認が取れる質問、複数人が同じ情報を持つ……そういった前提でしか、拷問は信頼できない。

 ようするに短期決戦向きだった。

 しかし、虜囚を簡単に殺す訳にもいかず、こちらも正しい質問が分らないなんて場合、どうしても長期戦になってしまう。……相手だって、文字通りに命懸けだ。

 そして拷問は耐える技術が――方法論が存在するし、時間を掛ければ掛けるほど情報の信頼性も低くなっていく。


 結局、長い冷戦下の研鑽を経て、拷問も自白剤も信頼性が低いと結論付けられた。

 だが真に恐ろしいのは「それなのに機能した――情報を得られたケースは、どうしてなのか?」と探求を止めなかったことだろう。

 そして最悪なことに究極尋問法のメソッドは完成している。



 隠し部屋の隙間からは、囚人と世話役の様子がよく覗き見れた。

 ちょうど本日の日課――拷問から解放されたところらしい。

「あのサディストの変態め! なにか『秘密を喋れ』だ! 聞いたところで、なに一つとして分らねえくせに! 奴の頭は空っぽだぞ!」

 寝台に俯せになりながらも、せわしなく両手を振り回す。

 男の背中は、まだ鮮血の滲む傷が痛々しかったし……その左手は喪われていた。

 『シリルの店』でフォコンが捕まえたはぐれ者アウトローだ。

「そう動かれたら、薬を塗れやしないじゃないか。ちょっとでいいから大人しくしておくれ。 ――少し沁みるよ」

 世話役が消毒か何かをしたらしく、囚人は苦痛に呻く。

「ふぅ……あんがとよ。その薬は沁みるけど、効くからな。いつだって次の日にはケロリと治っちまう」


「そうなるよう、我ら一同で心を砕いておりまする。若様が望むだけ、あの者は苦しみ続けることでしょう……決して死ぬことはなく」

 僕の耳元で拷問吏が囁く。

 きっと繊細に注意を払われた――それこそ芸術的な拷問とやらなのだろう。


「今日のボスはカリカリきていたみたいだ。なにかあったのかもしれない」

「……そんなところだろうと思ったぜ。きっと戦争だろうな。これから南部で戦争が起きるはずなんだ。

 ところで、とっつぁん? なにを気にしてんだ?」

「ボスが、いつものように昼寝してるか確認してんだ。なんせ今日は、色々と持ってきてるからな」

 そう答えて世話役は、懐から小さな革袋と乾燥腸詰を取り出す。

「酒か!? それに肴まで! こいつは気が利いてるぜ、とっつぁん!」


 批判的なウルスの視線へ、拷問吏は肩を竦めた。

「若様の御指示通り、手の者に友誼を育ませております。あれで義理堅い性質らしく、友人の為になら残った右手すら差し出すかもしれませぬ」


「で、これが残りの金貨だ。どこか隠すところは……――」

「って!? とっつぁん! そいつは……あー……半分は取っといてくれ。残り半分は預けておく。色々と買う御足に使うがいいぜ」


「……どういうこと?」

「森へ埋めた虎の子な隠し資産とやらで。報酬として『友人からの差し入れ』を与えることに」

 どうやら世話役は、相当な信頼を勝ち得たらしかった。全てを訊き出したとの豪語も、決して誇張ではなさそうだ。



 ズバリいってしまうと究極尋問法は、洗脳のことだったりする。

 洗脳というのは教育にも似ていて、システマチックに再現可能で……手間と時間さえ惜しまねば、絶対に成功する。

 そして誰かから情報を訊き出したいのなら、適当な人物を『信頼に足る友達』と刷り込んでしまえばいい。

 また方法論も『閉鎖空間に閉じ込め』て『極度に情報を制限』し、『高ストレス』に曝し続けるだけで足りた。

 その状況が続くと人間は、好意的な提案や関係を拒否できなくなるからだ。

 つまり、拷問して自白等を求めるのではない。

 拷問という洗脳に最適な環境を使って、相手に変心を迫ればよかった。

 そうすれば相手の方で勝手に情報を教えてくれる。



「ここから出る時には、そんなの金だしな!」

「……なんだい、もう酔っちまったのかい?」

「はんっ! これっポッチで俺様が――幸運のロラン様が酔うものかよ!

 南部で戦争なんだろ? そいつは王太子様の起こした戦争に決まっている。

 すぐにドゥリトルまで攻め上られて、俺も無罪放免……いや忠勤に報いた褒美を下さるはずだ!

 なんせ俺の雇い主は皇太子様だからな!

 とっつぁん! もし、その時に困るようなことがあったら、俺の名を――幸運のロランの名前をいうんだ。ここで受けた恩は、必ず返すからよ!」

 久しぶりの酒、さらには相手は友人世話役だけという気安さからか、とても海千山千なはぐれ者アウトローとは思えない口の軽さだ。

 それに情報を与えなかったことで勝手に『南部』や『戦争』、『皇太子』と補填を――機密の漏洩をしてしまっている。


「この者を――ロランを決して殺さぬように。

 また情報の秘匿にも務めること。具体的には、関係する人員を絞り込んで。……知る者が少ない程、秘密も漏れにくくなるから。

 それと大叔父上との関係も、より詳しいことが知りたい。でも、急ぐことはないよ。確実性を優先して」

 ……平静な声が出せたことに、自分でも驚いてしまった。

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