手掛かり

 だが、僕とて色々と忙しかった。

 喫緊の目標は、城での立場を向上で……なんとも小市民的だったりするけれど。

 それというのも最近、どうしてか女の子達からの当たりが厳しいからだ。

 エステルは赤ちゃん返りでもしてしまったのか、なにかと抱き着いてくる。四六時中ベッタリだ。

 もう子供ではないのだからと諭しても、顔を真ん丸に膨らませて黙り込んでしまう。

 そうなったら、もう駄目だった。意固地になってしまうのか、もう絶対に離れまいとしてくる。

 ダイ義姉さんもダイ義姉さんで、どうしてか僕の足を抓る気晴らしを再開した!

 基本的には普通の受け答えしてくれるのだけど、なにかで機嫌を損ねると遠慮なく抓ってくる。

 ……地味に大問題なのは、なにが拙かったのか僕にはサッパリ分からないところか。

 しかし、考えてみるとダイ義姉さんも、気づけば難しい年頃といえる。

 少女から大人の女性への変化で戸惑い、その葛藤に苦しんでいるのかもしれない。

 ……同い年のグリムさんに至っては、切なげな溜息で少年達の耳目を集めてしまってるし!

 そして違う方向に情緒不安定気味なポンドールも問題だ。

 珍しく彼女からは最後通告というか……明確に不満の表明をされている。

 なんでもポンドールの視点によると――

「『光の君主』っちゅう献策を採られへんかったどころか、その手をつこうて他の女を篭絡するのは酷すぎちゃいますか!?

 うちとて一番に成られへんのは覚悟してます。そやかて――……」

 らしく、驚いたことに涙目で非難されてしまった!

 僕はポンドールの冴えたアイデアで、他所の領主を帰順と思ってたのに……なぜか女の子達の見解は違うようだった。

 どうしてかネヴァン姫の妄言を真に受けてしまっている。

 しかし、幼い女の子というものは、挨拶代わりに「大きくなったら、お嫁さんになってあげる」という生き物だろう。ネヴァン姫だけを特別視はおかしい。

 が、まあ、そんな間違いを指摘するより、ポンドールの機嫌を取りなす方が先だ

った。

 ポンドールなら! ポンドールなら必ずや、僕を窮地から救う策を思い付いてくれる!



 そんなこんなで『新しい光』をポンドールに贈る為、僕はゼアマデュノへ来ていたはずなのに――

 うっかり地方パブ『御祖母様と従妹叔母じゅうしゅくぼ殿』へ入り浸りとなっていた。

「甘くて! 冷たくて! 口の中で解けて! シャルロット、こんなに美味しいもの初めてなの! ありがとうね、天使ちゃん!

 ……じゃなくてリュカ様と呼ばなきゃだったの」

 慌ててシャルロットは言い直した。

 べつに『天使ちゃん』と呼ばれたい訳でもないけれど、そう改めた理由は気になる。

「身内だけの時は、そう畏まらなくても良いけど?」

「でも、お兄様が……これからはリュカ様と呼ばなきゃ駄目だって……」

 微かに怯えていたし、僕と御祖母様の反応も窺っている。

 ……大事に育てられ、まったく人見知りしない子だったのに、いまやシャルロットには翳りがあった。

 嗚呼、どうして僕は気付かなかったのだろう。

 父親の謀反を契機に、それまで知らなかった憎悪に曝され、シャルロットの素直さは歪められてしまった。

 もう彼女の世界は善きものだけで象られていない。理不尽で不合理な悪意の存在を知ってしまっていた。

「大丈夫だよ。シャルロットの好きなように……それこそ『天使ちゃん』とだって呼んでいい。僕自身のお墨付きだよ? これ以上はないだろ?」

 シャルロットは軽く首を捻っていたけれど、すぐに理解の印にニカッと笑顔を見せた。

「やっぱり、だったのね! お父様がお出かけになられてから、お兄様はシャルロットにお小言と意地悪ばかり! でも、天使ちゃんが良いっていうんだから、良いのだわ!

 あんまり意地悪ばかりだと、この『あいすくりん』も分けたげないんだから!」

 鼻息も荒く腹を立ててみせるけれど、ちゃんと兄の分を残しているのが健気だった。

「溶けてしまわない内に食べなきゃ勿体ないよ。それは全部がシャルロットの分だし、ちゃんとランボ殿の分も取り分けてある。

 あと作ってしまった分も全て、御祖母様の『れいぞうこ』へ置いていくよ。

 もちろん、それだってシャルロットの分だ。食べたくなったら御祖母様にお願いするといい」

 予想外の展開にシャルロットは大喜びし、それではと兄に残しておいた分へ取り掛かる。

 その夢中で真剣な様子は、なぜか心を癒す風景だった。



 食べ疲れたのか、満腹で眠くなってしまったのか……シャルロットは、うたた寝を始めてしまう。

 孫と姪の寛ぐ様子に目を細める御祖母様、涎を垂らす幼女を肴に嗜む珈琲、じんわりと身体を暖めてくれる火鉢だんろ……ここは安らぎを具現化した空間かもしれない。

 前世ではパブやバーに縁がなかったけれど、いまならその存在価値を理解できそうだ。

 きっと男には――いや、誰にでも帰る場所は要る。それだけのことだったんだろう。

 などと馬鹿なことを考えていたら――

「坊に見せたい手紙がある」

 と御祖母様に羊皮紙を差し出された。

 すでに開けられた封蝋には印璽が為され、それだけで高位の立場な人からと知れる。

 ……紋章?に『翼を広げた横向きの竜』は、どこかで見たような?

 けれど署名の『イグレイン』には見覚えはなかったし――なによりリュカには読めなかった。

 しかし、それなのに半分以上を解読できてしまう。なぜなら英語に近く、前世の知識が役に立ったからだ。

「もしや、これはブリタニアイギリス語!?」

 ちなみにガリアフランス語と同じくインド・ヨーロッパ語族に分類されるも、ゲルマン語派にラテン語派と『派』で分かれている。

 ようするに親戚関係にあっても遠すぎて、今生の経験リュカではゲルマニアドイツ語並に判からない。

 ……ガリアフランス語とブリタニアイギリス語の大接近は、両者が長い諍いを始めてからだし。

「坊はブリタニアイギリス語が判るのだね?」

「いえ、辛うじて区別はつく程度で……名前と筆跡からして女性でしょうか?」

ブリタニアイギリスはポンドラゴン族が長ウィターの妻、それがイグレインさね」

 つまりはブリタニアイギリス部族の族長夫人? しかし、なぜだろう? その名前に畏怖すら覚えてしまう。なにか前世の知識に引っかかりが?

「拾い読みになってしまいますが……これは……どうしてかイグレイン様は……御不興に? ですがドゥリトルとブリタニアイギリスに、さしたる交流はなかったかと?」

「坊の言う通り、婆が個人的に手紙をイグレインと交わす程度さね。あれとは娘時分に色々とあったでな」

「しかし、この手紙によればドル教の後押しを、ドゥリトルが画策していると!」



 ドル教の聖地はブリテン島――つまりはブリタニアイギリスにあった。

 しかし、前世史ではローマによる征服を契機に、キリスト教が伝播し競合相手を迎える。

 また四世紀にはキリスト教を国教へ制定、次いでキリスト教以外の禁止令と……幸か不幸かローマから独立する寸前に決定的な大変革も起きた。

 だが、今生では、それら全ては起きていない。

 よってドル教は最盛期のまま、政治の中枢にいる。族長といえども僧侶の意向を無視できない。

 なぜなら未開部族の呪い師が、その神秘を失わず形と格を得たもの――それが古代宗教といえる。

 その発言力は、アブラハムの宗教啓示宗教などとは比較にもならない。なぜなら荒ぶる自然の力を――神秘の力を背景に持つからだ。

 今生のガリアは、ローマ式を倣ったというか――長き戦乱で軍事国家色が強まったのもあり、辛うじて政治的影響力を削ぎ落とせている。

 だが、そうではなかったブリタニアイギリスで、どこまでドル教が勢力を保持しているのか。

 そして後押しするような外国が、どれだけ剣呑に思えるかは……もう想像するだけで眩暈がしてきそうだ。


 

「……父上レオンや坊に覚えがなければ、あとは限られておる」

 真偽の確認はするべきだったが、それはそれで腑に落ちる見解だった。

 ガリアで消息を掴めなかったのは、その相手がいなかったから。外国で活動していたからだろう。

「どうやら手を打たねばならないようです」

「……課せられし務め、努々疎かにしてはならぬ」

 シャーロットの幸せそうな寝顔を見ながらも、渋々に肯く他なかった。

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