いまさらのホワイダニット
決まりが悪そうにランボは立ち去りかけて、しかし、意を決したかのように湯舟へ座り直した。
「トリストンやジナダン達のこと、礼を言う! 召し抱えてくれたそうだな!」
驚くべきことに、頭まで下げるというオマケ付きだ。
まあ考えてみればランボは、彼らのガキ大将――拙いながらも主君だった訳で、その行末を心配していて当然か。
「……こちらこそ
「心にもない謙遜は止せ。リュカに――リュカ殿に拾われねば、奴らの未来も暗いままだった。配慮には心から感謝している」
その表情は本当に憑き物が落ちたかのようで、まさに若武者と呼ぶに相応しかった。
「なにがあろうとランボ殿は、リュカめの長上に当たる御方。こちらが立てて当然でありましょう」
「それを申してしまえば、御身こそ主家筋ではないか。そして俺は――我が家など逆臣の一族という他ない。さらには温情に縋って生かされている無駄飯食らいだ。本来であれば末席に至るまで、ひれ伏せねばならぬ」
「それは皆、御祖母様の恩情によるもの。リュカめの手柄ではありませぬ」
しかし、ランボは肩を竦めるばかりだ。
もう蟄居生活は二年になるだろうか?
それだけ冷や飯を食らわせられ続ければ、誰だって煮えるか枯れるかする。
だが、どうやらランボは、よい方へ変わったらしい。
「恥のかき捨てという訳でもないのだが、折り入って頼みたいこともあるのだ!
いや、親父殿のことではない!
あれでも俺にとっては実の父親。もちろん温情を賜りたい気持ちはあるが……しかし、親父殿とて、覚悟の上なはず。また、いよいよともなれば、自分のことは自分で処せもしよう。
だが、シャーロットは――妹は違う。
あれは
どうか温情を賜れまいか?
幾何かであれば持参金を用立てられなくもない。何処か適当なところへ嫁がせて……あいつだけでも幸せに……――」
ランボの訴えをポンピオヌス君とフォコンの二人は、礼儀正しく聞いていない振りをしてくれた。
僕の好きに対処を、とでも言いたいのだろう。
「そのように心配なされずとも、シャーロットはドゥリトルが唯一の姫君。かならずや大切にして下さる、相応しき家門へ」
ただの口約束に過ぎないのに、なぜか肩の荷は降りたとばかりな様子を見せる。……皆、僕を信用し過ぎじゃないか?
「してランボ殿は、どう為される御つもりで?」
「それよ! こうなれば遊歴にでも出てやろうかと思うたが……――
さすがに無謀よな! 俺もドゥリトルの男、腕の方は
あっけらかんと言い捨てるさまは、むしろ清々しいほどだった。
ぶっちゃけ武勇で評価したらドゥリトル一族は、まったく駄目々々な一族といえる。
それが遊歴――ようするに浪人化して当てもなく主君探しなんて叶うはずがなかった。
また
となると折り合いがつきそうなのは外国となり……例えば
「あー……俺なんぞの心配は止せ。なんだ……その……色々と折り合いがついたらだな……うー……カーン教の寺院にでも行こうかと考えてはおるのよ。俺でも粥焚きぐらいは出来るであろうしな」
ニュアンス的には「出家して世俗との関りあいを断つ」といったところか。
キリスト教圏の定番だと修道生活に当たるも、まだ今生では存在しないか、修道院第一号が出来たかどうかな頃合いだったりする。
かといって政治色の強いドル教神殿は適切といえないから、消去法でカーン教寺院なのだろう。
しかし、まだ十代後半で隠遁生活というのも、なんというか納得しがたいものがある。……特に自分が強要する側なら。
「まあ、なんだ? これも宿業――前世からの因縁とやらなのであろう。
――お互い、困った親父殿を持ったものだ。そうは思わぬか?」
唐突かつ痛いところを突くランボの振りへ、意外にもポンピオヌス君は白い歯を見せる。
「確かに我が父も粗相はありましたが……逆に信を取り戻し、堅く結び直す機会と捉えておりまする。
なにより古きに結ばれ、これからも末永く続く盟約でのこと。一つ二つの波乱でもなければ、伝え聞く子孫も退屈してしまうかと」
いわれてみれば二人の父は、謀反の棒組だった。
そして親の作ったツケを支払わせられている点でも、似たような境遇か。
しかし、ポンピオヌス君は見事な対応だ。……意外と言われ慣れてたり?
「実は親父殿がプチマレとの友誼を損なってしまったかと、不遜ながらも心配しておったのよ。しかし、この分なら心配は無さそうだな、リュカ殿!」
満足げにランボは笑うけれど……逆臣の親族というのも、生き辛そうだ。なんというか苦労が偲ばれてならない。
そして遠慮がちな咳払いの後、それまで無言だったフォコンが口を開く。
「敢えて従士と呼び掛けよう、従士ランボ。貴殿の
「……従士と呼ばれるは、久方ぶりで戸惑うてしまうな。そして我が師の顔など、それこそ最後に従士と呼ばれた時より拝見しておらぬ。このゼアマデュノに居るのかどうかさえ、俺には定かでないな」
聞いたフォコンは口をへの字に難し気な顔となった。
「我が
自嘲気味にランボは断じるけれど、しかし、やはり背任行為といえる。
弟子の叙任が絶望的であろうと、まだ導き手ではあるのだし……監視役としても責務はある。
好き勝手にして良い訳がなかった。
また純粋に政治的観点から「奇貨居くべし」で――
なんとかしてランボの名誉を回復できないものだろうか?
しかし、いつものように考え込んでしまったのが良くなかったのか、逆に心配されてしまった。
「俺のことなどで思い悩むのは止めておけ、リュカ殿。もう、なんともならん。これは親父殿や俺へ下された罰なのだ。……その増長のな。
信じてくれないかもしれぬが、いつの頃からか親父殿は、身の丈に合わぬ野心を抱いてしまった。それこそ突然に人が変わったの如くよ。
その無謀な野心は俺をも飲み込み、全てを焼き尽くしてしまったが……いまでも首を捻ることはある。
果たして親父殿に、血縁を手に掛けてでも欲しいものなどあったのかと」
それは自嘲や韜晦の類ではなく、ただ素直に不思議に思っているようだった。
僕の手とて、もはや白くはない。
自らの手では経験が無かろうと、間接的に殺めたも同然なのは数え切れないほどだ。
なので誰かを手に掛けてでも欲しいものも、『ある』としか答える権利はない。
だが、それでもランボの疑問は腑に落ちてしまう。
なぜ大叔父上は謀反を起こしたのだろう?
それもランボの言葉が正しければ、ある時から人が変わったかのようにで?
……これは考え直してみるべきなのかもしれなかった。
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