温泉再び

 ポンピオヌス君は顔も真っ赤で、限界が近いようだった。

「大丈夫? 我慢しなくてもいいんだよ? 出るなら出るで……」

「いえ! いえ! ポンピオヌスは負けませぬ! まだまだ堪えりゃれまする!」

 そんな虚勢を張る割に目の焦点はあってないし、呂律も回っていなかった。

 ……ヤバいな。少し弄り過ぎちゃった!? 下手したら、このまま気絶とかしちゃったりして!?

 でも人質に求めた他家よその御曹司を、全裸失神させるなんて外聞が!?

「しかし、なにやらポンピオヌスめは……ポンピオヌスめはッ! 頭が沸騰と申しますか……このままだと蕩けてしまいそうで……リュカ様も、はよう……はよう一緒に……」

 いかん! このままだと色々いかんことに! 上気した顔は、もう我慢できないのか爆発寸前だったし!?

 そんな進退窮まり、路線変更を余儀なくさせられる寸前! 


「あ! リュカ様! 雪です! 雪でございます!」


 とポンピオヌス君は湯船から立ち上がり、夜空にちらつく雪を指さす。もう我慢比べしていたことなど忘れ、可愛らしいお尻も丸出しだ。


 さて、あまり異性愛者としては触れたくない話題だけど、同性愛――それも特に少年を対象とした『少年愛』についても触れねばならない。

 ……なんと言い繕おうと、存在するんだから無視も乱暴だ。

 まず同性間の性交をタブー視していたのは、ユダヤ教とキリスト教ぐらいしかない。

 流れを汲むイスラム教ですら部分的に――男性と少年との性交を容認している。

 つまり、逆説的にかなりの地域で、男性と少年の恋愛は市民権を得ていた。


 これは戦士文化のほとんどが、同性間の憧れに立脚しているからという。

 強くて逞しい英雄と、それに憧れる善き少年の構図か。

 ……そこへ性愛を絡めるのは違うと思わなくもないけれど、基本的な骨子ではある。

 つまり、少年愛とショタ――いわゆる正太郎コンプレックス的な性癖は、同一と見做せられない。

 可愛らしい少年ショタなら男でもと宣うの者もいるが、本来の少年愛とはもっとホモホモしく、漢と漢の精神的繋がりを重視であり、いわばプラトニックで、BLとも近くて全く違う。


 当然に『善き少年と美しき少年』の問題も論じられた。

 『善き少年』とは、文化へ寄り添って健やかに育った例であり、男の子として真っすぐ英雄に憧れた場合だ。

 例を挙げると、近親だから言及しにくいものの……サム義兄さんなんかが『善き少年』にあたる。

 そして憧れの対象であったティグレとの組み合わせ――下世話にいえばカップリングが望ましい。

 ティグレと義兄さんの師弟関係に性愛が必要かといわれたら、正直、首を捻らざるを得ないけど……とにかく少年愛とはそういうものだ。


 対するに『美しき少年』とは、ポンピオヌス君や……まあ僕なんかが例となる。

 僕は母上に似てるし、女の子と見間違う人もいるほどで、残念ながら逞しさにも恵まれてないから、つまりは『美しき少年』の部類……らしい。

 ポンピオヌス君も可愛いと評するべきだし、その魅力は女性美よりだから、やはり『美しき少年』だろう。

 しかし、少年愛的に『美しき少年』は不適格とされた。

 なぜなら漢と漢の精神的繋がりはもちろん、少年側で戦士を崇拝している必要もないからだ。

 ようするに『中性的な男の子』でも欲情可能なのは、ただ好色家と呼ぶべきか。

 それと比べるのなら「漢が漢に惚れる」などと宣う任侠道の方が、よっぽど少年愛に近い。


 だが、この文化的背景は理解されづらく、同性愛との区別も難しかった。

 例によって東ヨーロッパギリシア系文化圏で思想背景を得たが、そもそも同性愛を禁止してなかったりで、少年愛だけが特別な地域でもない。

 ……逆に中東などは少年愛だけが容認され、他の同性愛全てをタブー視しているけれど。

 さらにキリスト教化された地域では、なにもかもが一緒くたに禁止とされた。

 そして西洋世界の席巻と共に、全ての同性愛が非近代的で野蛮な風習へと貶められていく。……前世史の世界では。


 また少年愛自身も、根本的な問題点を抱えていた。

 英雄に憧れ、その英雄に愛された少年が、長じては自身も英雄となり、自らも少年からの思慕へ応え……られたら話も収まるのだけれど、そう人の心は都合よく出来ていない。

 現実には少年の頃から成人男性に仕込まれてしまい、完全な同性愛者となる例も多かった。

 ……これは『少年愛だけ容認され、同性愛は禁止な社会』において、児童虐待にも近い問題として認識されている。

 日本の衆道などは限りなく少年愛に近いけれど、そもそも同性愛を禁止はしてなかったし、歳を重ねても関係は続けたので、深刻な問題と成り難かった。

 ……ただし、衆道での浮気や心変わりは、「憧れの対象ではなくなる」という強烈な人格否定の側面もあったので、刃傷沙汰への発展は多かったという。

 また衆道で連結された系譜というのも、それはそれで濃過ぎたりするし。


 これらの前提を踏まえつつガリア我が国を観察するに、とりあえず同性愛を禁止はしていなかった。

 ……歓迎もしてないみたいだけど。

 おそらく同性愛というのは、少し前まで蛮族だったガリア人にとって文化的過ぎるのだろう。

 また少年愛も――ガリアの場合、師匠と従士の肉体的交渉も、推奨はしてなかった。

 ……禁じてもないけれど。

 さすがに一神教は、熱心に排斥を説いているそうだけど……それすら含め、全ての主義主張が揃っているのなら、むしろ健全といえるかもしれない。

 ……容認賛成派の声ばかり大きい世界は、歪でもあるし。



 そんな訳で少年愛は善でも悪でもなく、さらには嗜みとして奨励されてもなかったので、ただ心の声に従えば良かった。

 つまり――

「これからは少年愛の時代だぜ、げへへ! まあ時代といっても中世初期だけどな!」

 と叫びながら、目の前の可愛らしいお尻に噛り付いても問題はない。

 ……ないか? いや、あり? でも、少年の憧れへ応えるのも君主としての義務だったりするし……どうしてか城の女の子達は、とても僕に厳しく接するようになって……この際「もうホモでいいや」と路線変更も?……でも、それって男のに引っかかった時の常套句では?……そもそも男色気質がないのに逃げで選ぶというのも……だいたい女の子達の御機嫌を好転させるべく温泉へ来ている訳で……――

 などと内省する僕へ目を覚ませとばかり――


 伝説の荒業、『中心』が見舞われる!


 あやうく食らってしまいそうなほど、鋭い攻撃だった! ……ポンピオヌス君は、童顔と不釣り合いなまでに御立派だし!

 そして駄目だ! 目が覚めた! この子、生えてるじゃない! もう本能が大音量でNGを伝えてくる!


「雪まで降ってしまうとは……皆は大丈夫でしょうか? 凍えて切ない思いなどしておらねば良いのですか……」

 こちらを振り返った中心脚を放ったポンピオヌス君は、それまで臀部を視姦されていたなんて思いもよらない様子だった。……まあ当たり前か。

 とにかく頭をスッキリさせようと、湯水で顔をジャバジャバと洗う。

 新年には数えで十一になる。今生でも始まり掛けているのだろう、第二次性徴期性欲の目覚めが。

 ……完全に失念していた。

 もう男なんて年頃ともなれば、日常の大半でのことばかり考えてる生き物だ。

 なにか柔らかそうな膨らみがあれば、それの持ち主が誰であろうと――否、無機物であろうとエロく受け取ってしまうような――極めて危険な精神状況といえる。

 どうやら、より一層の自重が必要なようだ。……大半のことは許されてしまう立場なのだから。


「深追いの必要な展開でもなきゃ、まあ平気だと思うよ。アルプ山脈山間の方までいくようだと寒いかもだけど」

「……スペリティオ領とアルプは、それなりに離れているのでは?」

「それが分からないんだよね。各領地の隙間を縫ったのかもしれないけど、いきなりスペリティオ領が攻められたのは奇妙だし。一波乱あるかもしれない」

 スペリティオ領もドゥリトル領と同じく、直接にゲルマニアドイツと境を接していない。

 なにか理由があるはずだったし、戦況によっては――深く追撃の必要性などが出てくれば、アルプ山脈山間の方まで戦場も移りかねなかった。

騎士ライダーティグレを筆頭に、討伐軍は勇士揃い! 決して遅れを取ったりはせぬかと!」

「……だね。それに時間はあるはずだし、シスモンドもつけてある」

 功を焦っての深追いなどは――判断ミスによる失敗は、あの口の悪い幕僚長が止めてくれるだろう。

「時間……でございますか? なにか敵に援軍の可能性でも?」

「そうじゃないよ。いや、その可能性があったとしても、ここゼアマデュノの街に居ては分からない。もう少し長いスパンの話なんだ。

 去年、僕らはホラーツ族とベザグモウ族の連合軍と戦った」

「ポンピオヌスめは従軍しておりませぬ」

 拗ねたかのように訂正された。まだ腹を立ててるらしい。

「……ポンピオヌス君の初陣は、そのうちにね?

 で、おそらくベザグモウ族は滅んだろうけど、まだホラーツ族は健在だ。むしろ勢力としては、残党を吸収して大きくすらなってる」

 それは本来ならば西ローマが受け持つはずの仕事だった。戦乱による部族の統廃合を促進――ゲルマニアドイツの増強は。

「まだ数年は――いや、数十年は大丈夫だと思う。でも、いつかはゲルマニアドイツも、万単位の軍勢へ成長してしまうだろうね」

 今生では西ローマに代わり、ガリア僕らン族で鍛えてしまっている。踏まれた分だけ麦の如く強靭に育つのは、もはや避けられそうにない。

 そして最後には本物の民族大移動が――剣持てる男子の全てが兵士という、伝説の大軍勢が押し寄せて来るかもしれなかった。

「ま、万単位でございますか!? そのような軍勢……北方全領が協力しても敵う数ではッ!?」

「そうでもないと思うけど……まあ、馬鹿正直に受けて立ったら危ないだろうね。

 でも、それを折り込んだ準備をしておいて……戦線も、もう少し戦いやすいライン河を挟んでの防衛とかへ――」


 そこで話を遮るような咳払いが注意を惹いてくる。


 フォコンでは――やや離れた位置で温泉に浸かりながら、役得とばかりに酒を嗜んでいたフォコンではない。

 よくみれば温泉の奥には先客が居て、なんと我が従叔父じゅうしゅくふ殿たるランボだった。

「子細は分からぬが、おそらくまつりごとに関わることであろう。ならば俺に聞こえては拙い」

 さして面白くも無さそうな顔で、僕へ忠告してくる。

 ……なんだろう? 少し人が変わった……のかな? 顔付きからも険がとれてる様な?


※ 中心脚 の足による打撃技

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