出陣の風景
バルコニーからは皆の行進がよく見えた。
先陣を飾るのは、まだ若手に分類される
ティグレが総大将に抜擢という大事件もあったせいか、かなり気合も入っている。
無邪気に次は自分と思ってはないだろう。しかし、可能性はなくもないとも考えていそうだ。
よい意味で士気は十分か。……いや、掛かり過ぎの嫌いすら?
その後を急ぎドゥリトル城下まで呼び寄せたベック族が続く。
一部族の戦士階級だけ――それも粋が厳選されていて、『蛮族』という言葉が似つかわしくないほど威風堂々としている。
この予想を覆す現実を目の当たりにして、皆も驚いているし。
おそらく元ベック族な領民と元々からの住人で軋轢もあるはずだ。
しかし、この戦士達を実際に見れば、頼もしい隣人と考え直してくれるかもしれない。
少なくとも希望を持てそうな分だけ、無理に呼び寄せた甲斐はあるだろう。
その後を整然と
意外に思われるかもしれないが、もっとも統率が取れているの
まず行進からにして一糸乱れず歩調が合っていて、かなりの訓練を積んだ結果と分からせてくる。
さらに全員を御仕着せな兵装――見慣れぬ歩兵槍に揃いの
防具――鎖帷子の新調は間に合わず、各自の持ち込みやら色々で賄ってたりだけど……都合がよいことに?
この歩兵槍は例に拠って『
もちろん根拠はあり――『
まず戦術とは、散開に密集、集団と三つに大別可能という。
これはジャンケンにも似ていて集団戦術は散開戦術に弱く、散開戦術は密集戦術に、密集戦術は集団戦術に弱いと三竦みな関係にある。
踏まえると相手の
そして時流はローマがマケドニアのファランクス――集団戦術を散開戦術で破った後であり、まだ散開や高機動に重点が置かれている。
ならば後は簡単な話で、こちらは密集戦術――小グループで一丸となって戦えばよかった。
つまり、ギリギリ個人兵装にもなる長物を持たせ、必ず複数で戦うよう指示する。
この際、個人の武勇だとか、機動力に頼らない。それは散開戦術の方法論だ。あくまでも数による個の圧倒を狙う。
その前提から中世最強の個人兵装と呼び声も高く、さらに長物でもある
しかし、これが前世史で使われ出したのは中期から末期――つまりは甲冑が使われ始めた頃だったりする。
鑑みると
そこで槍側へウェイトを置いた斬ることもできる槍、ようするに長刀の峰へ鉤爪を付けた妙な代物となっている。
これなら基本的に風変りな歩兵槍に過ぎないのに、相手が鎧を着ていても――鎖帷子でも突き貫けばよく、強敵である騎兵にも切り札を持つ。
まあ、そのうち再びアンチ戦術――
そうそう集団戦術と相対することはないだろうし、仮想敵と考える必要もないだろう。
よって歩兵槍部隊の編成は、現状での最適解といえた。実際、前世史でも中世中期までは通じている。
結局のところ万能解は存在しないのだから、相手や時代に合わせるのが正解……と『
そんなトリストンやジナダン達の勇姿に、涙を隠しきれない者達がいた。……彼らの父親達だ。
政治的な理由で息子を廃嫡したが、それは苦渋の決断でもある。
だが、思いもよらぬ幸運に恵まれた結果とはいえ、なんと息子は自力で武人として身を立てた。
これが親として嬉しくないはずがない。誇りとすら感じているはずだ。
……まあ僕と同じく、心配で心配で堪らなくもあるだろうけど。
去年ですら――まったく戦いらしい戦いの無かった去年ですら、若干の死傷者はでている。
この未開な時代、ただ移動するだけでも命懸けだ。もう死人がでて当然ですらある。
なのに遠征した上、そこで戦争というのだから……全員が無事なんて不可能にも近い。
必ず死傷者はでるだろうし、できる限りに多く生きて戻ってくれと祈るしかなかった。
……そう考えると閲兵は兵士へ誉を授ける場であり、終の別れを交わす場ともいえる。
けれどサム義兄さんは、義弟が感傷に浸っているなんて微塵も考えて無さそうだ。
本隊の中心、総大将を命じられた
……その表情は、まるで『旅立ち』とでも題された絵画の様だ。
不安や戸惑いなど――ネガティブな感情は全く窺えず、ただ期待と興奮に満ち溢れている。
総大将たるティグレにしても、その
さすがに大抜擢された緊張こそ隠せないものの、いつもの不遜なまでな態度を崩していない。
これこそ
きっと僕も、去年は似たような表情をしていたのだろう。
そして
彼らも彼らで職業意識に基づく忠誠心を発揮してくれるし、別の意味で揺るぎない姿勢は頼もしくすらある。
……果たして僕は――ドゥリトル家は、彼らの奉仕へ十分に報いてあげられているだろうか?
父上が――いや、僕をも含んだ代々のドゥリトル領主が同胞へ約束してきた平和は、その購いに費やされた血に相応しいものに?
突然、ソヌア老人が口を開いた。老練の政治家らしく、顔は前へ向けたままで。
「北方じゃが……もしや思わしゅうないのか?」
「いえ? 今回も総勢は千前後と聞いております。他の三領からも援軍は送られますし、まず負ける心配はないかと」
「そうなのか? 直接に関りの無いドゥリトルが四、五百も加勢を送る様では、酷く劣勢かと思うたぞ」
なるほど。去年の顛末――北方の防衛構想を知らないと、そう考えるか。
「ここでも北ん兄弟達は、ないかと南へ来ようとすっんじゃなあ。おい達とて余った土地はなかちゅうとに」
同じく閲兵に列席してくれたカルロスも話に入ってきた。
「やはり海岸沿いも?」
僕の確認へ二人ともに苦々しく肯く。
実のところ民族大移動は陸路だけでなく、海路も使われた。分かり易くいうと大西洋沿岸全域が対象となっている。
有名どころを挙げるとノルマンディなどは
まあ前世史では存在しなかった火山が海岸線に鎮座していて、ドゥリトルへ海からの侵入は考え難い。
しかし、マレー領や北部
北部の勝ち負けと無関係に――いや、僕らが負けたら前世史と同じく苦しくなる上、陸路を阻んでいても海路で押し寄せてこられるのは。
「なっほど。北ん兄弟たちが来てん、皆でがつんと対応すっとじゃなあ。上手かやり方じゃ。やっぱいドゥリトル河ん整備を前向きに考え直して欲しか。船が使ゆれば、おい達も助け合ゆっやろう」
また同じ議題を蒸し返されてしまった。
確かに難所を整備し、場合によっては迂回水路なども造れば、大西洋まで直通で繋がる。
しかし、前世史ではヴァイキングが河を遡りパリまで襲撃に来たぐらいだ。下手に整備してしまっては、裏口を開けっぱなしにも等しい。
先々では珈琲航路の一部になるとはいえ、まだ時期尚早だろう。
「まあ、それは技師からの調査報告待ちということで……――」
とりあえず適当に御茶を濁しておく。……とにかく隙あらば仕掛けてくるし、油断ならない人達だ。
まあ二人とも出陣への列席を潮に帰国される。今年のところは、ここまでだろう。……でも北部大防衛ライン構想も悪くはないか?
そんな宿題と共に、この年も冬を迎えることとなった。
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