科学という名を持つ神の祭壇

 酸水素ガスバーナーの青白い炎に温められ、発光部分フィラメントは眩しいほどに白熱していた。

 水の化学式と同じく水素ガスが二に対して酸素ガスが一を――最適調整を狙ったので、おそらく二八〇〇℃に到達しているはずだ。

「これが最も熱い割合ね! そしたら酸素を止めて!」

 不良少年ゲイルは素直に肯き、指示された通りにバーナーを操作する。

 すると発熱部フィラメントの白熱具合は、かなり治まっていく。温度が低下――水素単独での限界点な二一〇〇℃近辺まで落ちたからだろう。

「これが最も低い場合だよ! 欲しいのは二〇〇〇℃以上で、高過ぎたら駄目だから……この二つの中間より、やや弱い光の時! 分かる?」

「分かったけど、分からねぇよ、若様! どうして真ん中より下が良いんだよ!?」

 ちなみに騒がしい作業場で特有な大声だったけど、別に僕らは怒鳴り合っている訳ではない。


 それに「なぜ?」と問われても困ってしまう。

 理屈としては熱放射――「どんな物質であろうと温めれば光る」だ。

 もちろん光り易い、光り易くないと差もあるけれど……温度が高くなれば高くなるほど明るくなるのは共通していた。

 発光部分フィラメント石灰ライムを使うのも、たんに安価で光り易く、超高温に曝しても燃焼しないからだし。

「お前が加減しねぇもんだから、若様の超高温窯も割れちまうんだろうが!」

 親方にしてゲイル少年の指導役なジュゼッペが怒鳴る。

 ……作業中には体罰をしないあたり、僕なんかより安全に気を配っていそうだ。

「でも、勢いよくしなきゃカーバイト?が上手く出来ないじゃんか、親方シェフ!」

「だからって毎日のように窯を割るんじゃねぇ! あれの材料は高いってお話だぞ!」

 ……やっぱりカーバイト――炭化カルシウムの量産は厳しそうだなぁ。



 炭化カルシウムを作るは、非常に簡単だ。

 生石灰とコークスを三対二ぐらいに混ぜて温めるだけ。以上、終了となる。

 ちなみに酸化カルシウム――卵の殻や大理石、貝殻などを焼いたものが生石灰で、それこそ欲しいだけ入手可能だ。

 面倒だけどコークスだって作れなくはないし、幸いなことに手間の掛からない天然コークス――煽石せんせきも発見している。

 つまり、全ての材料は手元にあった。……というか入手難易度は、低すぎるぐらいだ。


 しかし、二〇〇〇℃以上へ温める必要があり、これが並大抵の燃料では届かない。

 鉄をも溶かすコークスすら理想状況で一六〇〇℃が限界だ。

 それで仕方なく水素ボンベも作った――酸水素ガスバーナーに着手した訳だけど……やはり大変だった。

 水素は金属粉と適当な酸を反応させれば作れる。気体の入れ物も、酸素ボンベの時に開発済みだ。

 前世史でも十八世紀に、酸水素ガスバーナーの発明に成功している。まだ工学の領域ですらない。

 だが、やはり水素と酸素では危険度が段違いだ。とてもじゃないけど量産なんて危なすぎる。


 またアルミナ製耐火レンガですら、耐久出来るのは二〇七二℃まで。

 もちろん二〇〇〇℃以上かつ二〇七二℃以下へ炎をコントロールなんて不可能だ。

 つまり、成功を求めれば器具が割れる。しかし、器具を守ったら成功しない。

 なのでアルミナ製耐火レンガを超えた耐熱能力を持つ建材――いわばスーパー耐熱レンガの開発も必須となる。

 そして耐熱レンガの性能を上げる方法は、ただ一つしかなかった。

 より耐火性能に優れた材料を使う。これしかない。発見できなかったら、そこで終了だ。


 けれど非常な幸運なことに、すでに材料は持っていた。『詐欺師の宝石』ことジルコニアを。

 これはダイアモンドと見た目がそっくりで、それほどダイアモンドの価値が高くなかった古代から、本物と偽る詐欺の定番に使われていた。

 ……それでポンドールは諫めようとした訳だし。「偽ダイアモンド」と特徴を伝えたのも良くなかった?

 実際は別件の材料に探して貰ったのだけれど、耐熱建材の材料にもなる。

 なんとジルコニアは融点二七一五℃もの高さを誇り、前世史でも同じ用途で使われたほどだ。

 つまり、砕いたジルコニアの繋ぎにアルミンを使い、スーパー耐熱レンガを焼いた。

 おそらくは二〇〇〇℃台中盤まで耐えてくれるだろう。……完成まで熟成させれば。


 が、安価なジルコニアであっても、大きな炉を作る程は手に入らず、かなりの小規模となった。

 一人で運用するのがちょうど良いサイズとでも説明したら、分かって貰えるだろうか?

 もちろん、生成物のカーバイト――炭化カルシウムも大量には望めない。

 ……市販しない理由としては、都合が良過ぎるほどか?


 というのもカーバイトが噴飯レベルに壊れてるからだ。

 ようするに炭化カルシウムだから、通常は粉か小石の形状となる。

 これに水を掛けるとアセチレンというガスが発生し、なんと可燃性な上、非常に明るく燃えた。

 ……懐中電灯ほどの大きさな器具で、車のヘッドライトとして用が足りたといえば、少しは伝わるだろうか?

 また手のひらサイズの炭化カルシウムとコップ一杯程度の水で、数時間はガスを発生し続ける高効率だ。

 さらに酸素を足して完全に燃焼させると――アセチレンバーナーにすると、なんと三三〇〇℃もの高温を生む。

 ……工事現場などで溶接に使われているのがそれで、裸火を直視したら目を焼いてしまう程に強く光る。

 単純な燃焼でも二三〇〇℃に届き、少しの工夫で放射熱を発生すら――ライムライトの熱源にすら成り得た。

 もう語弊を恐れず単刀直入にいうと「電源不要の白熱灯が運用可能になった」だ。……それも軍事レベルの出力すら可能で。


 もちろん問題点もあり、その高温は火災などの原因となったし……誤って大量にガスを発生させたりの大事故も頻発した。

 これでは市販などしたら、絶対に後悔するだろう。

 当面は灯台やドゥリトル城、金鵞きんが城だけで利用がベターに思える。それなら厳重に監視すれば済むし。

 なにより明るいのは良い事ばかりでもない。

 二十四時間働けるから、働かす奴が出てくる。文明の灯は、常に労働者の敵だ。



 しかし、それはそれとして念願の明るい光だった!

「若様、調整が出来ました。これで焦げてしまうことはなくなると――」

 そう説明しながらもガラス職人のダニエルは、ミラーシェードの試作品へ灯を点す。

 やや恐々となのは、危うく大惨事の失敗を経ているからだろう。

 ジュゼッペやダニエルのような熟達の職人ですら、ほんの少しなミスから大火傷の可能性があった。……日常品としては、アセチレン・ガスが手に余る証拠か。

 だが、そんな危険すら忘れさせてミラーシェードは煌々と光り輝く!

 思わず感涙してしまいそうになるも、ただ照明に鏡――反射板を着けただけに過ぎなかった。

 しかし、光源は白熱灯にすら匹敵可能なカーバイトランプだ。

 さらに単独でも明るいのを、天井などの方向へ――無駄な方向へ光っていたのを鏡で跳ね返し、何倍にも明るさが増幅されている。もう眩しいほどだ。

「素晴らしい! 記念すべき一号作品は、城の大食堂で使おう! いや、それとも金鵞城ここの作業場にしようか? いつも夕暮れになったら困ってるし!」

 口にしてみて気が付いた。我ながら名案だ。

 作業場が明るくなれば、暗くなっても開発を続けられる! いや、それどころか夜通しすら!?

 最高だ! この成功を好きなだけ、いつまでも! これこそ科学という神の恩寵であり――


「あのー……若様? こんなところで油を売っていて良いんですか? 確かとかいうのに御招かれですよね? 御嬢様方の?」

 間の悪いところで僕を現実へと呼び戻す者がいた。……誰かと思えば従士ルーバンだ。

 毅然とした態度で応じたいところだけど、その批判的な視線に、しどろもどろとなってしまった。

 ……拙い。まさかルーバンの奴、査問委員会茶話会の意を汲んで!?

 慌ててて義兄さんやポンピオヌス君の方へ救いを求めると、ばつが悪そうに顔を背ける!

 も、もう駄目なの!? もう御終い!? ただ僕は……ただ僕は、不当な審問から逃げてきただけなのに!

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