毎年のように冬は来る

「し、城でやってる会合は、実務を受け持つ文官が中心で……列席しちゃいけないって程じゃないけど、交渉の出しに使われちゃいそうだったから」

 文官を伴わなかったカルロスは嫌々ながら、抜け目のないソヌア老人は強引にオブザーバーとして参加してるけど……その場に僕がいたら、なにかと譲歩を強請られかねなかった。

 ここは強面な対応もできるセバストじいやの出番だろう。

 しかし、話のすり替えは通用しなかった。ルーバンの表情は不信感ありありで隠そうとすらしてない。

「いくら御役目が無いからって金鵞きんが城へ赴かれなくても。ドゥリトル城で待機してれば良かったじゃないですか。……それこそ御茶でも御飲みになられながら」

「た、確かに! 遠方より御越しのネヴァン姫を労おうと、女の子達が御茶会を開いてるよ!」

 その参加者はダイ義姉さんにエステル、ポンドール、グリムさん、イフィ姫、ヴィヴィとミミに、もちろん主賓たるネヴァン姫だ。

 さらに特別で! スペシャルゲストに男の子では僕だけが御招待ときてる!

 ここで僕の立場になって考えてみて欲しい。

 なぜかエステルに至るまで満面の笑みで不機嫌な、いつもの理解不能な女性陣の反応だ。

 おそらく僕は『ナニカ』を! また『ナニカ』やっちゃいました、だ!

 絶対に平和裏な御茶会で済む訳が無かった。もう全財産を賭けてもいい。

 そして孫子曰『三十六計逃げるに如かず』と! もっとも近代的で洗練された戦術とは『逃げ』に他ならなく――


「ネヴァン姫は見目麗しき女性かと。幸運に恵まれましたね、リュカ様。御婚約おめでとうございます」

 それまで義兄さんの練習相手を務めていたポンピオヌス君が、何を思ったのか超弩直球を放り投げてきた! ……たったの一球で三球三振しかねない威力だ。

「ち、違うんだよ! そ、そりゃ高貴な姫君は、お、御見合いとかするものだよ。でもね、それは箔を付けるというか……将来の旦那さんが選ばれた結果とするための事前工作というか……そういう感じなんだって!」

 首を捻るポンピオヌス君を納得させるべく、義兄さんとルーバンに助けを求めるも――

 そっぽを向かれた! 酷い! そして理解した!

 二人とも、一足先に大人の階段を上っちゃいそうな――婚約とかしちゃいそうな僕に不満を!?

「だいたい婚約なんて! そもそも父上が御不在なのに、そんな重大事を決める訳ないでしょ?」

「でもなぁ……クラウディア様も、努めて無口であられたそうじゃないか? あれは見合いの場で息子の母親が出しゃばったら、リュカの立場がないだろうって御配慮らしいぞ? 母さんがいうには?」

 なるほど。それで母上は口数が少なかったのか。てっきり御立腹だとばかり。

「そ、そうかもしれないけど! あれは非公式に見合いだったのかもしれないけれど! お互いに経験を積み、知遇を得る程度の目的なはずだよ! 二、三回は体験するのが普通らしいし!」

「そうだったのですか? そのような仕来り、とんとポンピオヌスめは……知らぬこととはいえ、見合いすらせず許嫁を……」

 僕の口から出任せは、ポンピオヌス君によって打ち返された。……場外ホームラン級だ。

 いいな漬け? どこの郷土料理? ポンピオヌス君は何をいってるんだ!?

 とにかく足にきたらしいルーバンを支えてやる。いや、僕こそが倒れまいと縋って!?

 しかし、茫然自失なサム義兄さんは、思わず問を口にしてしまう。駄目だ、義兄さん! それは死路だ!

「ぽ、ポンピオヌス殿は……御婚約を!? 許嫁が居られると!?」

「はい、確かにポンピオヌスめには、許嫁が居ります。それがなにか?」

 僕達三人は文字通り膝から崩れ落ちてしまった。

 年下なとした男の子に、雄としての格を分からせられた気分だ。

 恥も外聞もなくいえば凄く悔しいし、訳もなく羨ましい!

「ポンピオヌスめが生まれる前からジョセフィーヌ様とは結婚の約束を。まだ御目にかかったことはありませんけど、大変に凛々しい方だそうで」

 そう照れ臭そうに説明しつつ、なぜか大事に折り畳まれた羊皮紙を差し出してくる。まさか……これは……アレか!?

 よろよろと起き上がった僕ら三人は、頭を突き合わせながら拝見する。肖像画ビンゴだ!

「た、確かに! 女性らしくはありつつも、むしろ凛々しいと呼ぶべき感じ!」

「ポンピオヌス殿より一つ二つ年上? 生まれる前からだと、それで当然か……」

「ば、馬鹿な! そういうタイプじゃないって! ポンピオヌス君は、まだ何も知らないって信じてたのに!」

 三者三様に呻く。

 完敗だ。よりにもよって清廉乙女と純真少年騎士ライダーの『おねショタ』とは!?

 これこそ創作者の発想なんてものは、ただ典型アーキタイプ集合的無意識アカシックレコードから掬い上げてるだけな証左か。

「しかし、我が家はドゥリトルほどの大家たいけではありませぬ。いわば弱小家門の苦肉の策とでも申し上げるべきことで。やはり、リュカ様の場合は話も違うかと」

 ……年下にガッツリと気を遣われてしまったし。

 それに家督を継ぐ長子の縁談は、またとない政治的好機だ。今回は兎も角、いつかは僕にも起こり得る話か。

 気づいたら許嫁が決められ、事後承諾なんて話すら考えられた。これは早急に手を打たねばならない。


「……どうしたんだ、リュカ? とつぜんに書き物なんて?」

「いや、忘れちゃわない内に父上へ手紙を――少なくとも概要をメモへ書き留めておこうかと。これまで大事になっちゃうから控えてたけど……色々と御報告しておきたい事も増えすぎちゃってるし」

 そう義兄さんに説明しつつも、我ながら妙案に思えてきた。

 まだ見つからない大叔父上、城下の不穏な動き、王都方面からの介入、ベック族の逗留、北方防衛プランの進捗、ビゾントン帝国とペルシア帝国で戦争再開、マレー領と北部イベリアスペインで同盟構想……御裁可が必要だったり、御耳へ入れておきたいことだらけだ。

 これまでは母上の書状に書き添えさせて貰っていたけれど、これを機に僕も筆を取ることにしよう。

「大事になるんですか、リュカ様? 御屋形様へ御子息が手紙を送るだけで?」

「僕の場合はね。重要機密だらけの内容になっちゃうからメッセンジャーも、それなりの立場が要求されるだろうし……ついでに負傷者の撤収や交代要員の引率とかもしたいから……もう軽い行軍だね、規模としては」

 あるいは前線まで密な連絡網を構築してしまう手もある。悩ましいところだ。

「もしかして師匠が拝命したら、従士俺らも王都かい!?」

 義兄さんの閃きに、ルーバンとポンピオヌス君も目を輝かせる。

 ……うーん? まあ王都にも立ち寄る……かな?

 でも、とりあえずポンピオヌス君は――フォコンに頼むことはないだろう。

 従士を置いて任務へ向かう騎士ライダーなんて聞いたことが無いし、かといって何かあったら大事だ。

 ポンピオヌス君には、それとなく匂わせて察してもらうしか――


「こちらに御出でと! ……なんなんですかい、ここは? 古物屋でも始めるおつもりで?」

 誰かと思えば筆頭百人長シスモンドだった。また誰ぞ紹介したい人材でも連れて来てくれたのだろうか?

 などと首を捻っている間にも、僕の前まで来て姿勢を正す。……軍務か。

「急いで小官と共に城へ御戻りを! どうにもゲルマンドイツの奴らが、また来るそうで」

「またなの!? 去年に追い返したばかりじゃないか! 冬になると南下の衝動でも覚えるわけ? ゲルマンドイツの人達は!?」

「俺に仰られても……でも、今度はスペリティオ領境だとか。どうやら奇を衒う程度のサービス精神はあるようですぜ、奴らにも」

 ……早くも苛々してきた。口数の多い軍務モードのシスモンドはもちろん、図々しい隣人達にもだ。

 思わず深いため息が漏れる。全然、捗りやしない。

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