巡らせた風車
鋳物、それも鋳鉄や鋼鉄の鋳造は、即座に世界を変えていく。
安く、簡単に、そして大量を生産可能となるからだ。
また残念なことに達人が打ち上げた一振りの名剣より、凡人が量産した百振りの方が有用といえた。
なぜなら百振りの剣があれば、百人へ行き渡る。
これは鋤や鍬が――いや、どんな道具にでも木製品があると聞けば、納得する他ないはずだ。
そして一人の労働者が金属製の道具を得れば、それだけで効率は倍以上となる。
さらに、あらゆる方向から効率の改善も図ってきた。
倍にした効率を倍、それをさらに倍と――重ね続ければ、指数関数的に成果も膨らんでいく。
いまや人口十万強のドゥリトルで、小さな国にすら匹敵し得る生産力だ。
……一番に不足しているのが、この時代で最も有り余ってるはずな人手という、奇妙なバランスではあるけれど。
ただ、いくら捗るからといっても、技術開発だけに感けてはいられなかった。
今日のように招待を受けるのも、なんというか……まあ職務の一部か。
しかし、
その発想も理解の範囲にあるというか、落ち着いているというかだし。
実際、まだ『政治』と『商売』を、細かく区分の必要はなかったりもする。
支配体制を利用して商売で成功するスタイル――『政商』は古くから存在するものの、まだ自分で
史実でも一般的な商家から政商、そして自身による政治と――変化し続けての成功例もあり、商家と武家の違いを指摘は難しかったりする。
……「家門を豊かに」が理想だったりで、ようするに同じ穴の狢か。
僕は政治の為に、マリスは商売の為に、お互いを利用している。正反対な存在のようでいて、どちらも一門の繁栄が目的だし。
鋭いフォコンの声が、他愛のない思索から僕を引き戻す。
「……
緊迫した空気を感じ取ったのか、珍しくやる気を出したタールムも、緊張した様子の案内役へ近寄った。
けれど尾っぽを水平に揺らして――警戒の仕草で案内役を嗅いだかと思ったら、不審そうな顔で僕を振り返る。
「な、なんと言っているのでありますか?」
「分からないんだ、ステラじゃないと。ただ、少なくとも害意は持って無さそうだよ」
緊張した様子のポンピオヌス君へ、強いて肩の力が抜ける感じに答えておく。
……なぜなら僕も困っているからだ。
よく分からないけど大事にはしたくないし、万が一にも
死にたくないのはもちろんだけど、それだとポンドールも連座させなければならないし!
「本日に御越し頂きたくは、我が主の別宅に御座います! 大河に面した別宅にて趣向を凝らす所存で!」
嘘ではないけれど、本当でもなさそうだ。なによりも必死すぎる。
「故あれば寝返る」とは、誰の言葉だったっけ?
一門の長ともなれば、一族郎党の将来より尊いものは存在しえない。
それは父上もだろうし、然るべきと僕も育てられてきた。武家と商家の違いはあれど、マリスだって同じはずだ。
しかし、そう思いながらも――
「予定通りに招待を受けよう。城下で
と決断を下した。
ここで踵を返してしまったら、まず間違いなくポンドールにも累が及ぶ。それは何というか……その……非常に困る。
一瞬、二人の
おそらく武家を武家たらしめるは、これか。行き先が虎口かもしれなかろうと、微塵も意に介さないし。
やはり剣に生きるものは、その分だけ度量を誇るべきだろう。
が、そんな付け焼刃な僕の矜持は、一瞬にして霧散した。
別宅を案内されていくとドゥリトル河に面したバルコニーで、ローマ人が待っていたからだ。
……屋根もあるからベランダ? それとも広すぎる程なので、ルーフ・ベランダと呼ぶべき?
とにかく河に面し、屋根やら何らで――不自然なまでに人目を憚れそうな庭園の東屋で、その男は僕らを待っていた。
ちなみにローマ人という人種は存在しない。
目の前の男も、人種で分類すれば
これは前世史のアメリカ合衆国で考えてみればいい。
同じく「アメリカ人は存在しても、アメリカ人という人種は存在しない」といわれても、すぐ納得できるはずだ。
それでいて個別にはイギリス系やスペイン系、メキシコ系、アフリカ系と――人種で分けてしまえる。
広く移民を受け入れてきた結果、多民族国家となったからだ。
ローマは
その結果、ありとあらゆる人種がローマ人と成った。
古代にも稀な多民族国家の成立……というより西ローマが滅んでからも東ローマは引き続き多民族国家であり続けたし、歴代の中東帝国も実は多民族国家だ。
もしかしたら民族主義を前面に押し出した近世こそ、特異な時代というべきかもしれない。
……あるいは人種偏見と民族主義を育んだ西欧の特徴だろうか?
「久しいなガイウス・コリネリウス・スキピオ! なんたる奇遇、これぞ祖霊の御導き!」
そして意外なことにティグレが、謎のローマ人の正体を教えてくれた。……同時に僕の勘違いという、素敵な解釈も潰えたけど。
また、その名前は非常に芳しくなかった。
ローマ人の名前も中東と同じく三つ並べる方式だけど、その意味は全く違う。
最初のが名前、次は氏族名。最後のは家族名であり、ようするに二つ目の苗字だ。
ガイウスは、
でもコリネリウス氏族! それは駄目だ! 問題しかない!
日本人にも分かるよう例えると太郎・源氏や一郎・平家だろうか?
そしてコリネリウス氏族も強力な血筋だけど、さらにスキピオ家も強烈だ。ローマでも屈指の名家すぎる。
あえて日本人に分かり易く例えるのならば太郎・源氏・徳川か?
なにがし・コリネリウス・スキピオで佃煮が作れるほど歴史上の人物がいるし!
事前情報が得れて何よりだけど、これなら中東式――自分・父親・祖父と機械的に並べる方が、まだマシだろう。……少なくとも吃驚しないで済む。
「抑えよ、ティグレ! 気持ちは分からんでもない! だが、丸腰の相手を手に掛ける気か!」
そして僕が呆然としている間にも、事態は悪い方向へ転がりだしていた。
見れば言葉だけに留めず、フォコンは本気で押し止めているし!
「おお! その顔は――あの場にいた従士の少年か。……俺も年を取る訳だな」
……どうやら両者の間には、何らかの因縁が? それもティグレが従士の頃に遡るような?
ひりつく空気の中、マリスが――本件の首謀者が駆け込んできた。
「お待ちください、若様! そしてティグレ様も! いま一瞬を、我が命で購わさせて頂きたく!」
請願しながらも、跪いて両の手で持った短剣を――それも鞘ごとで差し出してくる。
まだ正式な典範こそ定められてないけれど、これは忠誠の誓いであり、さらには降伏の意味をも持つ。
生殺与奪の権利すら相手に委ねるという意志表示であり、けっして軽々しく扱えるものではなかった。
……『捧げられた剣で相手を突く』のが禁忌レベルのマナー違反となる前は、特に。
「取り敢えず話は聞いてもいい! 話は、ね! だけど、この場にいる全員の生命は、僕が与る! 異議あらば、直ちに申し出よ!」
精一杯に主導権を握りにいったつもりだけど……ガイウスは悠然と頷きで応じ、ティグレは不満そうだ。
うん、これ上手くいく気がしない! なんで
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