交易商人という生き物
とにかく現場へ向かうことにした。
護衛役のティグレとフォコンも立ち上がり、その
まだ食べ足りないだろうけど、我慢してもらうしかない。だけど僕は三杯目を免れそうで、思わぬ役得と――
「若様の分、取り置いておきますからね! 食べて頂きますからね!」
ならないらしい。
どうしてかレトは本気だ。なぜに僕を太らせたいの!?
「安心しろ、義兄ちゃんが手伝ってやる」
しかし、すかさず助勢を囁かれた。多分に欲得まみれだけど、頼りになるなあ!
「どうしてか義母さんは、僕を太らせたいみたいなんだよね。ポンピオヌス君も手伝ってくれるだろ?」
ニュアンス的に手伝ってもらうというより、役得?を分け合う形だろうし、それを察したポンピオヌス君も顔を綻ばせ掛け――
「ズ、ズルはよくありません! ポンピオヌスとて、そのような誤魔化しに加担はしないのです! もう子供ではないのですから!」
と頬を膨らませる。
危ういところで喧嘩していた――というより僕へ腹を立てていたことを思い出したのだろう。
精一杯に口を尖らせ、まだ怒っているんだぞとアピールもしてくるし。
嗚呼、可愛いなぁ!
「もう大人だから持ちかけたのさ。男同士の内緒話に、子供ではね? ポンピオヌス君なら口も堅いだろうし」
「そ、そういう事情であれば……ポンピオヌスとて……」
さらにチョロい! もうチョロ
でも、悪党のショタな堕落させ
なぜならポンピオヌス君が怒っている原因は――彼を戦争へ帯同しなかったのは、極めて常識的な判断だ。
僕ですら早過ぎるほどなのに、二つも年下のポンピオヌス君を連れて行けるはずもなかった。
さらに事実上の人質ということは、その生命にドゥリトルが政治的責任を負う。よほどの理由でもなければ、戦場へ連れて行ったりしない。
……たしか徳川家康も、当時の基準ではかなり初陣が遅かったような?
まあ、とにかくこの様子なら、そのうちに機嫌を直してくれるだろう。
……誰も彼もがポンピオヌス君みたいに素直でいられたら、世界は平和なのになぁ。
しかし、その対極といえそうな交易商人ダウウド――
いかにもな中東風の帽子を被り、あまり身体を締め付けない緩めな服で、濃い目な褐色の肌が目立つ。
預言者ムハンマドの誕生は百年以上先だから、まだイスラム教化されてない。
尋ねてはいないけれど、おそらくは古代エジプト的宗教観で、ようするに原始的多神教を背景にした道徳観だろう。
……厳密には中東人ではなく、湾岸人というべき? 内陸の中東人にいわせると、けっこうな文化的差異があるらしいし。
とにかく、その交易商人ダウウドは反射炉のある一角を囲む塀の前で、中を見せろ見せないと押し問答中だけど……うん、それ軍事施設だからね? それも最上級の国家機密レベルな?
「ダウウド! どうして客として大人しくしててくれないの!?」
「御曹司! ちょうどええとこへ! 御老人たちが、中を見してくれへん。よろしゅう頼んでくれしまへんか」
ダウウドは教養人らしく、なんと
それは帝国訛りにも近かったけど、なんとなく違う。
ポンドールの場合は人を急かすかのようだけど、ダウウドからは揶揄われてるかのような印象を受ける。……それも常に。
「この先は駄目! あー……外国人は立ち入り禁止! それに蹄鉄の説明はしてくれた? もう終わったの?」
「鍛冶屋の親方はんに話そうとしたんどすけど、こちらにおらられるようで」
とドヤ顔だ。
このやり取りすら、楽しんで!?
そろそろ溶鉄を流しだす頃合いだ。人手集めるのに、きっと鍛冶屋へも声が掛かっていたのだろう。
「……ねえ? どうしてダウウドを選んだの? もっと他に……こう……常識的で思慮深い人はいなかったの?」
「そりゃ若様の御注文が変だったからですよ! あたしの
我関せずと腕組みしていた女商人ミリサへ文句を言ってみたら、けんもほろろに言い返された。
……いや、ある程度は正しいけどさ、でも……その交易商人を志望しているの忘れちゃってない?
この時代の交易商人は――それも国々を横断して旅するようなタイプは、かなり奇特な人種といえた。
なるほど、たしかに航海や遠征で成功を収めれば、投入資金が数倍にもなる。二、三度ほど繰り返せば、まさしく巨万の富を築き上げれただろう。
しかし、それはイチかバチかの大博打でもある。
なにより自分自身で身体を張る必要もあった。……他人へ頼むなんて暴挙に及べば、万が一にも成功しないだろうし。
さらに残念ながら最も収益が高い仕事ともいえない。
そちらはローマ人によって発見されていたし、全世界共通でセオリーにすらなった。
徴税人だ。この立場が、もっとも蓄財に向いている。
あの借金王としても名を馳せたカエサルですら、ほんの数年ほど総督に就任――属州で徴税の監督をしてただけで、その経済状況は好転した。
……いつの時代、どこの国でも、徴税官になって私腹を肥やすのが、財を成す王道といえる。
それを踏まえると交易商人なんて人種は、お金だけを目的に生きていない。
普通の感性なら
稼いだ資金で徴税官のポストを買うのも悪くない。きっと賄賂は足りる。
交易稼業に留まるとしても、普通に近場を行き来で十分だ。あるいは自分が資金を貸し付ける側へ回ってもいい。
なのに未だ危険な旅路で生きるのは、魅入られてしまったからだろう。
油断のならない取引相手でありつつ、手の施しようのないほどロマンチストでもある――それが交易商人か。
そして
……まるで『噛む犬』と知って撫でにいく悪ガキだ。
僕の客人、そして二人には謎な珈琲航路計画のキー・パーソンでなければ、ここまで我慢してくれなかっただろう。
「とにかく! この壁の中は立ち入り禁止だよ! ダウウドは客人として遇していきたいけど……これを守れないのなら、死んで貰うしかないね」
「そら御無体どす! けったいな炉があったさかい、つい」
わざとらしく逆にツッコんでくる。
見え隠れするのが『炉』と解るというアピールだろう。それとも、こっちの反応で確定させたい?
なんというか意味不明に
「そんなことより! 蹄鉄! ちゃんと説明してくれた?」
「バッチリどす。偶然、探したら実物があったんですわ。御曹司の鍛冶屋は腕がええようやさかい、実物があったら平気でっしゃろ」
……あやしい。
もしかして駱駝用の蹄鉄を隠し持ってたんじゃ?
ちなみに最も古い説だと蹄鉄は二世紀末の発明で、今生では最先端の技術かつ高級品だったりする。
つまり、
さらに馬用でなく、蹄の退化した駱駝用を作るというのだから……現物を知っているダウウドに話を聞くしかなかった。
なんともいえない不信感に首を捻っていたら、したり顔のダウウドが耳打ちしてくる。
「これ溶銅炉どすなぁ? こない最先端な技術をなんて……御曹司は、お目が高おすなぁ」
……やはり要注意か。隅へおいて置ける人物じゃない。
技術的な文脈としては、まず溶銅炉が発明され、そこから鉄も溶かせられないかと模索が始まった。
そして帝国や中東には最先端の技術ながら溶銅炉があり、導入した先見を褒め称えたつもりだろう。……ついでに自分の眼力をも示して。
しかし、実際には溶
まちがっても事実を知られる訳にはいかなかった。知れ渡ってしまったら、これを目当てに大軍勢が押し寄せてきかねない。
「フォコン!」
「はっ、ここに!」
さすがに信じられないものを見る表情で、ダウウドが見返してくる。……やっと一本取り返せた、かな?
しかし、珈琲航路計画に必要かつ得難い人物でもある。さすがに処する、とはいかない。
「ダウウドが、この辺をウロウロしない様に
やり過ぎかと思わなくはないけど、まあ
……何度か対処するよう進言もされていたし。
「待っとぉくれやす。嘘どすなぁ? ちょいふざけただけちゃいますか。田舎の人は冗談がわからへんさかい、ようない。ちょいした洒落のつもりやったんどす!」
が、それへ答えずニヤニヤ笑いでフォコンは近寄っていく。
それで察したダウウドは、三十六計逃げるに如かずと走り出した。……叫びながら。
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