誑かし
「客分と遇されて、尚、剣へ手を掛けるのが北方流らしいな、
「いやいや、そんなはずが無かろう。おそらく群れの中に作法を心得ない野蛮人が混じっておるのだ、
……うん。これ人選、間違えたな。
どうして聞こえるように!? 煽らないと死んじゃう残念な生き物とかなの!?
でも、この人数を前にしての豪胆っぷりは、褒め称えるべきか。……僕だって、これから無茶な要求をするのだし。
「このリュカめを討ち取られますか? いまなら容易く果たせられましょう」
どうにも侮蔑と受け取ったらしく、全員の殺気が集中してきた。
……あれ? 意外と平気になってきた? 許容量をはるかに超えた結果、逆に麻痺したとか?
「御名代! あまりといえば、あまりな仰り様! 我らとて矜持は持ち合わせている! 剣にて語ることになろうと、まずは御身が無傷で御戻りになられてからだ!」
「正々堂々と我らを討ち果たされるのが御望みか。なるほど『
いつの間にか通訳らしき者が、部族へ向けて翻訳を始めていた。これなら誤解で怒らせなくて済みそうだ。……誤解させて、は。
「まあリュカが討たれようと
「その様な無作法者はいないと申し上げたはず! お侮りになられるな!」
「甲斐なく二人が力尽きようと、後ろに控えし軍勢が続きまする。それこそ最後の一兵に至るまで」
「ならば我らとて、神々の恩寵を頼りに剣を取るまでよ!」
少し過熱しすぎて?
押し止める仕草で間を与え、次の言葉を冷静に受け取らせる。
「武運拙く我らが討ち死にしようと、我が父レオンは必ずや雪辱を晴らしてくれましょう」
さすがに分かっていたのかアンヲルフだけでなく、ベック族も黙り込んだ。
しかし、まだ甘い。ここからが本当の死刑宣告だ。
「万が一! 万が一にも我が父レオンが阻まれようと! 我らが仰ぎし王は、盟約に法りて立たれる。当然に同輩たちを従えて! 御身らが相手にしようとしているのは、我らドゥリトルだけではありませぬ。ガリア全てが敵となりましょう」
公平にいって、王が挙兵するかは微妙だ。
まだガリアとて一枚岩な国家ではなく、ニュアンスは部族連合に近い。厚く軍事同盟こそ結んではいるものの、どこまで頼れるかは場合による。
だが、個々の部族で同盟だけなゲルマンに比べれば、遥かに先進的といえた。
「客分として必要なだけの滞在は認めます故、己が父祖の地へ御戻りになられよ」
実のところ、こちらが譲歩できる最大限度だ。納得してくれねば困る。
しかし、アンヲルフは首を縦には振らなかった。
「御名代の御厚情、確と承った。されど我らが父祖の地は、すでにない。東方の馬賊に焼き払われ、残った僅かな農地すら盟友クラウゼ族に奪われた」
想定してた中でも一番の最悪だ。
しかし、それでも心を鬼にして言わねばならない。
「気の毒とは思いますが、それだけのこと。このリュカめにも責務がありまする。盟友か領民でもない限り、お助けすることはできませぬ」
最後通告を聞いてベック族は、絶望に打ち拉がれた。
これこそ民族大移動が、いつの間にか終焉する理由だろう。
時代が下れば下る程、無邪気な冒険者達を受け入れる余地は無くなっていく。
誰かが何らかの理由で移住を強いられても、それは『移動』ではなく『侵略』としか呼ばれなくなる。
前世史ではローマ帝国による開拓もあり、もう少し民族大移動は続くのだけど……今生では幕引きにも近い。
血と鋼の時代――乱世の到来と共に、古代の残照は輝きを喪っていく。
「戻るとするかの、我らが父祖の地へ。その坊は誠実じゃった。優しくは無かったかもしれぬが、嘘は口にしなかった。ここまで礼を尽くされたというのに、腹立ちまぎれに矛を交えるつもりか、アンヲルフ?」
ゲルマンの戦列から一人の老人が進み出て来ていた。
宿り木の杖を持っているから、ドル教の神官だろう。それも高位の。
ケルト人ほどじゃないが、ゲルマン人もドル教の強い影響下にある。
そして拙い展開でもあった。僕の想定より
ゲルマンの戦士達は『どうするか』ではなく、『誰と戦って華々しく散るか』を考え出してしまった。
まずは下馬し、敬意を示しておく。
……視線が下がるのは不都合だけど、この際は仕方がないだろう。
「尊き御方と御見受けいたします。しかし、まだ決めるべきことは残っているように思えるのですが?」
「……坊は、よほどに強き魂の生まれ変わりか。確かに幾つか頼み事は残っていそうじゃな」
驚くべきことにドル教は、輪廻転生を教義に含んでいる。生まれ変わりを信じているのだ。
つまり、誰もが誰かの生まれ変わりであり、罪や罰、名誉や仇すら来世へ引き継がれる。
……大いなる存在による『赦し』のない分、その道徳観は厳格ともいえた。
察したのか、同じく下馬したアンヲルフが言葉を繋ぐ。
「女と幼子、老いた者……いや、女と幼子だけで良い。あの者らは猛き心を持たぬ弱き者。慈悲を賜れまいか?」
「いかなる理由があろうと、変わりませぬ。盟友か領民でもない限り、御助力はできかねる」
聞いたアンヲルフが激昂して怒鳴り返す寸前、ドル教の神官の杖で遮られた。
「これは面白いの。ならば御身が臣へ下れば引き受けると?」
「我が父を頼って救いを求める者に、振りかざす剣を持ち合わせておりませぬ。しかし、部族の名を捨てること、決して容易くはないかと?」
さすがに両名は押し黙った。
だが、これはドゥリトル側にしてみれば譲れない線だ。
領土を全て喪った外国の難民を、外国人籍のまま受け入れてしまったら、永遠に問題解決しなくなってしまう。
それこそプチマレの様な飛び地で他領が増えるだけだ。ひたすら厄介ごとの種でしかない。
だからといって僕からドゥリトル籍になれと言い出したら、強烈な宣戦布告となってしまう。
こちらが想定した着地点を分かってくれて、やっとこ一息だけれど……もう一つの方にも気づいてくれるかな?
「さすれば女と幼子にだけでも、慈悲を? もちろん女共には、我らからも言い聞かせておく」
「……それで御身らは?」
「御名代の恩情に縋りし後は、父祖の地を奪い返しに戻る」
僕ら相手に憂さ晴らしで戦うより、盟約を守らなかったクラウゼ族に報復の方が筋は通っている。まあ納得だ。
しかし、腹が決まったゲルマンの戦士たちが、スッキリしてしまう寸前――
「負ける戦いへ赴くは、愚か者の行いでしょう?」
と煽っておく。
……うぇ。本日一の殺気がッ! いま足を震わせないでいられたよね!?
そして
どうして二人とも嬉しそうなの!? 僕に倣って下馬したことで、より不利になっているんだよ!?
青い顔のサム義兄さんと赤い顔のルーバンの方が、よっぽど人間的だ!
「坊? さすがに言葉が過ぎやせんかの? 神々はもちろん、我らが父祖の霊も御守り下さっておる! まだ命運は揺蕩っておるのじゃ!」
ドル教の神官は若い頃から修業開始する分、戦いはサッパリ――つまりは素人だ。
それ故か僕のような半人前にすら反論されちゃったりもする。
「どのように言い繕おうと、負けは負けでございましょう? 『戦いは強き者が勝つ』のです」
こんなことを口走ったのが母上にバレたら、きっと晩御飯抜きに処される。なぜなら『勝敗は兵家の常』であり、勝った負けたを重視するのは素人のすることだ。
しかし、現実的な分だけ反論もし難い。この場は納得させれた……かな?
「……ならば御名代? 御身なら、なんとする?」
「いまは堪えて、雌伏を。まずは兵を養い、友軍を見つけ、相手の隙を窺い……勝てるように準備してから、事を始めるのです」
「なるほど、道理ではあるの。しかし、その
……頃合いか。
手綱をサム義兄さんへ渡しながら、その場へ座り込んで胡坐をかく。
「お腹が空いちゃった。義兄さん、シスモンドに支度をするよう伝えて。もちろん、ここへね」
「ちょっ!? リュカ!? どうしちゃったんだよ!? 大事な話し合いの最中だろ!?」
「子羊がいい。子羊の丸焼き。それ以外は、もう口が受け付けないや」
最初はポカンと口を開けていたアンヲルフも、察したのか対抗するように地べたへ座り込む。
……何かゲルマン語で命じているけれど、いまいち聞き取れない。
「あの……リュカ様? 俺らは子羊なんて連れてないと思いますよ?」
「それだと困っちゃうな……こういう時は山羊で代用しても良いのかな?」
ルーバンから想定外のダメ出しを受けていたら、意外なことにアンヲルフが助け舟を出してくれた。
「ならば子羊は、我らが用立てよう。御名代は、塩を用意なされよ」
「それと酒だ、ルーバン! 御曹司の燃ゆる酒が、まだ一樽残っていたはずだ。それをここに!」
そう命じながらも、
当然、
「酒を振る舞うのが、高貴な身分の嗜みというもの。ここは
そうなのかもしれない。でも、僕のお酒の在庫に詳しい理由は、問い詰めておきたいところだ。
しかし、それを追求する間もなく、ゲルマンの人達が焚き木を積み上げていく。
おそらくは、これが『子羊の盟約』の
自然な流れとして合間に子羊でも焼き、約定を交わした後は共に分かちあったのだろう。
「……坊は最初から、繰り返しておったな。盟友か領民でもない限り、助けられぬと。どうやら我らは、してやられたのではあるまいか?」
老神官も車座へ加わりながら、不平を漏らす。
さすがに勝ち誇れないので、曖昧な微笑みで応じる。
それに僕の方でも、けっこうな大事だ。
ざっくりとベック族は千人ほどか。
その大半は領民として受け入れるにせよ、当面の生活費は用立てねばならない。
残る戦士階級を客分に迎えようにも、やはり先立つものが要る。
さらに数年後の領地奪回だって、傍観とはいかない。下手をしたら協力して参戦だ。
……やり過ぎたかもしれない。
と、とにかく帰ったらポンドールに相談しよう! 要るものは要るんだし!?
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