異文化コミュニケーション
前方を
……人選が偏ってやしないだろうか?
それにリゥパーが選出された理由も、たまたま鎧を新調したばかりという……なんとも腑に落ちない感じだ。いいの、それで?
まあ当の本人は鎧に栄誉を授かったと大喜びだから、良しとするべき?
一応は僕も
それに義兄さんまで巻き込んじゃったのは、大誤算だ。
でも、よくよく考えるとティグレに何かを任命したら、自動的に従士のサム義兄さんもな訳で、当然と言ったら当然か。
白旗を掲げて先導するティグレは、支道との合流地点――ちょうどゲルマンの防衛ラインから二十メートル程度という、投石や弓矢で飽和攻撃すら可能な距離へ止まった。
……一応は交渉なので、これは仕方のないリスクか。
「ドゥリトル家中にて鞍を賜りしティグレである。
ティグレの名乗りに、ゲルマンの兵士達は騒めいた。
ゲルマン語は片言しか判らないけれど「剣達」や「殺し屋」と聞き取れたので、なんと遠くゲルマンまでティグレの評判は届いているらしい。
ちなみに
また、さらにゲルマン語派とラテン語派へ分類可能だ。
ラテン語派はラテン語、イタリア語、フランス語、スペイン語などであり、この同派間なら訛って聞こえるものの通じはする。
僕とポンドールで会話できてるのが、その証拠だ。
そしてラテン語派とゲルマン語派で全く通じ合えないと言ったら嘘なんだけど、意思疎通に用が足りるかといったら、やっぱり違う。
ただ、まだ大変化は――ペスト渦などによる全世界的な長期断絶でガラパゴス化は起こしてない……はずだ。
両者が半年ほど対話を続ければ、なんとなく通じ合える……ぐらいだろうか?
そして都合が良いことに進み出てきた交渉役は、ガリア語を話せるようだった。
「丁寧な御挨拶、真に痛み入る! 我はベック族を率いし、アンヲルフだ」
この短い距離で騎乗してたり、自己紹介の時にも腰へ下げた剣を触ったりと……僕らに軽く見られぬよう配慮している。
まあ、こちらが騎乗している以上、徒歩では交渉しにくいか。意外と馬上からだと
「どうやら我々の間には、大きな誤解が横たわっているようだ。まず我らに戦意はござらん! ただ我らは、南に新天地を求めて流離っておるだけ。決して御身らを脅かすつもりはない!」
……うん。だろうね。
この距離ならハッキリと確認できる。ベック族の半分以上は非戦闘員――女子供や老人だ。
もう戦力という観点では、僕らの半分にも満たないぐらいか。
民族大移動が、どうして北方民族の南下だとか南征と表現されないのか?
それは本当に移動だけのパターンもあったからだろう。
暖かく肥沃な大地を目指し、一族郎党を引き連れての大冒険。
それはグレートジャニーの一部とすらいえて、本来なら神話の時代に終わらせておくべきだろう。
しかし、この北部と西部のヨーロッパでは、現在進行形の話だった。
前世史にも記録が残っているというか――
かの有名な『ガリア戦記』からにして、きっかけは民族大移動だったりする。
前世史でいうところスイスからドイツにかけての地域に住んでいたヘルウェティイ族は、スエビ族から――ゲルマン部族から逃れる為、
その最、ローマ帝国の一部を通過するしかなく、その許可を求めたところ――
拒絶された上にカエサルに攻め立てられ、戻る羽目となった。
この時、部族の六割――二十四万人が殺され、八万人が捕虜として売り払われたという。
現代の認識でいうと、ほぼ戦争難民も同然な民間人へ戦争を吹っ掛けた上に大虐殺し、捕虜は奴隷として売り払う鬼畜の所業だ。
……なによりカエサル自身が、相手の戦闘員は十一万人ぐらいだったと記述してもいるし。
これは失敗例となるが、非戦争的な民族大移動が試みられた確かな証拠だろう。
他にも一部のゲルマン部族が、盟友を頼ってガリアへ移住したと、ガリア戦記に記述がある。
これはカエサルが――
「
「はあ? 俺らはローマの臣下じゃない! ガリアだって属州じゃねぇ! こんなん内政干渉だろうが!」
「そうかもしれない。でも、カエサルの
とガリア戦争拡大に至った経緯を説明した部分から読み取れる。
やはり第三者の記述した、戦争に拠らない民族大移動があった証拠と見做せるだろう。
似たようなケースで移住してきたゲルマン部族が、母上の祖先らしいし。意外とガリアとゲルマンは、細々ながらも長く交流が続いている。
……ちなみに勝ったから大英雄、こけてたら稀代の犯罪者なカエサルだが、もちろん当時のローマ市民から疑問視されていた。
対する弁明かつプロパガンダとして記されたのが『ガリア戦記』であり、政敵が徹底的な精査をしたから逆に、その客観性は担保された。
世界最古の信頼に足る軍記という評価も、あながち伊達でない。
しかし、カエサルが――今生ではカサエーが去って三百有余年。
もはやガリアに無邪気な冒険者を受け入れる度量は、残されてなかった。
なによりも前世史と違い、まだガリアは開拓されきっていない。
領民が耕す農地すら足りないのに、なんの義理もない他人へ明け渡す余裕なんてありはしなかった。
かといってベック族には、自給自足が叶うまで開拓を続けられるだけの余力もないだろう。
また適切な土地があったところで、解決する話でもなかった。そう単純な問題ではない。
「御身らへ、一日の領内滞在を許します。そして明日、領境まで御見送りする故、父祖の地へ御戻りになられよ。それまでは我が父レオンの名に懸けて、安全を保障いたします」
もの凄く平たく意訳すれば「お前ら帰れ」だろうか?
判るのは片言だけながらも不吉なフレーズやニュアンスから、ベック族が騒めきだす。
向けられた殺気の多さに、毛が逆立つ。投石でも矢でも……どっちでも構わないけど、やるなら痛くないようにして欲しい。
しかし、ティグレとリゥパーの二人は、軽く微笑みすら浮かべていて……まるで楽しんでいるかのようだ。
……うん。無事に戻れたら、
そしてアンヲルフは衝撃を受けているようだった。
僕が――こんな子供が出てきて驚きはしただろうが、まあ御飾りか何かと納得できなくもない。
しかし、その御飾りであるはずの子供が口上を述べ、あまつさえ共の者達も奇妙とは考えていなさそうだ。
あきらかに異常事態といえる。それも自分の経験からは、まったく紐解けそうにないほどの。
そして想定していた対応の中でも僕らの返答は、もっとも厳しいものだろう。
「ま、待たれい! そ、その……リュカ殿? 御名代殿は誤解されておる! 我らに害意はござらん! 本当じゃ! 証が必要とあらば、我が身を差し出しても構わぬ!」
「それには及びませぬ。我らとて御身らに害意無しと判っておりまする」
「な、ならば!」
「それでも成らぬものは成りませぬ。ここより南へは、一歩たりとも進めぬものと心得られよ。このリュカめの命に代えてでも、決して許しませぬ!」
高まりゆく殺気――俗にいう軍気にでも中てられたのか、遠くで赤子が泣き出したのが聞こえた。
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